いま、ここ、わたし

H15.12.22  加茂法話

 

 

そのうち

そのうち

べんかいしながら

日がくれる                  相田みつを

 

 

山のあなたの空遠く、「幸」(さいわい)住むと人のいう

噫(ああ)われ人と尋(と)めゆきて、涙さしぐみかえりきぬ

山のあなたになほ遠く「幸」住むと人のいう

カール・ブッセ  上田 敏訳

 

 

つらい状況にあるときに、無理して希望をもたなくてもいい。ささやかな毎日の習慣を丁寧に実行していく                  (諏訪中央病院管理者・鎌田 實先生 S23生)

 

 

道元禅師

『正法眼蔵』「洗面」「洗浄」「典座教訓」「赴粥飯法」「対大己五夏闍梨法」「辨道法」などの清規(しんぎ)の著述あり。

 

「吾れは老年にして此の職を掌る、乃ち耄及(もうきゅう)の弁道なり。何を以てか他(かれ)に譲るべけんや」

「座尊年、何ぞ坐禅弁道し、古人の話頭を看せざる。煩わしく典座に充てられて、只管に作務し、甚(なん)の好事か有らん」と。座、大笑して云う、「外国の好人、未だ弁道を了得せず、未だ文字を知得せざる在り」と。・・・・・忽然として発慚驚心(ほつざんきょうしん)し・・・・・

 

「如何んぞ行者・人工を使わざる」    

「他は是れ吾れにあらず」

「老人家(ろうにんけ)、如法なり。天日且(か)つ恁(かく)のごとく熱し、如何んぞ恁地(かくのごとく)にする」

「更に何れの時をか待たん」

 

新津市田家

   久昌寺・中野 睦宗