初稿にあたり
新潟県の県央地域に位置する三条市。この町は職住が近接した各業種混在の8万都市です。4万規模の人口を持つ都市二つと1万規模の町村が二つ隣接しています。その名は、燕市・加茂市・白根市・栄町・下田村で、県央文化と産業・市場の面でまとまりのある広域圏を形成しています。正式な名称は、新潟県県央地域広域市町村圏。三条市はその最大規模の都市として、大きな貢献をするよう求められています。
しかしながら、日本が国際社会で今ひとつ貢献できていないという漠然とした世論があるのと同様、三条市も県央地域に対しては、はっきりとした貢献をしてこなかったというのが事実ではないかと思います。
反面、市民のレベルでは様々な歴史伝統・生活様式を継承してきました。隣接市町村との文化経済交流、および冠婚葬祭をはじめ、個人的な人間的つながりは深いと思います。それなのに、なぜかあまり支持を得ていないというのが、市民の憤りとなっています。またそういうマイナス感情だけではなく、三条市のすばらしい面を発信することにより、理解していただくという姿勢が必要なのではないかと考え、子供の歴史サイトの中に地域情報をコンテンツとするに至りました。
| 新潟県三条市にある法華宗総本山「本成寺」で恒例の鬼踊りが行われた。私はこの寺から歩いて5分ほどのところに住んでいるのでそのありがたみや、祭りの格式については無頓着である。 しかし、30余年前幼いころに連れて行ってもらったころから変わらぬ様式で現在も続けられている。おそらくもっともっと前からそうなのであろう。 法華宗といえば日蓮が開祖だが、鎌倉の日蓮がどのようにして新潟県に寺を開山したのであろうか。素人考えでは、佐渡に流刑になったことがゆかりの源泉ではないだろうかと思う。 本成寺の朝は早い。私が寝るころには、もう鐘がなる。鐘の音は優しくも心に響く。京都や奈良の寺はさらに古くて厳格なしきたりがあろう。そのようなことを想像できるだけでもよい。これよりすごいのだろうと類推できる環境が歩いて5分のところにあるのを喜ぼう。 鬼踊りは人が着ぐるみの中に入っているに違いない(笑)。実際、演じる人物のご子弟を何人か教えた。お父さん、あるいはお爺さんが踊っているのだと、なかなか教えたがらないが話し始めると子供の口は弾んでゆく。 「おじいちゃんは、お酒を飲んで気合を入れてから、本成寺に向かいます。」「脚の大きさは29センチ」「鬼婆の役です。」などと言って、後日靴を持ってきてくれた女の子もいた。 酒にほろ酔いの鬼たちは、本成寺にとどまらない。三条市内の小学校や保育園に出張もする。小さい子供は本気で泣く。秋田のなまはげを想像させるではないか。 鬼踊りは鬼が優勢だが、舞が終わると、子供たちは一斉に豆をまく。豆はお寺で売っているものだ。成沢豆屋といって、新潟県弥彦神社近くの伝統ある店の豆。他の豆もあるかもしれないが、豆に対するこだわりもあるようだ。 この行事が終わると、子供たちの新年がさらに実感される。もうすぐ春だ。別れの季節でもあり、出会いの季節でもある。受験シーズンとあいまって、気持ちが引き締まる。 本成寺の鬼踊りは何百年も続いてきた三条市の行事の一つである。 |
| 新潟県南蒲原郡下田村。西に福島県、東に越後平野を後背地に持つ広大な面積の村だ。国の天然記念物「カモシカ」が自然のまま生息している。八木鼻(やぎはなは)は三条市から車で30分くらいのところにあり、そこまで行くと下田に来たんだなぁ、と感じる。
さらに国道289号線を福島方面に進むと、最初の水がめ「笠堀ダム(かさぼりだむ)」に到着する。冬は豪雪地帯だ。三条の人もめったに行かない。子供のころよく釣りやサイクリングに出かけたが、ゴールはここだ。五十嵐川の源流を漂わせ始めている。本当はもっともっと上流まで続く川なのだが、山女(やまめ)などの渓流魚を釣るにはここら辺で十分だ。 国道は常に五十嵐川の脇を通っている。だから、眺めは抜群だ。その光景は大谷ダムまで続いている。視覚的には銀色の流れと緑色の木々が分割されることのない一体感を持ち、自然と人間の融合が努力のない形で体感できる。聴覚的には水の音、鳥の鳴き声、木々を揺らす風などが、観光地的でなく、さりとて雑多な感じで嫌になるということもなく繰り返しのリズムを楽しむことができる。 大谷ダムは新しいダムで、まだ数シーズンしか紅葉を見ていない。これが日本かと思わせるほどの絶景である。また、これほどの上流でも豊富な水量を蓄えることができるなんて、五十嵐川の底深さには驚きを禁じえない。なぜなら、新潟県は米どころであり三条市は工業都市であるから、この川の水は人が多くを用いている。渇水という言葉がこれほど似合わない清流も珍しい。 公園とダムの施設があり、グッズを買うことができる。ひと休みしてから、さらに冒険をしてみるのもよい。というのは、国道289号線は、まだ福島まで貫通していないからだ。工事の進捗具合にあわせて、行き止まりまで冒険可能なのである。そこに行けばきっと、待ち望んだ源流が見られるであろう。作り物ではない自然の中で、魚の飛び跳ねる様子を誰よりもあなたに見せてあげたい。 生活感がまったく消えない大自然、五十嵐川源流。塩の道、維新軍に追われて幕府側の兵士が会津に合流しようとした道、八十里越えより。 |