2005年(平成17年度)
「胃・友の会」総会
(10周年記念)

2005年度【胃・友の会】総会 5月29日(日)
昨年と同様に新潟市にあるNEXT21で午後1時から4時半まで開かれた。今年は胃友の会が発足し10周年目にでもあり特別講師として関西医科大学外科学講座 消化管外科 教授 中根 恭司 先生そしてメイン講師は新潟県出身で作家の新井満さんから「元気がでるお話」という題で講演があった。
今年も幹事の高橋さんの司会で総会が始まり16年度の事業報告から始まり17年度の事業計画、役員改選の議案など総会プログラムに沿って進められました。その後、講演に移る。最初は梨本先生である。
 講演 【胃・友の会 10周年を迎えて】
県立がんセンター新潟病院 外科部長  梨本 篤 先生
胃友の会のいままで10年間の歩みをスライドなど使い話された。最初にこの会を立ち上げようと思ったきっかけは先生の妹がスキルス胃がんで亡くされことも大きな要因であり平成8年4月21日に発足した。第一回の総会は歯科大学で行われたが450名の収容人員のところ600名の参加希望があり苦慮したらしい。そんなこともあり次年度からはNEXT21に変更したらしい。
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 講演 【胃切除後障害とその予防】
関西医科大学外科学講座 消化管外科 教授 中根恭司 先生
前半はいままであまり見ることのできなかった胃がん手術の方法や手術自体がスライドで紹介されいささかなまめかしくもあったが参考になる。後半は胃切除後の後遺症の原因と対処法などのスライドであった。そんななか消化吸収は蛋白質や炭水化物などと比べると脂質の吸収が悪くて低コレステロ−ル症になる確率が高いとのことである。この講演後10分間の休憩後新井満先生の講演に入った。
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特別講演 「元気が出るお話」 -死と再生と青春-
作家   新 井 満 先生
講演は先生の生い立ちやお母さんの話、千の風になって、サムエル・ウルマンの青春の詩などの話から元気がでる話について話される。
そして「5つの元気」とは
1、生かされているという感謝の気持ち。
2、美しいものをみて感動する心。
3、自分の役割について。
4、の恐怖感について。
5、を追いかけよう。

感謝

高校3年の時に体験した新潟地震の恐怖感がいまの新井満の人生を変えた。当時相撲部に属し80kgほどあり将来の横綱を目指していた?先生は新潟地震で信濃川の逆流(津波)や地震の体験からPTSDになってしまい体重が激減したそんな精神状態で翌年大学生活に入った
先生は深夜激しい腹痛が襲い病院をたらい回しにされ後少し遅ければ手遅れであったらしく最後は開腹手術で胃と十二指腸を切除されてしまった。(この時点で我々の先輩である)

術後新潟で療養生活を過ごすがPTSDとたびたび腸閉塞を体験し腹痛に耐えていた。そんなあるときあまりの腹痛に耐えきれず殺してくれなどと叫び意識がなくなったその時母親は舌を噛み切らないようにスリッパを口にくわえさせたらしい。こんな精神状態の先生は病院に入院させられ1ヶ月間脳の精密検査を受けさせられた。しかし脳の検査は異常がなくPTSDの薬の投薬ミスによる副作用だったらしい。今なら大問題になることであるがあの当時はどうにもならなかった。

退院後はもう死んだほうがいいと思っっていたほどの腹痛はおさまり、その後は自宅療養を翌年の春まで行い大学に復学するのであるが日記にはお腹が痛くないということはなんて幸せなことなんだろう。ご飯がおいしい。ビ−ルはなんておいしんだろう、ああ生きていてよかったと幸福感を感じ、生きているだけでありがたいと思ったと書いてあり「自分はまだ生かされているという感謝の気持ちであった。

「感動」「役割]

次に母親の話をする。若い時は裁縫を習っていたが母は24歳の時に産婆学校に入学し25歳の春に産婆さんという職業を身に付けた。いまでいうキャリアウ−マンである。36歳で結婚、44歳で私が生まれこれも高齢出産である。そして45歳の時に最愛の夫を亡くしてしまい19994年に91歳で天命を全うした。そんな母は生まれてくる赤ちゃんにはそれぞれの与えられた「役割」があって生まれてくると話していた。

そんな母親を思う時に戦後の「みんなのうた」のなかで楠トシエ さんが歌った「おかあさんおぼえていますか」という歌に感銘を受ける。この歌の内容は娘一人と母親の生活を歌った歌であり主人は戦争で戦死し決して豊かではなく雨漏りのする屋根の家に住んでいるけれど「本当の豊かさは人の心の中にあるのではないかと言っている歌であった」同じ母子家庭ということ。そして歌の内容に感銘をうけた先生はCD化したこの歌を会場の我々の前で歌ってくれた。(歌詞の内容は書き留めていなく残念である)

大学に復学した翌年の春何気なしに大学近くの土手を歩いていると連翹の花が咲いておりその花を見たとき思わず「きれいだ」と感動した。昨年の今頃はPTSDにより生きる希望も夢もなくただ大学生活に入っていたのであった。それが生死をさまよう病気から生還してからは大病を患った自分もそうであったがいままではなんとも思わなかった花や自然、などに感銘するようになった。そしてこの感動から先生は「美」にこだわりを持ちその後絵画、音楽、文学などで「美」の伝達を行って今に至っている。これが母親が話していた自分の役割であると思っている。

「死」

2003年9月に朝日新聞の天声人語で紹介された「千の風になって」が話題になり本とCD化されてからは先生自身詩を朗読すると仏様になったようなの気分(誰も知らない)になるらしい。いまこのCDは日本中の葬儀屋さんで使われている。また現代病である睡眠療法にも役立っている。このCDを発売しすぐに2000通もの便りが届きみなさん元気が出てきて死んで風になると思うと人生じたばたしてもしょうがない。「死」へ恐怖感が和らいだなどの内容であった。

「夢」

最後はサムエル ウルマンの書いた「青春の詩」につて語る。この詩との出会いはあるとき千の風のサイン会場で最後に並ばれていた老人にこの詩を見せられぜひ曲をつけてくれないかとの依頼を受けてからであった。此の曲は苦労の連続でありどうしても自分の描いているイメ-ジと違ってしまっていた。詩の中に書かれている「無線基地」「アンテナ」という言葉が理解できずに苦しんだらしい。ところがある日此の問題が解決するとなんと5分で曲が出来上がってしまった。そして今年の2005年3月に先生自身でこの詩を自分流に訳した「青春とは」という本を出版した。
幾つになっても「夢」を追い続けることが元気の元であると話され講演を終える。
「青春とは」

新の青春とは若き肉体のなかに
あるのではなく若き精神の
なかにこそ ある。

歳を重ねただけでは人は老いない
夢を失ったときはじめておいる
本の中から特にヒデの気に入っている一節を抜粋しました。詳しく知りたい方はどちらの本も購入するなり立ち読みされたし。


最後に副会長の古島さんによる閉会の挨拶があり今回も柏崎民謡「三階節」を唄われて閉会とする。また、ほんとうの元気は今年で91歳になられ、いまでも青春の副会長の元気なお姿であった。


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