奇跡の生還(羽田式降下法開発の歴史)


あれは忘れもしない2002年4月・・・ええーと、ああ25日だ。
集まったのは横山、池田、羽田、五十嵐の4名。空はなかなかのコンディション。クロカンしか狙わない横山さんが飛ぶ気になっているくらいだからかなり期待できそうな日だった。
しかし五十嵐は午後から用事があったため運転手。飛ぶのは3人だ。

テイクオフには良さそうなリッジがはいり、雲もバンバンできている。これは全員クロカン確実な気配。

五 「言っとくけど、オレは用事があるから回収は行けないんだからね。」
横 「ああ、わかってる。なんとかする。」(ホントだろうな?)

さっそく池田、横山が飛び出し、順調に高度を上げていく。
山の上で1000mくらいは行きそうだ。
後ろを見ると、羽田さんはまだ準備を終えていない。
なにやってるんだい、みんな行っちゃうよ。
よく見ると、なんとあのエアコテックの弁当箱バリオを準備しているではないか。
それ付けない方がいいんじゃないの?
私の記憶が確かならば、今まで羽田さんはエアコテックを付けて上がれたことがない。なぜか知らんが、それ付けるとタコるんでは?

しかし心配は無用だった。あまりに久しぶりの使用で、羽田さんは使い方が分からず、結局あきらめて他のバリオにしたのだ。最初からそうしとけっつーの。
だいぶ時間をロスしたが、エアコテックを外したおかげで羽田さんも高度を上げていく。全員クロカンだ。

他の二人はすでに山を離れている。いったんショップに戻って帰り支度をしていると早々と池田さん、続いて横山さんから連絡が。

横 「回収、なんとかならんかね。」 ・・・ならねーっちゅーとるだろーがー!!

あ、そーだ、樋口さんヒマかなー? 
樋口さんは肩を傷めてしばらく飛びに来ていなかったのだが、連絡してみると回収に向かってくれるという。スンマセン、よろしくお願いします。

結果は明日ゆっくり聞くことにして午後の会議に出席していると、携帯がピロピロピロー。横山さんじゃん、なんだい今ごろ。

横 「羽田さんなんだけどさあ、ひっくり返ったんだって。」 妙に静かな口調で話し出す。

五 「あれまぁ」 やっちまったか。平場も風あったしなー。機体こわしたな。

横 「それがさあ、雲の中でひっくり返ったんだって。」

五 「え?」 雲の中・・・・・ 雲の中?それって空中でタンブルってこと?(脈拍80)

横 「それでまっすぐ落ちたんだって」

五 「え?!」 そ、それって空中破壊ってこと?(脈拍100)

五 「で、エマージェンシー投げたんだろうね?」

横 「ひらかなかったって」

五 「ええっ?!!!!」 ・・・・それじゃあ?!まさかそんな?・・(脈拍150)

  落ち着け、落ち着くんだ。

五 「・・・で・・・羽田さん、どうなったの?」 (脈拍レッドゾーン)

横 「いや、ピンピンしてる。」

五 「えーーーーーーー?????」 (脈拍鬼太鼓)

  どういう事だ、何があったんだ?

横 「雲の中でひっくり返って、裏返しのまんまゆっくり降りたんだって。」

五 「っはぁーーーーーーー???」 意味がわからん。さっぱりわからん。

羽田 「どうもご心配おかけしましたー。」 後ろで声がしてる。みんな笑ってる。

電話でいくら聞いてもさっぱり状況が理解できなかった。その後も脈は上がりっぱなし。しかしとにかく羽田さんは無事だ。ケガひとつないらしい。

後日。
羽田 「!%↑▲/〜#*%£∞〆Д$ωξж♭≪↓▼∬⊥≡!#&〒Xφ◎@∀ですよー。」
翻訳 「高度かせごうと思って雲に入ったんだけど、出られなくなって引き込んだけど水平が判らなくなって、そのうちフワっとなって、バコンとなって、知らないうちにひっくり返って、ゆっくり落ちてたんですよー。」

その様子は言葉では説明できないので、図をみてください。(→羽田式降下法の図)
姿勢を戻しに這い上がろうとすると機体が傾き不安定になるため、動きが取れなかったそうです。本当にこんな体勢で安定するものなのか。やってみろと言われても誰も再現できない。
あの体勢のまま雲の中から無事に降りたとすれば、地面に着くまで4〜5分あったはずです。きっと今までの人生が5000回くらい走馬灯のように巡ったことでしょう。赤湯で冷蔵庫を引きずった事とか、遠野でひょこひょこハネながら走った事とか、コンパに脚をなでられた事とか・・。

しかし身体は全然平気。回収班が到着した時には近くの民家からバケツを借りて機体を洗っていたそうだ。機体の損傷はダイプスティック全部を折り(多分空中)、着地の際にキールを折った程度。と思ったが、修理に出したらクロスバーのジョイント部分も変形していて交換だそうだ。やっぱ そのくらいはイクよなー。

何がいけなかったか?
基本的に雲に入ってはいけない。あの時の雲はかなり大きく発達して連なっており、中は暗いだろうっていうくらいシッカリしていた。あんまり無茶な突っ込みはしないでね。
雲は東西に延びてたんだから北か南へ逃げればいいのに、欲を出して一生懸命東に走っていた。羽田さんだよ。
高度を落とす処理だけど、普通マイナス5くらいまでならフルロックの直進で落とせますが、雲の中で水平が判らなくなると結局不規則な旋回になってしまい、そこから不用意にバーを戻すと今回のように危険な状況になります。姿勢が分からない状況で引いて落とすと決めたら、バーにしがみついてガッチリ固定して戻さないことです。それで感じるGが一定になってくればほぼ安定したスパイラルに移行したものと判断できます。ただしVGを引いたままの状態で引き込んでしまうとサイドスリップも加わりかなりすごい速度が出て機体の運用限界を超える可能性もあります、多分そうです。高度を落とす時はVGは必ずゆるめておかないといけません。今の上級機のスパイラルで実際にどの程度落とせるのか、怖いのであんまりやってませんが、今度やってみたら書きます。とにかく自分の姿勢が分からない状態で怖さに負けてバーを不用意に戻さない事。ヘタに戻すと、もっと恐ろしい状況が待っている可能性が大きいってことです。

なにはともあれ、羽田さんは無事生還しました。ホントによかったです。生きていてくれてありがとう。私はあの電話だけで寿命が3日くらい縮みました。

レポート 五十嵐