17Th Home 徒然草 2002年6月

2002年6月30日(日)      17期 竹下和哉より
件名 : 17期メーリングリスト開設案内
ひさし振りにめーるします。  毎日、1時間30分の通勤にもめげず、厚木から横須賀まで通勤し疲れてますが、17期のHPを見るたびに、元気が出てきます。  常に、前向きに同期の一致団結を図るために、日々工夫を凝らしている安中には頭があがりません。  少しずつだけど、HPを通じて輪が広がっていることを同期の一人として嬉しく思っています。今後も頑張ってください。
インフォメーション  山下 孝  51空 綾瀬市寺尾****  です。(じいちゃんです)  長倉 等  所属 鹿児島音響測定所
あんちゅうの返信メール    長距離通勤ご苦労様です。  17Th Homeトップページの最新版、今しばらくお待ちください。  あんちゅうに無いデザイン的センスをlower_bambooにお任せいたしますが 今しばらく時間を。   山下と長倉のインフォメーションありがとう。  早急に以下のアドレスにアクセスをしてください。現在の住所録を掲載してあります。 グループのURL: http://www.egroups.co.jp/group/17th-home投稿アドレス: 17th-home@egroups.co.jp            とりあえず。



2002年6月29日(土)      17期 佐藤壽の娘さんより
件名 : 安中さんへ
>> はがき届きました。  こちらは蛍は見ませんね〜。  田舎に暮らしてはいますが蛙とかたまにヘビを見るくらいです。  どうせ見るなら蛍の方が断然いいですね!!  また父にメール送っておきます!  父にはちゃんと安中さんがはがきが届いたとき以外にもメール送ってますよ!  メール入れると喜びますからね☆(^-^)   それでは失礼します。m(_ _)m       佐藤より
あんちゅうの返信メール    遅くなりまして申しわけありません。  「父にはちゃんと安中さんがはがきが届いたとき以外にもメール送ってますよ!」  優しい歩さん。  あんちゅうにも娘がいますが、そこまでは・・・。  またまた、7月5日か6日頃に NO.6が届くと思いますので歩さんのメールの片隅に葉書の再送をお願い致します。    すみませんね〜。



2002年6月27日(木)      17期 江田俊弘より
件名 : なぜか佐世保から
元気だろうか? 沖縄から直接舞鶴に行く予定だったが今日急遽佐世保に入ったので家で過ごしています。 泡盛の飲み方ですが、お湯割りでも水割りでも良く 昔は強烈なにおいと癖があったのですが、今は改良されてずいぶんと飲みやすくなっています、 焼酎と同じですね。次の日に残らず良いですよ。 ところで、沖縄はコザの町をぶらついていたら BARBAR「江田」を見つけて、ついつい入ってしまいました てっきり、本土から来た人だと思ったら、何と沖縄の地の人で、沖縄にも少数ながら江田が居るんだそうです。 読みは残念ながら「エダ」でした。 沖縄に行く機会があったら「BARBAR江田」をよろしく! コザのアーケードの中に店があります。    江田
あんちゅうの返信メール    遅くなり申しわけありません。  残念でしたね・・「エダ」君。   そういえば、湯浅教官が  「おぅ、 なにかいね〜   えだくん。」 などと、 ミョウに流暢な広島弁で話していた事を思い出しました。  教官は、よく、「おぅ、おぅ   ・だれかいね〜・・・ 」とか 言ってませんでしたっけ?



2002年6月26日(水)      17期 佐々木鉄男より
件名 : ご無沙汰しています
初めてメールします。 17期ホームページ、P0ST CARD楽しく拝見しております。 返信もせず申し訳ありません,メール不精な者ですから。 我が家の周りも、田んぼや畑が多く田舎といえば田舎ですが残念ながら蛍は見ることはできません。 6月24日に61空に転勤になり、YS−11に乗ることになりました。 もし新潟にFLTするようなことがあれば連絡します。 では、奥さんにもよろしくお伝えください。    佐々木より
あんちゅうの返信メール    待ってました、鉄くん。「鉄はメールがキライ」とかつて、石塚が言っていたのを今日、撤回できそうですね。61空に転勤になった 6月24日は、あんちゅうの47回目の誕生日でした。(美空ひばりの命日でもありますが。)   YS−11に乗り組みとか。まだまだ頑張ってますね。ほんと、新潟に降りることがあれば是非、一報を。  アドレスをこのメールの方に変更しておきますがよろしいでしょうか?



2002年6月24日(月)      17期 佐藤壽の娘さんより
件名 : 佐藤です。
はがき、無事届きました。  父にもはがきが届いたこと伝えておきました。  また何か連絡事項等ありましたら、お願いします。m(_ _)m   ありがとうございました。
あんちゅうの返信メール    お父さんに連絡、ありがとうございました。  2日後にもう1通届くと思いますのでまた、お父さんに再送をお願い致します。   たびたびでスミマセン。(これからもあります。)   あんちゅうが葉書を送らないとお父さんにメールをださない。・・なぁ〜んて事は無いか。  「アラビアのロレンス」ならぬ、「アラビアのヒサシ」は歩さんのメールを待ってますよ、きっと。



2002年6月22日(土)      17期 小川直基よりの手紙   ( 実物
件名 : なし  ( 同封の写真
前略  いつもメール葉書及びインターネット見てるよ。 やっぱり同期はいいねぇ〜。 今、岩国航空基地で第71航空隊と言う部隊(US-1A飛行艇)で救難を主任務として ET出身のが通信員として、又 電測員として藤竹春寿が勤務しています。 入隊して31年を過ぎ、あっと言う間にオジンになり、自分の息子より若い生徒後輩を見ると、年を感じます。   さて、高杉の件ですけど本当に残念で、しょうがないです。 おもしろいいい男だったのに・・・。 でも今回の件で17期の結束の堅さを知り感動している。 佐世保を中心に全国の連絡網はすばらしい!! きっと本人も喜んでくれてるよ。   メール・ネットを通じて今後も結束をかためようぜ!! それから、生徒1年生の時、分隊長であった平井良彦1尉、現在1術校校長となり、17期一同を懐かしいと言うことで、入隊当時の氏名、住所録を欲しいとのことですが、安中のほうでなんとかなるかな?こちらではわからないもので・・・  これからもネット見るからね。がんばってくれ!!   親愛なる同期へ
あんちゅうの返信手紙    まだ、書けていません。ゴメン。(平井分隊長にはあんちゅうの持っているのでよければメールで添付します。)



2002年6月21日(金)      17期 江田俊弘より
件名 : 沖縄から
沖縄に入港した、連日泡盛を飲んでほうけている、此処ではPHSが使えず苦労している。新潟に行かないのは私も残念に思っている。
あんちゅうの返信メール    遅くなりました。沖縄は梅雨が明けたとか。もう夏本番でしょう。  ・・ あんちゅうは泡盛の飲み方も美味さも知りません。  ほうけられません。 



2002年6月19日(水)      江田島仙人より
件名 : 江田島仙人便り019−02
仙人部落は、夏の日射しを浴び、白砂が目映い中、松の緑が人々の眼を憩わせてくれる季節となりました。  今年収穫した仙人部落の梅の実の、梅干し、梅シロップの仕込みも終わり、悠々自適の暮らしと言いたいところですが、ムカデの来訪に戦々恐々と し、火箸と焼酎瓶を持って棲家をウロウロする日々を送っております。   さて、我が部落の池で、変な鳴き声の蛙達が泳ぎ始めました。「ケロケロ」とは言わず、「○○期フアィト」とか、「縦隊右へ進め」とか鳴いています。  よく見ると黄蛙です。  この蛙達は、池での泳ぎを卒業すると、海で鯨になります。  おたまじやくしは、最後は鯨になる。  仙人部落の不思議な現象です。
池で泳いでいる涼しげな蛙を羨ましそうに眺めている仙人より
あんちゅうの返信メール    江田島仙人便り019−02ありがとうございます。  火箸と焼酎瓶でムカデ退治ですか。  焼酎瓶はわかるとしても火箸とはネ〜。  流石、仙人。   いまどき火箸があるのは、かなり優雅な暮らしをしておられるようで。     黄蛙、懐かしいですね。  一月もするときっと、たくましい鯨になることでしょう。   こんなふうにね。



2002年6月18日(火)      17期 佐藤壽の娘さんより
件名 : 佐藤です。
こんばんわ。先日はメールと写真ありがとうございました。m(_ _)m    父への伝言もメールで送信しました。今、父は居ませんが、自宅の住所を教えておきます。〒***-****  福岡県***  です。  こちらに届いたら父にはメールで内容などを伝えますので この住所宛でお願いします。
あんちゅうの返信メール    住所、ありがとうございます。早速、6月11日に送った文面を送りました。ナニ、たいした文面ではアリマセンが、佐藤家にピッタリの 文面かナ。 4〜5日後に届くと思います。ゆびとま葉書は200字という制限があるため、たまにはこういうのもやむを得ません。韓国VSイタリアの熱戦をテレビ観戦のため遅くなりましたことお詫びいたします。  ・・ 日本、残念でした。    お父様によろしく。 ( ・・・・今、韓国が勝ちました。)



2002年6月17日(月)      あんちゅうより17期 佐藤壽の娘さんへ
件名 : 17期 安中です。住所をお知らせください。
こんばんわ。先日は、お父さんのメールを届けていただき、ありがとうございました。ところで、6月11日にNO.4のゆびとま葉書を送付しましたが、お父さん宛の葉書が転居先不明でもどってきました。送付先住所は、〒7*7-****広島県 *市*町**−**です。本人は、アラビア海上にいるようですが、残念ながらそこまで葉書は送れません。葉書が届く住所をお聞かせください。尚、17期以外の目的では住所を使用しませんのでよろしくお願い致します。



2002年6月17日(月)      17期 上田三佐夫 17Th Home掲示板投稿より
件名 : ご無沙汰です。
あんちゅう、いつもご苦労様です。仙人のレポートにあったように先日高杉の追悼と浦田達の激励に雲の上の仙人の破れ豪邸へ行ってきました。同期はもとより、18期生の勇士とも久しぶりに語り、美味しい般若湯をいただきました。写真を注意してご覧頂ければ分かると思いますが、浦田に敬意を表して俺は襟を立てて(ここを強調する)行ったにもかかわらず、ナナナント!浦田は俺の名前を忘れていたのだ。忘却とはわすれさることなりぃーってか。ではまた
あんちゅうの返信投稿    いやー!この文面を見るまで、あの写真にそれ程深い意味が込められているとは思いも付きませんでした。  あんちゅうが写真を見たときは、「な〜んだ、浦田は Tシャツか・・」が、第一に思いついたことで三佐夫君の襟まで気が付きませんでした。ゴメンナサイ。  ”佐世保のひと”が、電話に出たとき、思わず 「あっ、襟立の浦田さんですか」っと言いそうになったけど、仙人の電話で恐縮してしまい、頭が真っ白になって言いそびれたと申しております。    ・・・山田君、わざわざ襟を立てていった三佐夫君に座布団5枚!!  にもかかわらず、名前を忘れてしまってた浦田の座布団、ぜ〜んぶ 取りなさい!!
これで、浦田は、今後写真に収まるときにはゼッタイに襟を立てるだろうな。・・楽しみだな〜。



2002年6月16日(日)      17期 林 美彦より
件名 : アルバム見ました。
アルバム今さっき近所の  知り合いの人のノートパソコンで見させて頂きました。              30年前の顔がいっぱいでてきて感無料です。あんちゅうの顔も申し訳ないけどやっと思い出しました。        こうやってメール作っているとだんだん30年前の事が昨日の事の様に頭に浮かんできます。アルバム作り大変だったでしょうけど俺にとっては、宝になりそうです。大切にします。  有難う。            林より
あんちゅうの返信メール    こんばんわ。  見ましたか。・・あんちゅうの顔も思い出したそうですが、今は、残念ながらあのままではないのですぞ。  確かに、あのアルバムを見ていると、つい昨日のことのように思い出します。  特に退職組にとってはネ。  っま、それも自分で選んだ人生。  あんちゅうにとっては、こうやって全国にいる同期と、すばらしいつながりを持ちながらの毎日に感謝こそすれ、一片の悔いもありませんし、多感な青春を江田島で17期と共に過ごした事に大いなる誇りを持っています。  お互い、どこにいようと、誇りを持って元気に頑張りましょうよ。    またのメールを待っています。



2002年6月15日(土)      江田島仙人より
件名 : 江田島仙人便り018−02
 仙人部落の一角に赤鬼、青鬼が棲むという赤煉瓦の館があり、そこで囚われ、修行を続けている熱血年寄り4名の激励と高杉君追悼の宴を、6月14日夕刻、生徒17、18期の諸兄が、呉からも駆けつけ、仙人のやぶれ館で行いました。
 熱血年寄りとは、17期浦田、18期友田、佐々木、坂田君で、鬼に追われて、時間に追われながらも要領よく立ち回っていること、また、総短艇とか言う奴隷船レースの勝負に尻の血を賭けていること等、修行の苦労話は、仙人酒を美味しくしてくれました。ありがとう。後少し、息切れしないよう頑張ってね!と励ます皆でした。
 仙人のデジカメは葉っぱで買った、やぶれデジカメのため、手ぶれにより、皆幽霊になってしまいました。面々を紹介できずごめんなさい。やぶれデジカメにも負けない二人は流石でした。               何でもやぶれかぶれの仙人より
あんちゅうの返信メール    仙人便り018−02、有難うございます。やぶれデジカメとか言ってますが、実は、宴前の手作り仙人酒の味見の量が多すぎたのでは?      今日、6月15日16:30 加茂募集事務所の星野広報官(空自)が、6月7日付の海上自衛隊新聞を自宅に届けてくれました。海幕人事発令の最初に「 ▽1尉に昇任(佐調)2尉高杉英則=5月28日付 」 の記載が。本来であれば、大いに喜んで祝うべきなのに  ・・・  残念でした。ご家族は落ち着いたでしょうか。



2002年6月14日(金)      17期 佐藤壽の娘さんより
件名 : (無題)
「同期の佐藤壽です。今、日本から遠く離れたアラビア海にいます。6月12日に安中君からのはがきを受け取りました。高杉君の突然の訃報の知らせに驚きました。日本に居たなら葬儀には行ってやりたかった。今なにか協力できることがあれば、娘から私にメールがくるようになっていますので、なんなりと連絡ください。」とゆうような内容のメールが父から届いたのですが、文字化けがひどくて半分くらいは私の推測です。父の意志が全部伝わったかどうかはわかりませんが、父の気持ちを早く伝えたかったので送らせていただきました。             佐藤 歩
あんちゅうの返信メール    安中です。お父さんの気持はすべて伝わってきます。有難うございました。  ご家族や諸先輩をはじめ佐世保の同期の手によりとどこおりなく高杉を送ったと伝えてください。詳しくは、17Th Homeの徒然草というコーナーに記載されていますのでそちらをご覧下さい。   アラビア海ですか。 ・・遠いですね。ご家族の皆さんも心配でしょう。   7〜8年前になりますか、17期の30周年が江田島であったときお父さんは少術校の教官をしていて、いろいろと案内していただきました。   これからも葉書を送るつもりでいますのでメールを通じてお父さんに届けてください。よろしくお願い致します。(お父さんの若かりし頃の写真を添付いたします。)



2002年6月14日(木)      江田島仙人より
件名 : テレビ放映等
 7.6(土)1030〜1125に、「山本五十六 湖底に消えた元帥像」が、新潟県内日本テレビ系列で放送されます。これは、江田島の教育参考館に安置されている元帥の胸像の下半身像を探す話です。先日、新潟テレビの西山ディレクター(英国人教師の見た江田島教育)が来訪され、取材されました。とりあえずお知らせします。
 本日夕刻、我が公舎で、17、18期で、幹部予定者課程の浦田、佐々木(18)、友田(18)、坂田(18)君の激励と、高杉君の追悼の宴を行います。
        手作り仙人酒の味見をしている江田島仙人より
あんちゅうの返信メール    山本元帥像の話は、地元紙の新潟日報6月12日に掲載されていました。放映の話は初めてです。見なくては。
只今、帰りました。(23:47)  電話を頂いたそうで、大変申しわけアリマセンでした。こちらでもコミュニケーションをはかっていました。あんちゅうには、生声(なまごえ)よりメールが似合うようです。・・・あんちゅう・・・



2002年6月13日(木)      17期 江田俊弘より
件名 : 長期行動へ
アンチュウ、元気か?「佐世保のヒト」もお元気でしょうか?こちら佐世保は、梅雨に入り不快指数100%の状態ですが、おかげさまで元気にしています。この土曜日からしばらく旅に出ます。名付けて「長期展開行動」、7月末まで沖縄、舞鶴、北海道(函館)そしてもう一度舞鶴、佐伯、最後は呉で市制100周年行事に参加と大いに展開してきます。もちろん愛用のデジカメも同行しますので、ちょっとした作品を送れればと思っています。先日のはがきでで「高杉追悼文」の依頼がありましたが、今はまだ書けません、、、、しばらくして書ける様になったら何か書いておきたいと思っています。寄港地ではPHSでモバイルしていますので、HPをチェックするのでしっかり更新しておいてくれ、楽しみにしてる。江田 俊弘
あんちゅうの返信メール    あんちゅうも「佐世保のヒト」も元気です。 「長期展開行動」とか。新潟に入らないのが気にくわないけど自艦隊司令官に直談判するわけにもいかないね。各寄港地の同期に17Th Homeの宣伝をよろしくお願いします。・・・同期との酒盛りに身体をこわさないように。またのメールを待ってます。



2002年6月10日(月)      17期 前畑啓二より
件名 : Re: 卒業アルバム受け取りました
楽しく拝見させてもらいまいた。よくぞここまでと感心しました。本当にご苦労さまでした。またメール送ります。
あんちゅうの返信メール    届きましたか。 17期卒業アルバム「追憶」の中の一枚たりとも省略せずすべてを取り込みました。  25周年記念誌の17期に関係のあるところも入れてあるはずですので暇な時にお読みください。  こんなこともしているくらいだからきっと暇もあるでしょう?



2002年6月8日(土)      17期 林 美彦より
件名: ありがとう。
今日CD届きました。  早く中を覗きたくて心うきうきです。 30年前のいろんな思い出がいっぱいつまっているんでしょうね。  懐かしい顔がどんどんでてくるんでしょうね。  早く見てみたいのですがあいにく家にはパソコンがありません楽しみはしばらく後になりそうです。でも嬉しい、本当に有難うね。  林よりあんちゅうへ
あんちゅうの返信メール    岩手よりご苦労様でした。 届きましたか。よかったです。その中に、水測・通信・ETに分かれるときに自分の名前を胸の前にして各班ごとに撮った写真があるのですが 林の雰囲気はあんちゅうの中では今もそのままなんです。当たり前のことですが・・・。その写真を見て、ほかの写真を見ると名前と顔が間違いなく一致します。そして、次第にいろんな事を思い出すでしょう。あいにくパソコンがないということですがこの世の中、いろんなところにあります。是非、楽しんでください。感想も待ってます。      がんばりましょう。



2002年6月6日(木)      24期 平 まりおより
件名 : 故高杉班長葬儀写真
あんちゅう先輩    ゆびとまはがき 届きました。(けっこう前ですが)    無料とは便利ですね。葬儀参列した同期(24期 ET 原 英芳)が業者の係員に頼んで写真を撮ってもらいました。それをインターネット上に保存してあります。下記を開いてください。http://www.photohighway.co.jp/AlbumPage.asp?un=8272&key=803455&m=0    パスワードは takasugi です。同じく 葬儀に参列した24期通信 西川章一「ちょうかい」(通信員長)の報告です。
 本日、故高杉班長の葬儀に参列しました。式は親族の方々、知人、自衛隊関係者と150名以上来られていた様でした。 特に佐世保の17期生などは朝から親族の方々と一緒に式の段取り、参会者の世話等をされていたようでした。 また、我々の教官をされていた窪田さん(17期生)が弔辞を述べられたシーンでは思わず涙を浮かべてしまいました。 高杉班長が本日多くの方々に見送られ永眠されたことをここに報告します。
あんちゅうの返信メール    有難うございます。みせていただきました。あれからちょっと気合が入りません。通常の17Th Homeモードに戻したいのですが・・・。頑張ります。高杉関連に限らず、これからもよろしくお願い致します。   あんちゅう



2002年6月5日(水)      14期生ホームページ 新着情報・お知らせより
件名 :
17期生徒の悲報が届きました 高杉英則生徒のご冥福をお祈り致します [2002/6/05]
    (14期生ホームページ URL : http://www.syujac.co.jp/14th/)



2002年6月5日(水)      17期 安中より林美彦へ
件名 : あす、CD送ります。
こんばんわ。もう寝たかな?  明日、アルバムのCDを送ります。おたのしみに。  中にはアルバムと関係のないあんちゅうの秘蔵の写真も入っているが、ご愛嬌と大目に見て欲しい。  卒業アルバム自体は大変手間がかかった。  大小取り混ぜ、全部で、500枚近くになった。の出来がイイのか悪いのかはわからないが、録としていつまでも残り、パソコンさえあればいつでもどこでも見れるのでまあ、ヨシと自分では思っています。遅くなりましたがどうぞ、御笑納下さい。      あんちゅう



2002年6月5日(水)      17期 安中より前畑啓二へ
件名 : Re: 卒業アルバムの無料配布について
こんばんわ。もう寝たかな?明日、アルバムのCDを送ります。おたのしみに。中にはアルバムと関係のないあんちゅうの秘蔵の写真も入っているが、ご愛嬌と大目に見て欲しい。・・が、どういうわけかオヌシの写真もあるんだな〜これが。卒業アルバム自体は大変手間がかかった。大小取り混ぜ、全部で、500枚近くになった。CDの出来がイイのか悪いのかはわからないが、記録としていつまでも残り、パソコンさえあればいつでもどこでも見れるのでまあ、ヨシと自分では思っています。遅くなりましたがどうぞ、御笑納下さい。あんちゅう



2002年6月4日(火)      17期 高橋良彦よりの電話
件名 : 電話で失礼します。
夜、2200少し前、良彦よりアンチュウに電話があった。良彦いわく、「パソコンは仕事で使っているけど、家にはない。FAXはあるので送ろうと思ったが電話をした」 とのこと。 あんちゅういわく 「明日、呉の電気屋さんに電話をし高橋宅にパソコンを届け、インターネットの設定も頼んでおく。支払はボーナス払いで!」
良彦 「あっははは・・・」   あいかわらず、優柔不断だ良彦は。    それはそれとして 高杉のことを、悲しんでいた。いろいろ話したが、このコーナーでまとめるとなるとムツカシイ。ほんとに電気屋さんに電話するぞ!!良彦君。    電話の内容をあんちゅうはどうまとめればイイノダ!!!



2002年6月3日(月)       江田島仙人より
件名 : 江田島仙人便り017−02
高杉君のご冥福を、江田島の地からお祈り致します。17期諸兄の願いは、悲しくも天には届きませんでしたが、彼の心には届いたものと信じます。これからは、ご家族や同期、そして、生徒先輩・後輩諸兄のことを見守ってくれることでしょう。仙人部落の可愛い後輩も、古鷹山頂に来て、見守って下さい。
仙人部落の弟子達は、少しずつ逞しくなってきております。今回は、二年生(47期)の山での修行ぶりをお知らせします。登り下りの長い山坂を粛々と踏破しました。中には、小・中学校の遠足を思い出して、その雲泥の違いに悟りを開いた者も??。流石に仙人の弟子!!
17期生徒諸君!悲しみにめげず、頑張れ!・・・・ 行軍する生徒に高杉君を思いだぶらせている仙人より
あんちゅうの返信メール    久しぶりの江田島仙人便りでした。 ありがとうございます。47期ですか。・・  前にも書いたかもしれませんが、我々は17期、どう計算しても 「30年」ですね。     先日、仕事である中学校に行きました。玄関で靴を脱いでゲタ箱に入れようとしたらそのゲタ箱に番号がついていました。もちろん、ちょっと先でも 「17」の表示の中に入れました。近くには 「14」 があったのですが・・・。あいていても入れられません。17期は。   「17」 が ふさがっていたら 「24」 に 入れたでしょうね。出す時にはピカピカに磨かれていいるような気がして。同じ「・7」期、何かの縁と考えれば、17期と同じくまとまりのあるイキアシのある期でしょうね。きっと。行進の様子をみてもそのように感じます。    17期の行軍訓練もこのようにまとまりがあるキチーっとしたものでした。   ・・・  おおーっと こんなのもありました。    あっ、えり立ての浦田か??



2002年6月1日(土)      17期 林 美彦からのFAX
件名 : ごめんな! 高杉へ
ごめんな、高杉。  遅くなってごめんな。  高杉と言う名と顔が一致しなくてごめんな。  でも、広島出身といったらお前だろう?  入隊の時、たった一人で来たのはお前と俺の二人だけだったよな?  30年前のお前の顔、広島弁、忘れてはいない。    17期同期の皆さん、30年前、15期の諸先輩と大ゲンカをしてしまい、同期諸君はもとより、15期先輩、教官、そして山口班長、大変、ご迷惑をおかけし申しわけありませんでした。  高杉、どうぞ安らかに。そして御家族の皆様、お気を落とさず、これからも頑張ってください。     17期 元水測 林 美彦
安中さん、30年前の思い出をありがとう。  (***−****−****) 私の携帯番号です。
あんちゅうの返信メール その一     先ほどは、FAXありがとう。とりあえず、メールします。1時間以内に又送ります。あんちゅう 
あんちゅうの返信メール その二     メールを送ってから、夕飯の後片付けをして今、終わったところだ。っと書くと一人住まいと思われるところだが、女房殿が今日は友達と食事会というので、あんちゅうが後片付けをしていたと言う訳。家族構成は俺の両親、女房、子供、長女は今年社会人の22歳 長男は今年20歳の大学3年生の6人家族だ。親父は83歳。去年の9月より軽い脳梗塞をおこし、ちょっと大変。お袋も83歳。こちらは元気バリバリ。とはいえ、年が年だから。どうにか、生活している。
ところで、FAXありがとう。ほんとにありがとう。出来る事なら30年前に戻りたいと昨年の9月よりインターネットで17期ホームページ  「17Th Home」 を 立ち上げた。電話でも話したとおり、なつかしさが常にあり、何とかして皆とのつながりを持ちたいと思ってきたが、この時代、インターネットや携帯の普及を思うとそれを利用しない手はないと思い切ってやってみた。あんちゅうは、常に前向きに、積極的にを信条に今までの生活を過ごしてきたが、時には落ち込む時もあるしどうしようかと悩む時もある。そんな時、同期はどうしてるか、俺と同じように感じる時もあるだろう。そんな時、普段の生活をたとえ5分でも忘れ、「ほっ」とできたら又頑張ろうという気が起きてくる。それをやってみようと。
FAXの文面と、アドレスを同期に公開するし、林にも同期のアドレスを送る。アルバムCDも近いうちに贈るのでミテチョウダイ。今後も、普段の何気ないメールでも大いに結構、是非、送ってください。    どぎれないように・・・