「うー……あたまがいたいぃ〜」
「うう……」
鈴と小毬さんが気分の悪そうな顔でそういいながら、水を飲む。
ほかのメンバーも、大体が気分悪そうに水を飲んだり、頭を抱えてたりする。
「……昨日はなにをしてたのでしょうか。まったくおぼえてません」
「わふー……きもちわるいのです」
「あ、頭がガンガンする……」
「はっはっは、全員、まだまだ鍛え方が足りんな」
女性陣で唯一無事なのは来ヶ谷さんだけだった。
昨日もあれだけ飲みまくっていたのに、相当お酒に強いらしい。
「ま、コレでも飲んでおけばそのうち治るだろ。鈴と小毬はあまり効かないかもしれないが」
恭介がテーブルの上に2つ、小さい缶が入った段ボールを置く。
よくレジの前とかコンビニの栄養ドリンクコーナーで見るお酒の前後に飲むやつだった。
「それじゃあ、準備したらゲレンデに移動するぞ。全員支度を澄ませて、玄関に集合な」
「うぅー……車はあまり乗りたくないよ……」
「……」
「これは……あまり美味しくないですね」
「わふ〜、このまま寝ていたいです」
「私は今日はずっとレストハウスで休んでますヨ」
「ぅっ……俺も、まだまだ精進が足りなかったか」
「やべぇ……あまりの気持ち悪さに筋肉たちも成す術がねぇ……うっ」
「……これは、大丈夫なのか?」
「まともにスキーできるのかな、みんな」
スキー旅行二日目、なんともぐだぐだな朝だった。
リトルバスターズ、スキー旅行に行く! 第五話
「んー、冷たい空気が気持ちいいね〜」
「うん。少し気分もよくなった」
ゲレンデについて、二人は少し回復したらしい。
ほかのみんなも、雪山の冷たい風にシャキッとしたり二日酔いが少し和らいでいる。
恭介の持ってきたものも効いてるのかもしれない。
「とりあえずどうするんだ?」
「ふむ、とりあえずは皆で軽く流すのがいいんじゃないか? 昨日は練習だったり勝負だったりで皆で一緒には滑ってないからな」
「そうだな。それじゃあ、まずはみんなでファミリーゲレンデでも滑るか」
恭介の言葉に皆が頷く。
そんなわけで、僕らはとりあえずリフトに乗って一番なだらかなコースへと登っていくことにした。
「ひゃっほーう!!」
「まて、真人!」
着くなり、二人は早速コースを滑り下りて行った。
「あいつらバカだろ」
「せめて、みんなが着くまで待てばいいのに……」
呆れた目で滑って行った二人を見る鈴に同意して頷く。
そもそも、みんなで滑ろうといった謙吾が先に滑っていったらどうしようもない。
「ま、バカ二人は置いておけばいい。……っと、きちんと降りられたか、葉留佳君」
「ひどいっすよー、姉御。一人で先にリフト下りていっちゃうなんて」
「なに、昨日の復習だ。しっかりと覚えていられたかどうかな。一人で下りられないと、自由に動けないだろう」
「それはそうだけど、直前で言うなんてあんまりですよ〜」
「ま、降りられたんだから大丈夫だろう。ともかく、その調子なら一人で一通りいけるだろう」
「ですネ。よーし、頂上からソリで一気に急降下しちゃいますよー!」
「うむ、まずリフトに乗れない。徒歩で上るなら、もしかしたら出来るかもしれないが」
この二人は二人で、また妙な事を話してるな……
「……高いです」
「高いですー!」
「ここを滑るんでしょうか……」
「そーですねぇ。でも、大丈夫です! 西園さんは昨日でぐーんとレベルアップしてますから、ここのコースならきっと滑れます〜」
「そうでしょうか……そうですね、物は試しです。滑ってみましょう」
「れっつ、ちゃれーんじ! なのですーっ」
意気込みを新たにする西園さんと、それを応援するクド。
西園さんも、滑れるようになって楽しめてるようでよかった。
「それじゃあ、お先に行くぜ」
そういって、恭介はゴーグルを掛けて滑り降りていった。
それに続くように、みんな思い思いに滑り出していく。
実に楽しげに滑る恭介。
危なげなく滑る鈴。
逆にちょっと危なっかしく、でも昨日覚えたてとは思えないくらいには安定して滑っている小毬さん。
手慣れた様子で、ゆっくりとけど堅実に滑っていくクド。
それについていくように、慎重にボーゲンのみで滑り降りる西園さん。
はしゃいで、何かすごい事をしようとして危ない場面がちょこちょことある葉留佳さん。
一人だけボードの来ヶ谷さんは、悠々と特別なことをするわけでもなくなだらかな斜面を楽しんでいる。
みんな、思い思いに楽しんでるみたいだ。
「それじゃあ、僕も行こうかな」
後を追うように、僕もみんなと同じ斜面を滑り出した。
「リキー」
後ろから呼びかけられて、ストックを雪に刺して後ろを振り返る。
ちょうどゲレンデを滑り降りてきたクドが、こちらに滑り寄ってきた。
「クド、楽しんでる?」
「はいです。リキは楽しいですか?」
「うん。スキーも久しぶりだしね。クドはお爺さんと一緒に滑ってたんだっけ?」
「そーですねぇ。あの時は大変でした……一面、雪と氷の場所だったので普通に歩けなかったです」
クドとおじいさんは一体どこに住んでたんだろう……
少なくとも、ロシアでだって相当北に行かなければそんな場所はない気がする。
「けど、そのおかげでスキーはだいぶ上手くなりました。今日は上級者コースに挑んでみようと思いますっ」
「クドもやる気だね。小毬さんと西園さんも、さっき鈴についていって中級者コースに行ったよ」
「みたいです。お二人ともやる気満々でした」
「小毬さんはともかく、西園さんがこういうのに興味を持つって言うのも珍しいよね」
「なにやら『今後のためにも、ネタは溜めておきたいので』って言ってました」
「ネタって……なんのだろう?」
「さぁ……私にもよくわからないです」
二人でしばらくその場で頭をひねったけど、それらしい答えは出てこなかった。
「リキはこれからどうするんでしょうか?」
「んー、午後からは恭介と来ヶ谷さんに頂上に誘われてるから、その為に慣らしておきたいかな……」
昨日滑ってから、二人はあのエクストラコースにご執心になっていた。
今日もみんなでファミリーゲレンデを滑った後、二人は真っ先に頂上目指してリフトに乗って行った。
謙吾と真人も「勝負だ!」とかいって二人についていったし。
きっと今頃は4人とも無茶苦茶な滑りをしてるかもしれない。
「でしたら、一緒に上級者コースに行きませんか? 私も滑ってみたいのですが、上級者コースは行ったことがないので」
「クドもレベルアップを目指して?」
「はい。それに、せっかく来たので一度は滑ってみたいですっ」
「うん、それじゃあ一緒に行ってみよっか。傾斜が急なところが続くから、ゆっくり滑ってみよう」
「はいっ。ご教授よろしくおねがいします〜」
深々と丁寧に頭を下げるクドに苦笑しつつ、僕らはリフトへと滑って行った。
「わふー……結構上ります……」
「ここは上にしか上級者コースないみたいだからね。あともう一回リフト乗り継ぐはずだよ」
「まだ登るですか!!」
リフトの上で盛大に驚くクド。
危ないからあまり騒がないように注意だけしておく。リフトが途中で停止しました、とかなったら他のスキーヤーに悪いし。
「わふ〜……すみませんです。でも、上の方は眺めがいいですね〜。麓が一望できます」
「そうだね。普段あんまり市外に出ることもないし」
「一面銀世界、なのです〜。学校のあるあたりも、もっと雪が降ってほしいです」
「でもクド、確か寒いの苦手じゃなかったっけ?」
「わふ……確かに寒いのは苦手です……。でも、皆さんと一緒にで雪だるまとか作ってみたいです」
「クドは雪だるまとか作ったことないの?」
「ありません。なので、ぜひ作ってみたいです」
手を合わせて、作ってる場面を想像してるのかクドは楽しそうに言う。
クドが想像してるのはいわゆる雪ダルマと、外国風のスノーマン、どっちなんだろうか?
「でも、それだったら帰ったらペンションの前で作るのもいいかもしれないね」
「わふっ! それは盲点でしたっ」
「バケツは多分あるだろうし、木の枝もこのあたりなら手に入りやすそうだし」
「にんじんは、昨日の料理でまだ使ってないのがありますです」
「目とかは果物なんかを用意して、マフラーも手袋もあるから、十分できそうだね」
「わふー! 帰ったら早速作るです。リキも手伝ってくれますか?」
「うん、いいよ」
「いまから楽しみです〜」
どんな雪だるまを作るか話しながら、僕らはゆっくりとリフトで上を目指していった。
山頂付近の冷えた空気が、ウェア越しの体にも冷気を感じさせる。
空を見上げれば僅かな白い雲が、少し速い速度で流れていく。
かなり上にあるはずの雲なのに、やっぱり頂上付近で見るとどこか近くに感じる。
見下ろせば、デコボコと切れ間なくモーグルコースが続いていく斜面が陽光を反射してキラキラと光っている。
麓のレストハウスはかなり小さく見えている。それすらも、木々の切れ間からやっと覗ける程度だった。
「……ここ、降りるの?」
「ああ、そうだ。ここを降りるんだ」
「迂回しちゃ、ダメ?」
「ちなみに、迂回コースはここにはない。戻るならリフトに乗って赤っ恥を晒しながら戻るといい」
斜面を見て腰が引けてる僕に、二人は容赦なくそう言う。
少し早目の昼食をみんなでとったあと、僕は恭介たちに連れられて噂のエクストラコースまで連れてこられた。
別名『隠れコブ道場』と言われるくらい、急斜面とデコボコがウリのコースらしい。
なんでも意外と知られていない、隠れた穴場なのだとか。
「うっひょー、さっきも滑ったけど、改めてみるとすげーコブコブだな」
「ああ、正直、マトモに滑るだけでも中々技術がいるな」
後ろのリフトに乗っていた真人たちもついたのか、改めて斜面を見てそんな感想を言っている。
「傾斜、45度だっけ……」
「ああ、一応平均斜度は30度だが、全長700m、コブが多く配置されて深雪も楽しめる良いコースだ」
実に楽しそうな表情でいう恭介。
そもそも平均斜度30度の時点でかなり厳しいコースになっている気がする。
正直、少し滑れるかどうか自信がない。
「不安か? 少年」
「そりゃ、ね。ここまでキツイコースは走ったことがないし……」
最大斜度45度ってどれくらいなんだろう……そもそも、人が滑れる傾斜なのだろうか?
「なに、何度か滑ったが落ち着いていけば滑れないものでもない。理樹君は上級者コースはいけるんだろう?」
「まあ、一応……」
「なら、そこでの滑りと同じように意識すればいいだけだ。スピードを出したりトリックを決めたりなんかを考えなければ、そう難しくはない」
「そうかなぁ……」
ぱっと斜面を見た限りじゃ、そうは思えない。
けど、確かに上級者コースにもコブはあるし、その応用だと言われれば滑れなくもなさそうな気はする。
「ま、とにかく一度滑ってみようぜ。滑ってみれば楽しさが分かるって」
「恭介……うん、そうだね。とりあえず一度試してみないと分からないよね」
「その意気だ、少年。ま、難しかったらおねーさん直々に指導してやろう」
「怖そうだから、なるべく受けないように頑張るよ」
ストックを雪に突き立てて、一度大きく深呼吸をする。
冷えて澄んだ山頂の空気が、少し痛いくらいに肺を刺激する。
けど、清々しい気分が体中に広がる。
この空気を浴びながら滑るのは、きっと楽しそうだ。
「よっしゃ、それじゃあ先に行くぜ!」
「真人、勝負と行こう。先に麓まで着いた方が飲み物を奢るというのはどうだ?」
「へっ、その勝負受けて立つぜ! プロテイン入りのココアはおれが貰った!」
「……そんな飲み物はないと思うが」
そんなやり取りをしながら、二人は勢いよく斜面を蹴ってコースを滑り出して行った。
コブコブの斜面をいとも簡単に制して、あっという間に下の方まで下っていく。
「あの二人もなかなかすごいね……」
「ああ。だが、慣れればあそこまでとはいかなくとも、普通には滑れるさ」
「それじゃあ、私たちもさっそく――」
「うわわわわわわわっ」
二人に続いて僕たちも滑ろうとしたとき、下の方から声がしてきて、そっちに振り向く。
左下……リフトの一席から、なにやらわたわたと慌てたピンク色のウェアの人が昇ってくる。
他に上ってくる人もいないものだから、ひどく目立っていた。
ついでに言えば、その声には聞き覚えがあった。
「小毬か?」
徐々に昇ってくる姿を見ながら、恭介がそういう。
確かに、僕らリトルバスターズきってのうっかりさんの小毬さんだった。
少し危ないくらいにリフト上で暴れつつも、小毬さんは山頂までついて、そこで一息ついていた。
「小毬君、そこで止まってると他に昇ってくる者の迷惑になるぞ」
「ほわっ、そ、そうだったぁ〜」
慌ててその場から動いて、こっちまで滑ってくる。
鈴が教えたスケーティングはちゃんと使いこなせているみたいだった。
すいすいっと滑って僕らの方まで来られていた。
「あれ? なんで理樹君たちがここに?」
目を丸くしてそう聞かれる。
「いや、それはこっちのセリフだけど……小毬さんもエクストラコースまで滑りに来たの?」
「ふぇ? って、えええええ、えくすとらこーす!? ここ上級者コースじゃないの!?」
「いや、エクストラコースだ。上級者コースはこの一つ下だな」
「うむ、今のリフトを乗る前の所だな」
「うわーん、ま、まちがえたぁぁぁ」
「もしかして、気づかないでリフト乗ってきたの?」
「うんー……リフトがあったから。上級者コースだから、きっと一番上だと思って」
「あながち間違ってはない理屈だけど……」
どうやら、気づかないで最後まで律儀にリフトに乗ってきたらしい。
そして、想像以上のコブをリフト上からみて慌ててたのが、さっきの姿らしい。
「うーん……さすがに小毬さんにはここはキツイと思うけど」
「だが、迂回コースはないぞ?」
「小毬、モーグルコースは滑ったか?」
「う、うーん……モーグルって、あのデコボコしてる所だよね」
「うん、ちょうどここのコースみたいなところだよ。もうちょっと下のコースは緩かったと思うけど」
「あんな場所滑れないよ〜急斜面だけでも怖いし」
確かに、昨日始めたばっかりでモーグルコースなんて滑れないと思う。
それでも、持ち前の学習能力の高さで今日既に中級者コースを滑れるようになったのは十分凄かった。
「なら、リフトに乗って降りるしかないな。それが一番安全だろ」
「リフトって、今昇ってきたのに乗って?」
「ああ。衆人環視の目には晒されるが、滑れないコースを滑るよりはマシだな」
「ふぇええええ!? も、もしかして恥ずかしい事ですか?」
「よく見かけるのはリフトから降りれなくて、そのまま降りる人だな。あれは恥ずかしいぞ」
「あー……あれはね……」
昔、まさしくその通りの事を鈴と一緒にしたのを思い出して、恥ずかしさがよみがえってくる。
たった二人、逆方向のリフトにのって戻っていくあの恥ずかしさ。
くすくすと対抗リフトの人たちに笑われながら降りるのはかなり屈辱的で恥ずかしかった。
「そ、それはちょっとやだぁ〜」
半泣きでいう小毬さん。
その気持ちは分からなくもないけど、滑れないコースを無理に滑るのもかなり危険だ。
「いや、もしかしたら小毬のことだ。誰か一人テストプレイを見せれば案外降りるくらいなら出来るかも知れないぞ」
「ふむ、確かに小毬君の学習能力の高さは折り紙つきだからな」
そうだろうか?
確かに小毬さんは一度見たもの・教わったものはすぐに自分のものにするけど、流石に昨日今日でこのコースはキツイ気がする。
「どうする? 小毬。滑るなら一度先に降りて滑り方を見せるが」
「う、うーん……エクストラコースかぁ。ようしっ」
ぐっ、と両手で握りこぶしを作って前向きマジックを唱える小毬さん。
……滑り降りる気なのか。
「小毬さん、本当に滑り降りるの?」
「うん〜。来ちゃったものはしょうがないし、せっかくだから滑ってみるよ」
「いや、でも無理しない方が……」
「だいじょーぶ。なんとかなるよ」
「うーん……」
かなり不安だけど、本人がそう言うならどうしようもない。
無理そうならスキー板を外して降りていけばいいし。
「なら、俺が先に滑るから、小毬はよく見ておけ。理樹も降り方の参考にするといい」
「わかりましたっ」
「うん」
「来ヶ谷は、その後二人について降りる手助け。少し上から見て指導してやってくれ」
「了解した」
そういうと恭介は、レースの時とは違ってゆっくり確実に、コブだらけの斜面を滑り出していく。
決して速度を出さず、上手く重心移動をしてコブを制していく。
「分かるか、小毬君? 膝で重心を上手く制御してコブを乗り越えるんだ」
「う、う〜ん……なんとなく」
イマイチ不安な返事を聞きながらも、恭介の滑りを見る。
丁寧で正確な滑りをしながら、恭介は危なげなく滑り降りていく。
やがてコースの中腹あたりでいったん止まり、端の方によけてそこで完全に止まった。
「では、まずあの地点を目指して進むといい。一気に滑り降りる必要もないからな。ゆっくり、安全に滑るといい」
「わかりましたっ」
返事は元気よく、小毬さんはコースを前に立って、一度深呼吸する。
後ろで見守る僕と来ヶ谷さん。
やがて、小毬さんは覚悟を決めたのかグッとストックを握って気合いをこめた。
「それじゃあ、いきますっ」
ざんっ、と小毬さんは勢いよく斜面を滑り出して……って!
「小毬さん、そんなに勢いよく滑り出したら……!」
「う、うわわわわわわ!! と、とまらない〜!?」
勢いよく滑りだす小毬さん。
その速度は昨日の恭介たちのレースに匹敵する!
「小毬君、横に転ぶんだ!」
「こ、ほわっ!! こ、こわくって、ふぇええ! 転べないよ〜!!」
速度は出てるのに、小毬さんは妙に上手くこぶを制して転ぶこともなく進んでいる。
けど、それで精いっぱいなのか止まることも方向を制御することもできないらしい……!
「む、小毬君! そっちは危ない!」
「小毬! 転べ! 林の方に入り込むとヤバい!」
「む、むむむむりぃ〜!!」
「ちぃっ、こま――」
「小毬さん!!」
急いで小毬さんを追って、僕も斜面を蹴って一気に滑り降りる。
あの速度だ、横に転んだってどうなるかわかったものじゃない……!
第一、今小毬さんはパニックに陥ってて自分じゃ止まることも転ぶこともできそうにない。
「うわわわわ、ぶ、ぶぶぶつかるぅぅ〜!!」
「小毬!」
「待ってろ、今引きとめる!」
恭介と来ヶ谷さんが動く声が聞こえる。
けど、恭介は小毬さんより下にいるし、来ヶ谷さんもすぐに追ってきたけどボードじゃ速度的に追いつけそうもない。
なんとか僕が止めないと……!
「うわわわわっ!」
コースを外れて、小毬さんが林の中に入っていく。
外から見たよりは密度が低いけど、ここを突き進むのは危なすぎる。
なにより、先がどうなってるか全く分からない。
「っ、小毬さんっ!」
「り、りりりきくんっ! と、とめてー!!」
もうどうやって林の間を抜けてるのかまったく分からない。
ただ、小毬さんも必死なのか無意識に樹との衝突だけは避けて進んでいる。
けど木々が邪魔して、止まるのも転ぶのもとてもじゃないけどできそうにない。
このまま少しでも広い場所に出て、そこで無理やり転ばせるしか……
って、この先は!?
「が、がけー!?」
「こまりさんっ!!」
突然視界が晴れて、あたり一面に空が広がる。
足元には浮遊感。
真下には、木々が生い茂る森が広がっている。
飛んだ瞬間からの時間がひどくゆっくりに感じる。
コマ送りの映像の中で、思考だけがマトモな速度で動く。
あぁ、こう言うときって本当にコマ送りになるのか、と頭のどこかが考える。
水より重い液体の中で体を動かしてるくらいに、動きが遅い。
その中で、先を飛んでる小毬さんに必死に手を伸ばす。
身体がブレて、小毬さんが視界から消える。
けど、わずかに手に触れた感覚だけを頼りに、それを一気に自分の方に引き寄せてしっかりと抱きしめる。
重い水の中で、その時だけは身体が自由に動いた。
それと同時に、周りの速度が一気に元に戻って、僕らは崖の下へと落ちて行った。
「理樹! 小毬!」
「くっ、間に合わなかったか……!」
崖のギリギリで急停止し、二人は下を覗き込む。
林が茂っているのか、二人の姿は確認できない。
僅かに川の音が聞こえるのが、思ったよりも高くない崖だったことだけが確認できる。
このあたりは、昨日雪でも降ったのか雪がまだ柔らかかった。
スキーのコース用に整備された場所と違い、あの林はきっと新雪のままだろう。
林もある、崖も思ったよりは低い。
上手く落ちれば、木々の枝がクッションになって助かるかもしれない。
が、危険な状況だということには違いがない。
崖からの転落、というのも不安にさせる。
修学旅行の事故も崖からの転落だったのだから、嫌でもそれを思い出させる。
「……大丈夫だ。二人は生きてる」
「そう願いたいところだが……」
「生きてるにきまってるだろ! 前だってなんだかんだで全員助かったんだ! 今回だって、きっと!」
「いや……ああ、そうだな。理樹君がついてる。どうにか木々に引っかかって落下の衝撃を和らげてるだろう」
「……すぐにふもとに戻ってレスキュー隊に連絡だ。その後でおれたちも探す」
「正気か、恭介氏……? 山を舐めると怖いぞ」
「そんなことはわかってる! けど、じっとなんてしてられるかっ!!」
あくまで冷静に状況を判断する来ヶ谷に、恭介は殺さんばかりの勢いで食ってかかる。
だが、二人とも分かっている。
恭介は自分の言ってることがどれだけ命知らずなのか。
来ヶ谷は、今にも頭の中が壊れそうなほどに慌ててるか。
ただ片方が激昂しているので、もう片方が冷静であろうとしているだけだ。
そして、二人はそれを承知でやり取りしている。
「ああ、そうだな……ともかく下に急いで戻ろう。私も、ジッとはしていられん」
「確か、ペンションの近くにも川があった。位置的にも同じ川かもしれん。川沿いを上流に上って探してみよう」
上からみた周囲の地形、今滑り降りてきた個所。
素早く必要な情報だけ集めてまとめると、二人は再度崖の下を確認して、急いできた道を戻る。
上りになっているため、二人はスキー板とボードを脱いでそれを担いで走る。
走りにくいことこの上なかったが、コースに戻った後を考えると、板があったほうがより早く降りることができる。
先を急ぐ二人の前に、白いものが降りてくる。
そろって空を見上げ、二人とも舌打ちをする。
「こんな時に雪か……」
さっきまで晴れ渡っていたはずの空に、黒い雲が差しかかり始めていた。
速い流れで雲が流れていたから、気づかないうちに雪雲が迫っていたのかもしれない。
せめて吹雪かないようにと祈りながらも、徐々に雪の量は増えていった。
あとがき
「転落ー!」
「転落してしまいましたね」
「どうもー、あとがきの命でーす」
「翠です。今回は物語全体での『転』の部分になります。タイトルはそのまま『転落』って所ね」
「元々、このSSの本題はここになるんだよ。理樹と一緒に崖下に落ちた二人。さてはてどうなるのか!」
「最初は候補が何人かいたみたいですが、最終的に『やっぱ小毬でいいかー』となったみたいです」
「ちなみに、候補としては来ヶ谷、クド、鈴、恭介がいたらしいよ」
「恭介さんも入ると、それはそれで少し違うものになる気がしますが……」
「まあいいんじゃない? っと、前回あとがきで書いた宴・後編。とりあえず省略されました」
「ただ、文自体はほぼ実は出来ていたりします。気が向いたら4.5話として公開するかも、とのことらしいです」
「さて、物語も佳境に差し掛かってまいりました『スキー旅行』! 残すところ、あと2話といったところです」
「このサイト、初の完結作品になるかもしれません。皆様最後までお付き合いくださいね」
「では、今回はこの辺で〜」
「感想など、お待ちしてます」

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