タンブル墜落 (本当にあったコワい話 永久保存版)


その日の「チャチャキ」は普段とは一味ちがっていた。
いつも飛ぶ時は妙にハイになる彼だが、この日の彼は「異常に」ハイだった。
今日は春の大会。弥彦のハングシーズン開幕から間もない大会で、多くのメンバーが集まり意気揚揚でムードを盛り上げる。加えてこの年から「チャチャキ」はパイロットに昇格していた。彼がいつにも増してハイになるのも仕方ないところだ。

テイクオフは賑やかだが、西の風が強く山の中はだいぶ荒れ模様。しかし風向きは良いため上空は強いながらも安定しており、先陣を切って飛び出した数名は1100以上まで上がってソアリングしている。だが多くの慎重派パイロット達はテイクオフでしばらく様子を見ていた。

そんな中を、彼はかまわず飛び出す。今日の彼にはこのくらいの荒れなど問題ではない。ハイだ。しかし気持ちはハイだが、高度はあまりハイにならず、荒れた空域をさまよいながらヨタヨタと前進していく。中途半端な高度のまま北の前山の後方へさしかかったその時、ローターをくらった。いちど沈んだあと、いきなりの上昇。そして機体は真上を向いて、一瞬静止した。

その直後の動きは正確には判らない。前転したとも、後転したとも言われている。とにかく機体は空中で破壊した。エマージェンシーを投げるには低すぎる高度だった。破壊した機体は春の陽射しを反射させながらヒラヒラと舞い落ち、山の中に消えていく。メンバーの何人かがその瞬間を目撃した。ほとんどの人が初めて目にする空中破壊、墜落。

「死んだ」と思った。  「あああ、やっちまいやがった・・」  「チャチャキー! 返事しろ、チャチャキー!」

だが!! 数十秒後、情けない声で無線は入った。

「木に引っかかりましたぁ〜。助けてくださいぃ〜。」

ヤツは生きていた!。 身体も大丈夫そうだ。
歓喜に湧き立つテイクオフ。核ミサイルを撃破した司令室のようだ。
「あのバカタレが、なんてゆう飛び方しやがる!」
「しばらく吊るしておけ!」
皆口々に彼を賞賛する。身体が無事なら、こっちのもんだ。ゆっくり回収してやるか。

しかし、誰も分かっていなかった。彼の本当の恐怖の時間は、まだ始まったばかりだったのである。



あのバカタレはとにかく大丈夫そうだし、それなら大会は続行だ。これから飛びたい人も大勢いる。さて誰が回収に行くか相談だ。

「あの、早く来てくださいぃ〜〜」

ええい、これから行くから黙ってろ!
有志が集まり回収に向かう。しばらくすると、

「落ちそうなんで、早く来てくださいぃ〜〜」

なんだ、落ちそうだ? じっとしとけばいいのに、なにやってるんだアイツは。 「今回収に向かったから、じっとしてろ。ヘタに動くなよ。」
またしばらくすると、

「まだですかー!、早く助けてくださーーい。」

おいおい、声がデカくなってきたぞ、ホントに落ちそうなのか? そう言っても山の中だし、そんなに早く着かないよなあ。だいたいどこの尾根なんだよ。道は近くにあるのか?。着くまで一時間くらいかかっちゃうんじゃないの?

「落ちるーー!!、はやく助けろーーー!!!」

なんかスゴい事になってるみたいだ。だいじょぶか? 回収班はまだ到着しないのか?



それから回収班が到着するまで、どのくらいかかっただろうか。現場にたどり着いたメンバーが見た光景は、それは恐ろしいものだった。
高い杉の木に壊れた機体をからませ、彼の身体は地上10メートル以上の空間に浮かんでいた。まだ落ちてはいないし、身体は大丈夫だが、問題はその上だ。
キールは空中で破壊され、彼の身体はキングポストに固定されたスイングラインだけで吊るされていた。
キングポスト先端から出ているランディングワイヤーが杉の枝にからまって宙吊りになっているのだが、そのワイヤーはキングポストにどうやって固定されているかというと、上からプラスチックのキャップを押し込んであるだけだ。
つまり彼の命は、押し込んだキャップの摩擦力だけでつながれていたのである。ゾゾゾーーッ!

「ヘタに動けば命は無い。 動かなくても、いつ落ちるかわからない。」 まさに極限状態の中で、彼は回収班が到着するまで永遠とも思える時間を過ごしたであろう。
回収班も大変だ。ヘタに動かせば落ちるかもしれない。時限爆弾の信管をはずすような作業だ。ただし失敗しても落ちるのはチャチャキだが。

それでも優秀なる回収班の的確な救出作業により、チャチャキは再び大地に降り立つことができた。 ようやく極限の緊張から解き放たれたチャチャキ。
救出された時、彼の髪はすべて白髪になっていたという。(ウソ)
彼の命をつなぎ止めたキングポストは、現在 彼の家の床の間に飾られている。(多分ウソ)
そしてこの事件を最期に、彼は二度と空を飛ぶことは無かった。(大ウソ)

こうしてヤツは還ってきた。おかえり、チャチャキ。機体を失い、計器を失い、メガネを失い、信用を失いながらも、生きている喜びを噛み締めながらショップに帰ってきた彼を待っていたのは、仲間達のあたたかい笑顔だった。 諸先輩の小言の嵐だった。

実際、遭遇したローターは大したものではなかったはずだ。急激に機体を持ち上げられた時、普通なら姿勢を保つために目いっぱいバーを引き込むものだが、あのバカタレは上昇と同時にバーを押し出したらしい。宙返りでもするつもりだったのか。ハイなヤツは何をするか分からない。結果がこの墜落だ。小言を喰らうのも仕方が無いだろう。

しかしチャチャキはくじけない。これだけの大事件をやらかした翌日には、ちがう機体でもう飛んでいる。あちこちのエリアに出没しては問題を引き起こす。ゆけ!チャチャキ。君はいつかきっと大物になるぞ。

(その後、本当に大物(伊集院くらい?)になったチャチャキが目撃されたが、以来連絡がない。チャチャキー、帰って来ーい。)

このレポートは、たぶんノンフィクションです。