涅槃会にちなんで

平成十七年三月十七日 於加茂法話会

心を佛につなぐ 
道元禅師は八月十五日俗弟子覚念の屋敷で、和歌を読んだ。

また見んと おもひし時の 秋だにも 今宵の月に ねられやはする 
死のあり方を説く 「別本正法眼蔵道心」

またこの生のをはるときは、ふたつのまなこたちまちにくらくなるへし、
そのときを、すてに生のをはりとしりて、はけみて南無帰依仏ととなへたてまつるへし、
生の終わるとき仏をよりどこにせよ

八月二十七日 道元禅師は病床から起きて室内を静かに歩きながら、低音に経文を唱えた。「妙法蓮華経神力品」
若於園中。若於林中。若於樹下。若於僧坊。若白衣舍。若在殿堂。若山谷曠野。是中皆應起塔供養。所以者何。當知是處即是道場。諸佛於此得阿耨多羅三藐三菩提。諸佛於此轉于法輪。諸佛於此而般涅槃。
道元は「妙法蓮華経庵」と書いた。
最後の力で経文を唱えて、この世はすべて修行の場である。

道元禅師一二五三年八月二十八日遺偈を残して入滅した。
五十四年 第一天を照らす。箇のボッ聴(ぼっちょう)を打して大千を触破す。
? 渾身(こんしん)覓(もとむ)る無く、活きながらに黄泉に陷(お)つ
 
「私の人生はひたすら第一天、すなわち佛法を求め照らし続けてきた。この命、この場から飛び上がって、この迷いの大世界をぶち破ろう。ああ。全身求めるものはもう何も無い。この人生で見続けてきた佛法を見続けてあの世に行こう」

病気が重くなった道元禅師は遺偈の句を書いて、筆をなげうってそのまま入滅された。

正月に「隋処隋縁 四十九年 定慧圓明 帰坐黄泉」

正壽寺定明合掌