<愛国心について>


愛国とは、自分の国家を愛する事であると、広辞苑(第五版)には書かれている。
この場合、「愛」の概念とはいかなる意味なのだろうか。

広辞苑(第五版)によると、愛とは以下のように書いてある。

@親兄弟のいつくしみ合う心。広く、人間や生物への思いやり。
A男女間の、相手を慕う情。恋。
Bかわいがること。大切にすること。
Cこのむこと。めでること。

この他にもいろんな意味があるが、割愛させて頂く。割愛。おお、この漢字にも「愛」という字が使われているではないか。
我々が普段使う「割愛」とは、省略するという意味で使っている。
広辞苑(第五版)によれば、「惜しく思うものを思い切って手放したり、省略すること」とある。
ふむふむ、つまり、自分にとっては愛する部分であるが、省略せざるをえないために手放し省略する。
なるほど、こう書けば筋が通る。

話を戻そう。

私は書きたい物を書く。この文章を打っている時点、私は頭がくらくらし、鼻水が止まらず、漸次喉が渇いている。
恐らく風邪を引いたのだが、それでも私は文章を書きたい。
寝込んでいる時間があれば、私はキーボードに向かって文字を打ち込む。

さて、今回は「愛国心について」だが、政治問題を関係無しに考えると、どうして「愛国」なのか疑問に思う方もおられるだろう。
愛国。国を愛する。この場合の「愛」の意味、考えれば考えるほど面白い。

例えば、自然を愛すると書けば、自然をかわいがる事や、大切にする事だと考える。
これは誰だって理解できる。自然とは無機質で感情を持たず、言語を話す事ができないのだから、人間同士は関係無い。
従って、かわいがる、大切にするがモアベターだと私は思う。

そういう意味で、国を愛するとは、「国を大切にする事」という意味になるのだろう。
愛国の成り立ちは詳しくわからないが、かつて板垣退助は「愛国社」と「愛国公党」をつくっている。
板垣は自由民権運動の指導者である。
板垣は、人民の権利や自由の拡大を目標に掲げ、藩閥政治に対抗し、政治へ参加しようと説いた。
彼は、自由民権こそが、愛国だと考えたのだろう。

補足すれば、現在の国会―――すなわち民選議院のシステムをつくったのは板垣である。
彼の尽力によって、人民は政治へ参加する権利を得たのだ。

話がまたずれたので、今度こそ戻す。

愛国心というと、読者の方々は、やはり戦前、戦時中の日本を思い浮かべるだろう。
教育勅語、皇民化教育をはじめとして、当時の日本は徹底的に、国家に対する愛国心教育が実施された。
政府が世論を掌握するに効果的であった一方、愛国心教育は、精神論偏重の弊害を生んだ。
昭和天皇も戦後、明仁親王(平成18年現在の今上天皇)に宛てた手紙でこう書いている。

「太平洋戦争の敗因は、軍部が精神論に重きを置き過ぎ、国力の差を軽視した」と。

私は確かにその通りだと思っている。
軍部は現実を歪曲した。彼らは、現実こそが正しい事を理解していなかった。
精神論も、所詮は論に過ぎないのである。

さて、敗戦後の日本では、日本が戦争を起こすに至ったのは、盲目的な愛国教育によるところが大きいとの認識より、
左派の日本教職員組合(日教組)などは「お国のために」をタブー視した。

例えば、教育現場で公的なものとして日の丸掲揚・君が代斉唱を行うことには強く反対した。
そのため、愛国心教育は一部の学校を除いて実施されてこなかった。

しかし、私は今でも彼らの行動には疑問を感じざるを得ない。
実は、共産主義というのは、祖国に対しては最大の敬意を払わなければならないのである。

日本共産党は、1922年、第三インターナショナル(コミンテルン)の日本支部として非合法に結成された。
第三インターナショナルというのは、世界各国の共産党の国際組織の事で、1919年、レーニンらによってモスクワで創立された。

共産主義は、資本主義の魔の手から、祖国を解放する思想と言って良い。
もともと、私有財産制の否定と共有財産制の実現によって貧富の差をなくそうとする思想である。
その思想は、資本主義の弊害から、祖国を救うための思想である。
従って、祖国を救うことは、すなわち愛国に繋がると思うのだが。
資本主義と共産主義の愛国は、別次元の存在なのだろうか。

私は、共産主義はある意味宗教だと考えている。
かつての大学紛争や、あさま山荘事件、日本赤軍によるハイジャック行為は、イスラム原理主義とほぼ同じである。
日本共産党は、この武力闘争によって、祖国を資本主義の弊害から救おうとした。
ちなみに、この行為を行ってきたのは、殆どが団塊の世代であった。

最近、ニュースで団塊の世代の一斉退職がどうのこうの言っているが、その団塊の世代である。
彼らはロクに勉学をせず、ただひたすら論争と闘争を繰り返してきたが、当時の社会の主導権を握っていた。

団塊の世代は、生まれたのが、食べ物が殆ど無い戦後直後である。

何故「団塊」と呼ばれるかであるが、それは彼らが生まれたその時代は、
人口ピラミッドでみるとまるで塊(かたまり)のように出生数が多いからである。
生まれた当時からサバイバルだった彼らは、闘争心と精神力が並大抵のものではなかった。
故に、強かったのである。今の我々のような若者世代とは比べ物が付かないような過激な運動を行っていた。

わずかな差であるが、朝鮮戦争による特需景気のさなかに生まれ、
高度成長時代の中、ぬくぬくと温室で育った彼らの次男坊世代は、瞬く間に長男あるいは長女の支配下に置かれた。

生まれた当時からサバイバル生活を生きてきた団塊の世代は、国家に対して反乱を起こした。
これが有名な東大紛争だとか全共闘時代であるが、私はそれを国家への反抗期だと思っている。

団塊の世代は左翼思想により、国家に反乱を起こした。
だが、彼らは大学を卒業した後、親にスーツを買ってもらい、身なりを整え、今まで自分達の敵であった大企業に就職する。
当時はその左翼思想の若者が官僚になると言われたのだから(流石に官庁は左翼思想の人間は警戒していた)、凄い話なのである。

一体、彼らの思想はどうなってしまったのか。
共産主義の敵である資本主義の社会で働き、やがて彼らはビジネスにおいても主導権を握った。
これが実際にあった話なのだから、私はすげぇなと思った。

時代がめまぐるしく変遷する時代、彼らの掲げる愛国心は、どうなったのだろうか。

資本主義社会で働きながら、共産主義運動を行う。
共産主義者だからといって、会社内で差別される運動すら起こった。これは仕方の無い話である。
資本主義者にとって、共産主義者は倒すべき敵なのだから。

だが、その団塊の世代も定年期を向かえ、私の父親の世代のような「新人類」が実権を握った。
私の父親は2006年で46歳になるのだが、その世代は団塊の世代の教師、つまり左翼相手に戦っていた。
俗に「ノン・ポリ」という世代が私の父親世代である。
政治問題や学生運動に関心を一切示さず、日産の自動車を駆って峠を駆け抜けたり、ディスコで楽しく遊んでいた。

今の若い世代は殆どが右である。暴走族やこの間沖縄で騒ぎを起こした成人を見てみれば、国旗を掲げているではないか。
いや、彼らの場合は政治を知らず、ただ国旗(この場合は軍艦旗が多い)を掲げていると私は思うが。
この場合、どうなのだろうか。愛国心を否定した教師相手に勉学を受けたのだから、もはやどうでも良くなったのだろう。
このような行為をする若者はごく少数であると考えられるが、彼らにとっての愛国心は、何なのであろうか。

一時期、私は無政府主義者、つまりアナーキストだと考えたこともあった。
しかし、彼らに政治云々を語る頭は恐らく無い。だとすれば何だ。愛国心の欠如による犠牲者なのか?

私は良く原因を求める傾向にある。どうして暴走族や荒れる成人が出現するのだろうかと。
大抵の人は「最近の若者や」だとか「何でこんな連中が現れるんだ」とか言うが、ならばその原因を探って欲しい。

このような若者をこの世に送り込んだのは、てめぇら親だろうがと私は言おう。
こんな若者を作りたくなかったら、作らないように教育しろと言いたい。これは教師も同罪である。

だったら生まれた瞬間から国家主義、民族主義的教育をしろ。
国家に忠誠を誓う者が、あのようなバカげた行為をするだろうか、いやしない。
少なくとも、貴様らが行った武装闘争をするより、国家のために、いかに国家に奉仕できるかを考える事ができる人間の方がマシだ。

日本における共産主義者は、反天皇路線である。
2006年1月15日付けの「読売新聞」は、熱海で行われている党大会で、不破哲三氏の議長退任を決定した。
不破氏は、天皇容認など保守的運動を行ったと書かれていたが、そもそもてめぇらが言っている事は天皇容認である。

共産主義者の思考はどうなっているんだと思うが、奴らは「憲法改悪」を阻止するために活動している。
だが、反天皇を行うのには、どうしても日本国憲法を改憲しなければならない事を、奴らは知らない。
いや、所詮主義者だから、そんな事すらわからないのだろう。これで奴らが改憲運動に走ったら、私は鼻で笑ってやる。


日本国憲法第1条は、こう書かれている。


第1条 <天皇の地位・国民主権>

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。


つまり、この部分を改憲あるいは削除しなければならない限り、奴らの言う「反天皇」は達成できない。
いやはや、随分共産主義者も幼稚になったものである。凄い矛盾だ。尊敬に値するよ。

こんな事を書いているが、私は当然「保守」である。いや、自分で言うが、恐らく私の思考は「右翼」だろう。
主義者からは罵られるかもしれないが、仕方の無い話だ。私の祖先は神主なのだから。

そう、私の祖先は国家神道の神主である。私の家系はそれの分家なので、神職は本家が代々継承している。
故に私の曽祖父は、皇居を警護し、天皇陛下の儀仗兵を仕る、帝国陸軍の近衛師団師団長を務めたのである。

近衛師団の兵士は、全てが国家神道系列の神社出身者で選抜される。
そして、厳しい書類審査を通過した者が、近衛師団に配属されるのだ。
私の友人に、伊勢神宮の禰宜(ねぎ)を祖先とする人がいるのだが、その友人の祖父も、近衛師団の少尉として戦ったと言っていた。

戦後、国家神道は神道指令にって解体されたが、今でも日本には神社がたくさんある。
激しい空襲を受けたのにも拘らず、どうして今日(こんにち)に至るまで神社仏閣が残っているのだろうか。
それは、戦後、進駐軍の連合国兵士が観光をするために、あえて京都や奈良や神社を空爆しなかったのである。

日本は国家神道を推進し、天皇制支配の思想的支柱としたが、民主主義のアメリカにはそれは全く関係無い。
むしろ、アメリカ人は何故か神社仏閣に憧れを持っている。毎年京都に外国人観光局がたくさん来られるが、そのためであろう。

私の父はサンフランシスコをタクシーで移動中、タクシー料金を金閣寺のお守りを運転手に渡す事によって無料にして貰った。
それほど、アメリカ人は神社仏閣が好きらしい。何故だかわからないが。

更に書かせて頂くと、日本人は初詣は未だに神社に行くではないか。
三が日の京都は、国旗が堂々と掲揚されているではないか。
靖国神社がどうした。連合国によって東京裁判で殺された英霊達を祀る神聖なる場所に何故参拝してはならない。
貴様らに干渉される筋合いは全く無いのだ。

何だ、「国を愛する心」というのは。「愛国心」と全く同じではないか。

そして、日章旗に対して敬礼する事が軍国主義か。君が代を歌うことが軍国主義化か。
日章旗と君が代の何処に軍国主義的要素がある。私に理解できるように言ってみせろ。

スポーツの試合前は国旗が掲揚され、国歌を歌うのだぞ。アメリカ人も星条旗が掲揚され、国歌を歌っているではないか。
そんなに祖国が嫌ならば、北朝鮮や中国に行け。貴様らの仲間が待っているぞ。

父親は学生時代、これに似た事を言った。「だったらソ連に行け」と。
それに対し、相手(団塊の世代の人間)はこう言った。「それはいけない事である。私は日本人だからだ」と。

ロクに勉強をせず論争ばかりをやっていたので、団塊の世代の人間は口が達者である。
だが、決して負けを認めようとしない。大抵捨て台詞を吐いて終わらせようとするのだ。



日本共産党に発言する。
国旗に対して不敬を行い、国歌を歌うのが嫌ならば、貴様らの好きな言葉「革命」を即座に実行しろ。
そして資本主義者を倒し、「日本民主主義人民共和国」を建国してみせろ。
国旗も貴様らの大好きな赤い旗にし、偉大なる共産党と、母なる祖国を称える国歌を作れ。

まあ、奴らはおびただしい量の反論を私に言うかもしれないが。