風景が流れる。
 頬や首、僅かに露出した箇所に冷え切るような風が通り抜けていく。
 だけど、火照った今の体にはそれが気持ちいい。
 エッジを効かせてゆっくりと蛇行するように滑る。

 ふと新しく映った視界の先に、黄色いウェアに長い髪を後ろになびかせながら滑っていく姿が写る。
 鈴は危なげなく、そして楽しそうに斜面を滑走していく。
 うん、鈴も楽しんでるみたいだ。
 そう思いながら追いかけようとした瞬間、

「うわっ!」
「悪いな、少年」
「まて、来ヶ谷!!」

 颯爽と二つの黒い影が両脇から僕を追い抜いていく。
 バランスを崩しそうになって、あわてて体勢を立て直すために端によって止まる。
 来ヶ谷さんと恭介だ。
 中級者コースを勢いよく駆け降りて行っている。

「負けるか!」
「くそっ、あいつら無駄に早ぇぜ……!」

 さらに二つの巨体が、僕の横を通り抜けて先の二人を追いかけていく。
 ……とりあえずみんな、マナーは守ろうよ。





リトルバスターズ、スキー旅行に行く! 第三話





「結構みんな楽しんでるみたいだね」
「そうだな。こまりちゃんもクドと一緒に滑ってるのを見た」

 コーチ役を交代して、僕らはとりあえず中級者コースまで昇ってきた。
 上級者コースももちろん行きたいけど、その前に少し慣らしておきたい。

「おや、二人も慣らしか?」
「来ヶ谷さん」
「そうだ。くるがやもか?」
「いや、私はもう上から滑ってきたところだ」
「……いきなり上級者コースに行ったんだ」

 確かに来ヶ谷さんは僕たちより先にリフトに乗っていってたけど、あんまり時間差はなかったと思ったんだけど。

「なに、葉留佳君に教えるときに散々滑っていたからな。慣らしはもうすんでいる」
「あー……」

 そういえば、基本を教えた後はひたすら滑ってたっけこの二人。

「うむ、葉留佳君もそれなりには滑れるようになった。おそらく初級コースくらいは余裕だろう」
「トラウマになってなければいいけどね」

 悲鳴を上げ続けていた様子はとても印象的だった。
 それでもしっかりついて行ってた葉留佳さんも偉いと思う。
 ……いや、あれは連れていかれていたのか?

「ところで理樹君、鈴君。キミ達はボードのほうは出来るのか?」
「いや、僕はできないよ。鈴も確かできないよね」
「うん。きょーすけにならったのはスキーだけだ」

 僕たちのスキーの講師は恭介だった。
 丁寧に教えてくれたけど、同時に来ヶ谷さん並に無茶なこともやらされた記憶がある。

「ふむ、なんだったらこの機会にボードも覚えてみる気はないか? スキーとはまた違った面白さがある」
「ボードかぁ……面白そうではあるけど」

 そういえば、来ヶ谷さんはいつの間にか板をボードに切り替えている。

「んー……あたしはいい。くるがやの教え方はなんか怖そうだ」
「心外だな……」
「いや、さっきのやりとりを見てれば誰でもそう思うよ」

 おそらく、恭介と同じでそれなりに滑れるようになるまでみっちり叩き込まれそうだ。
 それもおそらく今日一日で。

「僕もとりあえず遠慮しておくよ。午後はじっくり滑ってみたいし」
「ふむ、まぁそれもいいだろう。気が向いたら声を掛けてくれ」
「うん、ありがとう来ヶ谷さん」
「では、一足先に行かせてもらう」

 そういって来ヶ谷さんは優雅に斜面を滑り出して行った。
 教えようというだけあって、その滑りはとても安定してるようだった。
 あっという間に来ヶ谷さんの影が小さく豆粒のようになっていく。

「それじゃあ、僕達も滑ろうか」
「ああ。理樹、競走だ!」

 そういうが早いか、鈴は上を確認すると一気に滑り降りていった!

「ちょ、ちょっと鈴いきなりは卑怯……!」

 あわてて僕も、周りの安全を確認してから鈴を追うように斜面を滑りだした。





BGM:♯ Mission possible〜but difficult task〜
 さて、ここからは少し視点を変えよう。
 山頂付近、一片の曇りもない青空がゲレンデを白く光らせている。
 見下ろせば急こう配な斜面と、デコボコといくつものコブがコースに影を落としている。
 その遙か先には、米粒……とまではいかないが、小さくなって見えるふもとのレストハウス。
 澄み渡った冷たい風を受けながら、俺は横を見やる。

「準備はいいか? 来ヶ谷」
「ああ、恭介氏こそ準備はできたのか?」
「ああ。来ヶ谷に課す罰ゲームは既に決定している」
「それはこちらのセリフだ。なに、そう難しいことをさせるつもりはない」

 互いに不敵に笑いあって、正面を見据える。
 ザザっ、と軽いノイズが聞こえた後、耳につけたイヤホンから声が聞こえる。

『あーあー、テストテスト。聞こえる? 二人とも』
「ああ、感度良好。思ったよりも使えるな」
「こちらも良好だ。そちらこそ声は届いているか? 理樹君」
『大丈夫だよ』

 前に鈴のミッションでも使った携帯無線機が、今回は俺たちにつけられている。
 正直、山頂のここで使えるとは思わなかったが案外通じるものだな。

『それじゃあ、ルールを確認するよ』

 今回のジャッジ役を受け持った理樹が、ルールを読み上げ始める。

『基本はエクストラコースからふもとまでのスピードレース。但し、途中にあるポイントでそれぞれ技を決めること』
『俺と鈴、クー公がいる場所だな』
『井ノ原さんはエクストラコースの中腹、鈴さんが上級者コースで、私が中級者コースにそれぞれいますです』

 真人の姿はここからでも確認できる。
 鈴や能美はさすがに区別はつかないが、走っていればそのうち見えてくるだろう。

『技はそこにいる判定員により受けた方に5ポイントで付けてもらうことになる。だから、ただ難しい技を決めればいいって訳じゃないよ』
「うむ、承知した。要するに、鈴君やクドリャフカ君達の趣味にあった技を選ぶ必要性があるということだな」
『そうなるね。但し、コースには僕たち以外の人も当然滑ってるから、無理な状況で無茶な技をすることは禁止だよ』
「技ができるかどうかのタイミングも重要になるな」

 ただ滑って技を決め合うだけならそう難しくもないが、スピードレースが絡むとそうもいかないな……
 如何にゲレンデの流れを読んでそこを通るかと、何より運が重要になるな。

『そしてゴール。僕と、そして小毬さん、葉留佳さん、西園さんが見てるよ。もしほぼ同着だった場合は僕達4人で判定するから』
「『そして、俺が記録係だ』」

 マイクと、そして横から同時に謙吾の声が聞こえてくる。
 そこにはスキーウェアの上からいつものスタジャンを羽織った謙吾が、ストックにハンディカメラを固定して立っている。

『鈴たち以外にも、そこに映ったトリックをみて僕たち5人もそれぞれどっち凄いかで1ポイントずつつけることになるよ』
「任せておけ。ばっちり二人の雄姿は捕えてやる」
『謙吾も、くれぐれも気を付けてよ。滑りながら録るなんて無茶なんだから』
「分かっている。だから、どうしても無理な時は撮れんから、そこは勘弁してくれ」
「ああ、わかってるさ」
「謙吾少年も気をつけたまえ。私のスピードについて記録をするのは、きっと至難の業だぞ」
「なに、ただ二人の横に並走して滑るだけだ。言うほど無茶じゃないさ」

 涼しい顔をして謙吾が言う。
 本当ならこんなモーグルコースで並走するなんてそうそうできないだろうが、謙吾ならきっとやってのけるだろう。

『最後に。先に到着した方に10ポイント。後はトリックでの勝負になるから』
「オーケー」
「承知した」

 すべての説明が終わり、俺たちはそれぞれゴーグルをつける。
 そして俺はスキーの、来ヶ谷はボードのビンディングをチェックしていく。
 ……ちなみに、俺は今回スキーボードを用意した。
 普通のスキーでは、来ヶ谷がやるスノーボードと違ってバックで滑るということは難しい、というか無理だ。
 だが、スキーボードはそう言ったことが簡単にできる。
 今回の勝負では、そういったのもポイントになる。

「よし、こっちは準備オーケーだ」
「こちらも、いつでもいいぞ」

 お互い、もう相手の姿は見ない。
 ただ相手より早く、綺麗に滑る。
 それだけに意識を集中する。

『それじゃ――』

 理樹の声がイヤホンを通して聞こえる。
 心臓が破裂するんじゃないかというくらいの緊張感と、同時にそれを押し返すかのような高揚感が体の底から湧きあがってくる。
 普段のミッションとはまた違う、完全な真剣勝負がそう感じさせる。
 鼓動と、イヤホンから聞こえる以外の一切の音がかき消える。

『ミッション・スタート!』

 その合図とともに、俺は一気に地面を蹴り斜面に躍り出た!!






BGM:♯死闘は凛然なりて
 理樹君の声が聞こえると同時に、私は斜面を蹴り一気に滑りだす。
 恭介氏のことは、事ここにきてすでに頭から消えている。
 今はただ万全の滑りをするのみだ。
 ほかの事を気にしていては、恭介氏には勝てない……!

 傾斜も強く、こぶの大きさも密度も上級者コースとは比べ物にならない。
 人の少ない上の方でなるべく速度を出したいが、ここは下手に出すと自滅しかねない。
 堅実に、だが素早くコブを乗り越えて下を目指していく。
 眩いばかりの斜面に、いくつもの影ができたそこを、なるべく滞空時間を延ばして進んでいく。
 この斜面ではまともに全てを超えて行っては時間がかかりすぎる。
 幸いにしてコースに人はいない。
 遠慮なく高く跳ぶことができる――!

ザシュッ!!

 雪を蹴散らし、高く舞う。
 束の間の浮遊感と疾走感が、より気分を高揚させる。
 コンディションは上々。いや、今日一番といってもいいかもしれない。
 そろそろ真人少年がいる地点か……ふむ、今の気分なら一つ大技を決めるのもいいかもしれない。
 なにより、そのほうが少年の好みにも叶うだろう。
 ふふ、恭介氏。
 スキーボードでは出来ないダイナミックな見た目はこちらのほうが有利なのだよ……!

 コースを確認する。
 こぶの間をギリギリ縫うように、その先に一つのリップ(ジャンプするための傾斜)が待ち構えている。
 しっかりとそのコースを辿るように滑り、加速を一気に付けていく。
 重要なのは加速と、覚悟だ。
 どちらかでも中途半端では跳べない。
 既に覚悟は決めている。
 フェイキー(後ろ向きで)でリップへと侵入していく。
 姿勢を低く保ち、速度と力を溜めこんでいく。
 視界の先がリップで遮られ、コースが見えなくなる。
 だが、先に続くコースは既に頭に叩き込んである。
 しっかり跳んで、目標としたポイントに着地できるイメージを思い浮かべる。

 体に感じる傾斜が変わる。
 リップだ。
 ギリギリまで我慢し、一気にため込んでいたものを開放する!
 腕を振りぬくと同時に、勢いよくリップを蹴りあげる!
 視界がぐるりと回転する。
 ジャンプと同時に腕の回転を利用して540度一気に回る。
 視線はすでに着地地点へ。
 ドシンッ! とくる衝撃を上手く受け流し、真人少年の前を勢いよく駆け下りていく!

「すっげぇ……」

 既に遠くになった真人少年の感嘆の声を聞き届け満足し、私はさらに先へと進んでいく。






 やるな、来ヶ谷。
 やっぱりジャンプじゃ勝てねーか。
 一応俺もコザックを決めたが、見た目の印象じゃ完璧に来ヶ谷には負けている。
 恐らく真人は来ヶ谷に票を入れるだろう。
 やはり俺は、スピードで勝負するしかないな。

 若干傾斜は緩やかになったが、それでもキツイモーグルコースを一気に駆け下りていく。
 ここあたりから、少しずつ他のプレイヤーも増えてくる。
 しっかりとコース取りを決めて一気に下らないといけない。
 他プレーヤーからしっかりと距離を取りながら、速度をなるべく殺さずに一気に滑りぬけていく。
 ……次のチェックポイントは鈴か。
 兄としては、ここを落とすわけにはいかないな。
 何より、先にゴールしたとしても全てのポイントを来ヶ谷に持っていかれたら逆転負けする可能性もある。
 確実にポイントを抑えるには、ここしかないだろう。

 さて、鈴からポイントを取るためにはどんなトリックがいいか。
 恐らくただ飛んだり回転しただけではポイントは取れないだろう。
 意外性のあるヤツでなければ鈴は俺に票を入れようとはしてくれないはずだ。
 サブクロ……いや、ただの回転飛びだけじゃやっぱり駄目か。
 となると、何かを合わせれば……

「よし」

 少し冒険になるが、これしかないだろう。
 鈴がいるポイントまではもう少ししかない。
 コースの見極めは……よしっ! 鈴のすぐ近くで見せつけられる!

 速度はこれ以上上げると危険だ。
 人が増えてきた中を広い場所を求めて突き進んでいく。
 頬を切る風が冷たくて心地いい。
 身を切り裂かんばかりの冷気は、かえって俺の精神を集中させていく。
 鈴の手前15メートル。
 俺は踵を揚げ、つま先立ちの状態でそのまま滑っていく。

「んにゃ!?」

 そのまま、そこでジャンプ!
 先ほどの来ヶ谷のように空中でくるりと一回転して着地する。
 だが、普通に着地したんじゃ面白みがない。
 しっかりとスキーボードが斜面についた瞬間、再びつま先のみで体を支え、そのまま横滑りに(・・・・・・・・)鈴の目の前を通り抜けていく。

「なにぃ!?」
「ふっ」

 すれ違いざま、鈴に向かって指鉄砲で撃ちぬいていく振りをして、そのまま去っていく。
 さて、どれだけ鈴に印象を残せたことか……








(ぬぅ、やるな恭介氏。……やはりスピードだけじゃ勝てないと踏んだか)

 今、恭介氏がやって見せた技。どれも恐ろしくバランス感覚の必要なものだ。
 おそらく鈴君なら気づいてしまっただろう。
 見てるのとやるのとではどれだけ難しさが違うのか。

「だが、だからこそ燃えるというものだよ」

 そう呟きながら、恭介氏の後を追う。
 今の鈴君のポイントは、私は上手いコース取りができずただエアーを決めただけだ。
 対して、真人少年の方はどうだろう。
 恭介氏のトリックを見ていないので何とも言えないが、恐らくは私の方に軍配が傾いているはずだ。
 だからこそ、恭介氏はもっとも点を取りやすい鈴君で勝負を仕掛けてきた。
 鈴君がどれだけ普段照れていてぞんざいな言葉を掛けていたとしても、あの二人はやはり兄妹だ。
 何をすればもっとも心が動くか分かり合っているだろう。
 鈴君のポイントは落としたといっても過言じゃない。
 だが。

「はたしてそんなに速度を出していて次のチェックポイントを上手く通れるかな」

 上級者コースを抜け、次第に人が増えだしている。
 時間も午後を回って、ゲレンデの客入りは恐らく今がピークだ。
 混み合っている、というほどではないが、そうそう自由なスペースが確保しづらくなっている。
 スピードも出せなければ、トリックも仕掛けにくい。

 次が最後のチェックポイントだ。
 上級者コースを抜けて、もう残りは中級者コースと初心者コースのみ。
 こぶなどすでにないが、逆に頂上付近からずっと滑り続けているから体力がなくなってきている。
 私は無論だが、例え恭介氏とは言えずっとあのスピードを維持しているのは体力以上に精神力が減っているはずだ。
 そしてそれは、体力の消費も激しくさせていく。

「仕掛けるには……やはり縦回転(フィリップ)か」

 クドリャフカ君も見た目が派手な方がやはりわかりやすいだろう。
 リワインドも捨てがたいが、やはりここは縦に回ってあげるか。
 幸い、ちょうど小高い丘状(キッカー)になっている場所が見える。
 クドリャフカ君の位置からも近い。
 あそこを使うとしよう。

 最後のトリックのために加速をかける。
 今回も飛距離が必要だ。
 特に、わかりやすさのためには絶妙な飛距離で飛ぶ必要がある。
 人の流れを読んで一気にクドリャフカ君の方へと突っ込んでいく。

「わ、わふー!?」

 突っ込んでくる恐怖からか、クドリャフカ君が声を上げる。
 その声をバックに、私は小高い丘(キッカー)を勢いよく蹴りあげ、バク宙でクドリャフカ君の上を飛び越えていく。
 天頂に来た位置で、クドリャフカ君と目があい、ウィンクを送る。
 そのまま着地し、一気にラストスパートを掛ける。

「わふー! ピンッと伸びてくーるなのですー!」

 果たして、恭介氏は今どこに……んっ!?







「なっ!」

 来ヶ谷のやつ、最後でなんて大技仕掛けてきやがるんだ。
 バックフィリップ(ばくちゅう)なんてする体力がまだ残ってたのか!?

「くそっ!」

 対して俺の方は、人ごみを抜けられずトリックを決めることはできなかった……
 これでトリックに関しては2−1。
 先にゴールに辿り着かなければ、問答無用で負けてしまう……!

 一気に加速させる。
 スピードだけならこちらのほうが上だ。
 人ごみを抜けるのに少しミスったが、まだ追い抜ける!






 く、やはりスピードでは勝てないか。
 逃げ切れるか……!?






 来ヶ谷の背を追いかける形で残りの初級者コースを一気に滑り降りていく。
 事ここにきて、もはや技術も何もない。
 ただ最後まで駆け抜けるのみだ。
 追い抜いてみせる!






 ちぃ!
 やはり追いつかれるか……だが、最後まで粘るのみだ……!










「うわわわわ! 二人とも凄いスピードで降りてくるよ!?」
「これは……どちらが勝つかわかりませんね」
「よくあんなスピードで降りてこられますね。私じゃ怖くて絶対ムリですよ」
「というか……よく体力が持つと思うよ」

 エクストラコースからここまで総距離2.5km。
 わざと長めにとったコースはモーグルからカーブまで色々な障害が設置されている。
 体力だけじゃなくて、集中力だってもうとっくに切れてそうなはずなのに。

 二人の距離はやや来ヶ谷さんが優勢。
 でも、後ろから恭介がものすごい勢いで追い上げてきている。
 ……って、あの速度でここまで突っ込まれたら!

「みんな! 急いで脇によけて!!」
「え?」
「いいから、ほらはやく!!」
「う、うんっ!」

 急いでゲレンデからレストハウスのギリギリまで非難する。
 スキー板を履いてなくてよかったと言ったところだろう。
 そこを離れた直後、二人がものすごいエッジの利かせ方でついさっき僕たちがいた所を通り抜けて急停止していく。

♪BGM:かけっこ

「うわぁ……これは危なかったですね」
「ふえぇぇぇ……こ、こここわかったぁ」
「……少し危険すぎますね」
「いや、少しどころじゃないから……」

 明らかに最後のはマナー以前に危険行為過ぎた。
 たまたま下に人がほとんどいなくてよかった。

「はぁっ……はぁっ……」
「くっ……さすがに、少し疲れたな……」

 当の二人はその場で肩で息をしている。
 そりゃ、あれだけ無茶に大技を繰り出してあの速度で降りてきたならつかれない方がおかしい。

「ふむ、どうやら無事に降りてこられたようだな」
「謙吾。どう? 上手くとれた?」
「ああ、おそらくな。一応主要なトリックはすべて収めたつもりだ」

 二人が肩で息をしているところに、謙吾が降りてくる。
 鈴やクドたちもその後ろから続々と滑り降りてくる。

「どっちがかったんだ!?」
「どっちがかったのですか!?」
「やべぇ……さすがに予想がつかねぇぜ」
「とりあえず、一度レストハウスに入ろう。二人も疲れてるしさ」

 今回は順位だけじゃなくて、トリックのポイントも加算して勝敗を決めなければいけない。
 謙吾が録画してきたビデオを見て、僕達5人も点数を決める必要がある。

「うむ……正直、少し休みたい」
「同感だ。流石に……これは疲れた」
「では、飲み物を頼んできます。他の皆さんは席の確保をお願いいたします」
「あ、私も行くよみおちゃん」
「私も手伝うよ。理樹くん、席取りの方よろしくね〜」

 とりあえず、僕達は中に入ることにした。







 数十分後。
 僕達は大まかに謙吾の撮ってきた二人のトリックを見た。
 とりあえず、二人は無駄に上手かった。

「で、理樹。結果はどうなんだ?」
「うむ、一息ついたところで結果を教えてもらえないか?」
「あ、うん。それじゃあ」

 真人や鈴たちは自分のポイントでどちらがより優れていたかと、ほかの二人のポイントで各自1点ずつ。
 下で待ってた僕たちと謙吾は全体を通してどちらに勝敗を上げるか。
 そして、レースの順位。

「まず、レースの勝敗についてだけど」

 二人が息を飲むのが分かる。
 みんなの緊張感も一気に高まっていく。
 うう……この中で成績を発表するのは少し緊張する。
 っと、気を取り直してっと……

「1位は恭介!」
「よっしゃあああああああ!!」
「ふむ、やはり負けていたか……」

 盛大に喜びを表す恭介に、ある程度予測していたのか来ヶ谷さんは落ち着いた様子で対応している。

「ここを押さえられないのはやはり痛いな……」
「なに、来ヶ谷があと少しでも早かったら正直ヤバかったぜ。ボードでここまで追い付かれるとは思っていなかった」
「それでも勝てなければ意味がないだろう。して、理樹君。次のトリックのポイントはどうだったんだい?」
「そうだね。まずは3人のポイントの所だけど」
「俺は来ヶ谷だな。あんなに回れるとは思わなかったぜ」
「あたしはきょーすけだ。悔しいけど、あんな滑り方をみせられたらそうせざるを得なかった」
「私は来ヶ谷さんですー。まさか空中でバク宙をされるとは思いませんでしたっ」
「能美さん……空中でバク転をするから、バク宙というんですよ」
「わふっ!? そ、そーいえばそうでしたっ!?」

 何やらショートコントが繰り広げられてる……

「ふむ、つまり私が10点、恭介氏が5点か」

 得意げに言う来ヶ谷さんの言うとおりだった。
 その横で、恭介は悔しそうにしている。

「……やはり最初から勝負に出ないとダメだったか」
「恭介氏はラストが痛かったな。上手くコース取りができずトリックができなかったのは正直大きいだろう」
「ああ。まさかあんなに固まってるとは思わなかったぜ……おかげで抜けるのを失敗した」
「それで今のところ、恭介が15点、来ヶ谷さんが10点になるね」
「ふむ。して、最後の個人点はどのようになったのかね?」
「それは今からみんなに一人ずつ言ってもらうよ」

 全員、謙吾が撮ったビデオをみてそれぞれに順位を決めてもらっている。
 まずは僕から発表することにする。

「まず僕。僕は来ヶ谷さんに入れるよ」
「ふむ、賢明な判断だ少年。後でご褒美をあげよう」
「なにぃ!? 買収されたのか理樹っ!?」
「されてないよっ! 来ヶ谷さんも変なこと言わないで! 点数とり下げるよ」
「む……それは困るな」
「だったら変なこと言わないでね。理由だけど、3回ともきちっとトリックを決めたことかな」
「ぬ……」
「あたしも総合でいえばくるがやだ。理由は理樹と一緒だ」
「俺も来ヶ谷だな。なんつーか、やっぱ来ヶ谷のやつは見た目がすごかったな」
「私も来ヶ谷さんにいっぴょーですっ。あのバク宙は素敵すぎますー」
「ふむ、俺は恭介に一票を入れよう。来ヶ谷もすごかったが、2回目の恭介のあれは別格だった」
「私も恭介さんに一票デスネ。スキーって横にも滑れたんですネ」
「ほう、葉留佳君はおねーさんを裏切る気か」
「ひぇっ! そ、そんなことないですヨ?」
「ふ、冗談だ。ちなみに、恭介氏のはスキーではなくスキーボードだ」
「はえ? どーちがうんですか?」

 首をかしげる葉留佳さん。
 あー、確かにはじめてスキーに来たなら区別つきづらいかもしれない。

「それは今日の夜にでも教えよう。さて理樹君、続きを発表してくれ」
「あ、うん。それじゃあ……」
「私はゆいちゃんだよ〜。バク宙すっごいかっこよかったよ〜♪」
「わたしも来ヶ谷さんですね。やはり、3か所全部決めたのが大きいかと……」
「これで全員か……理樹、最終結果を頼む」
「うん。総合成績は――」

 頭の中でもう一度計算をまとめる。
 ……うん。間違いない。
 結果は――

「来ヶ谷さん、10ポイント+6ポイントで16ポイント。
 恭介……10ポイント+5ポイント+2ポイントで、合計17ポイント! よって、今回の優勝は棗恭介!」
「いよっしゃあああああああああああああああああ!!」
「やはり最後に抜かれたのが痛かったか……」

 立ち上がり雄たけびを上げる恭介と、目を閉じ反省点を上げ出す来ヶ谷さん。
 でも、確かに勝負は恭介の勝ちだったけど、僕にはどちらも全く引けを取らなかったと思う。

「でも、二人ともすっごいかっこよかったよ〜♪」
「はいですっ。お二人ともどちらもすごかったですー」
「デスネ。勝敗を決めるのも正直ちょっと野暮ったいですね」
「でも、勝負は勝負ですから。それに勝ち負けがあるからこそ、こういうのは盛り上がるのです」
「だな。西園もたまには言いこと言うじゃねぇか」
「たまに、は余計です」
「だが、確かにその通りだな。恐らくただ滑るだけだったらここまで盛り上がらなかっただろう」
「大丈夫だくるがや。スピードレースじゃなければくるがやが勝ってた」
「ふむ、ならば明日は純粋にテクニック勝負でもするか? 恭介氏」
「ふ、俺はいつでも受けて立つぜ」

 勝負の決着がついて、みんなが楽しそうにレースの事を話しだす。
 競い合っていた二人も、みんなに囲まれてあそこはこうだったとか説明している。

「よぉーし、私もあれくらい滑れるように頑張るよー♪」
「小毬さん、一緒にがんばりましょう!」
「ま、それは明日以降にな。今日はもう遅い、引き揚げるぞ!」

 恭介の一声に、全員がいい返事を返す。
 スキー旅行初日目は、なかなか楽しい一日だった。










あとがき



「ラストめんどくさくなって投げたね、これ……」
「そうね。というわけで、あとがきコーナーです。お相手は私、翠と」
「命でお送りするよー♪」
「さて、今回はちょっと専門用語が多かったのですが――」
「実は、作者も知らない単語ばっかりだったりするんだよねー♪ 調べつつ書いてたら普段の2倍時間がかかったとか」
「合ってるかどうかも分からないけど、とりあえずニュアンスで受け取ってあげてください。一応本人は合ってるつもりなので」
「ではでは、軽く二人が行ったトリックの説明コーナー♪」
「ちなみに、トリックというのは技のことね。ジャンプとか色々種類があるみたいよ」
「まずは、恭介が行ったトリック! まずはコザック。これは簡単だね。ジャンプ台で飛んだあと、両足を広げて両腕を振り下ろすアレ」
「モーグル競技でよく見るものね。きっと想像しやすいと思います」
「で、次に行った大技。表現が陳腐でイマイチ伝わってないかもしれないけど、めんどーくさい技を連続してやってたりするよ実は」
「最初のつま先だけで滑る技術、そしてそこからのジャンプ一回転。
 あれは『ノーズスピン』と『グランド360』、通称『サブクロ』と呼ばれるものです」
「『ノーズスピン』は、つま先立ちみたいな形でその場でスピンすること。実はそこそこ難しい技らしいよ。難易度はBになってたかな?
 一方『サブロク』は難易度A。その場でジャンプして一回転する技だよ」
「難易度Bの『ノーズスピン』にAの『サブロク』を合わせた複合技が、まず行ったトリックになります」
「一見簡単そうに聞こえるかもしれないけど、多分やると恐ろしく難しいよ〜。なんせ、つま先っていっても『スキーボード』のつま先だからね」
「つまり、バランス感覚が非常に問われるトリックになります。更に――」
「恭介はこの後『ペンプグラインド』という超難易度テクニックを使ってるんだよ!」
「これは、先ほどのつま先立ちで『横に滑る』っていうもうどんなバランス感覚なのかとても謎なトリックです。紹介サイトでは難易度Sの最高ランクでした」
「多分実際にはこの連携とか無理かもしれない。けど、作者はわからないから使わせてしまってます!」
「まぁ、スキーボード自体最近知ったくらいだしね」



「次に来ヶ谷さんのトリック。まずは最初の540度回転!」
「これはそのまま『540°(five-forty) 』。キッカーを使って空中横一回転半するトリックです」
「ちなみに今回はフェイキー……後ろ向きから飛ばせてるけど、正面から突入することも可能だよ」
「その場合は着地がフェイキーになります。後ろ向きに飛ばせたのは『だってそっちのが凄そう』らしいです」
「単純だよねー♪ んでんで、次に使ったのが『バックフィリップ』。わかりやすく言えばバク宙」
「これもそのままですけが、実際にボードでやるとスノーボードは足を開いた状態で固定してるので、ちょこっと難しいです」
「それに、回転が足りないと首からどーん! って落ちて首がゴキーって折れちゃうしね♪ だから、回転が重要なの」
「さらに今回は身をかがめず、伸ばしたまま回ってるので更に危険ですね。ホントに死んでしまう可能性があるので実力がない人は無理せずやめておいてくださいね」



「さてさて、というわけで『エクストラコースレーシング』、略して『EXレース』はどうだったかな?」
「次回は夜の宴会のお話か、すっとんで2日目のお話になります」
「正直もう『スキー分からないー! もう書きたくねー!!』って言ってますが短いしあと3、4話もすれば終わるので無理やりにでも書かせておくね♪」
「それでは、誤字脱字が多そうな今回ですが、感想をお待ちしていますね」








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