カツランサンバ
「学園祭も無事終わったわね、祐巳」
「ですが、今後は他人にできる用事があります」
「台詞はよく聞くけど、一体どうやっているのが不思議でならないわね」
午後のリリアン女学園。小笠原祥子と福沢祐巳は、はっきり言って暇だった。
山百合会としてやるべき事は全てやった。現在の山百合会にやるべき事はない。
問題は別にあった。学園祭直後に小笠原祥子が発言した事。…すなわち、祐巳の妹についてである。
どうせ多くの読者は松平瞳子もしくは細川可南子が紅薔薇のつぼみになるんだろと言うかもしれない。
恐らく作者は奥の手として新キャラを使うと思われる。だが、その時はその時だ。
「春の陽射しがぁ〜 やる気を奪う〜 今日の日直ぅ〜 グッピー死んでるぞぉ〜」
「祐巳、不快な歌はやめてちょうだい」
「何ですと!? これが不快ですと!? 謝りなさい! 全国1億人のたけしファンに謝りなさい!」
知ってる人には懐かしい歌である。嗚呼、何故島袋光年は売春事件を起こしてしまったのだろうか。
「祐巳。あなたいつから私に命令できるようになって?」
「命令? はんっ、レイニー事件の事は読者の心に深く突き刺さっている事は覚えていますよね、オ・ネ・エ・サ・マ?」
「うっ………」
レイニー事件。
「レイニーブルー」から「パラソルをさして」における、祐巳さんが小笠原祥子に捨てられた事件である。
あの事件で、小笠原祥子の人気が世界大恐慌のように大暴落したのは間違いない。
自分の妹より松平瞳子を選んだのだから。あのドリルをである。あの電動ドリルである。
私はあれで祥子と瞳子が嫌いになった。いや、瞳子は宗教裁判時点で嫌いだったが。
「私を甘く見てると怪我しますよ、小笠原祥子。何せ、泥まみれになった私を目撃している人はいるのですからね……」
「祐巳。…目的は何なの? ……お金かしら? ……それとも、私の命かしら?」
「そんな低俗な物、この福沢祐巳には必要ありません。……私が欲しいのは、………貴女ではないんですよ」
祐巳は冷たく言い放った。椅子から立ち上がり、腕を後ろに組みながら歩き出す。
薔薇の館の窓から外の景色を見る。枯れ果てた黄色い葉が散り、地面にゆらりと落ちる。
まるで自分の心も、落下していく落ち葉のように思えた。
「な、何ですって!?」
「今まで気付いていなかったのですか? ……まあ、所詮貴女に私の心など読めるはずは無いですからね。
……いくら契りをかわしたとて、私の意志までは貴女には支配できない……。いや、最初からできなかった。
何故なら貴女は最初から私になんて、眼中になかったのですから」
祥子の方を振り向き、祐巳は口を開いた。
その一言一言が、ストレートに小笠原祥子に突き刺さる。それは硬式ボールのよう。
もしくは鋭く尖ったナイフが、自分の体に貫通するように。
どくどくと血は流れ、混濁していく意識の中で自分は死んでいく。ああ、刺されたのだなというわずかな感触。
それだけの感触と、目の前で血塗られたナイフを持って笑っている彼女の姿が目に映るようだった。
「そ、それはないわ! そんなこと………嘘よ!」
だが、ここで祐巳の思い通りにはさせないのが祥子である。
確かにレイニー事件における一連の出来事は和解したはずだ。
しかし、それだけで許してくれる人など、通常この世にはいない。
人は何かを失った時に涙する。大切な人が目の前から消えてしまう時、悲しみの感情を表すものだ。
ずぶ濡れとなり、佐藤聖に保護されたあの時―――――小笠原祥子は無言でその場を立ち去った。
妹を裏切った。……下手をしたら、それだけで姉妹を解消されかねない。
あの時、小笠原祥子の胸中は如何なものだったのだろうか。
後に祖母が病死したために切羽詰っていてあのような行動に走ってしまった………いや、それでも彼女の心境を覆す事はできまい。
人間関係というのは作るのは難しく、壊すのは簡単である。
彼女は……祥子は……それを壊してしまったのだ。
「嘘? ……あんな事をやっておきながらよくもぬけぬけとそのような言葉が出てきますねぇ…。
そんな言葉を仰らせるのは、この口ですか?」
祐巳は祥子に近寄る。祥子は恐怖のあまり逃げられなかった。
今の状況、祐巳は蛇であり祥子はそれに怯える蛙である。
蛇というのは蛙を一撃で丸呑みしてしまう。故に蛙の天敵は蛇である。
このように人間における上下関係を端的に表現する事ができるのだが、今回はまさにそれが当てはまる。
かくして、祥子は口を祐巳の両指によって広げられてしまった。
典型的なイジメであった。
「お止めなさいっ!」
祥子はそれを手で振り払った。
飛び退く祐巳。祐巳の目が光ったように祥子は見えた。それは、獲物を何処までも追いかける捕食者の目。
一瞬で敵を仕留める蟷螂。
有効射程範囲内ならの捕獲率は高いチーター。
水中から敵を叩き落す、水中の狙撃手、テッポウウオ。
祐巳の目は、そのいずれかにも当てはまった。
祥子の息が荒い。本気で振り払った。…悪いのはこの手だ。自分は悪くない。
そのように自分の罪を否定する。そして、何もかも否定し続ける。
肯定などできない。ここで負けるはずがない。自分は負けないのだ。
「……あら? いいんですかそんな事をして」
「……………」
あくまでも徹底抗戦の構えである。祥子は下手をすると負けると思っていた。
圧倒的不利なのはこちらである。この場合、祐巳が祥子の妹だからがポイントである。
こうやって不仲となり、祐巳がロザリオを返上するとする。
それは山百合会から一気にリリアン校内に広まり、新聞部がすぐにリリアンかわら版の号外を刷る。
これに関しては黄薔薇革命で既に立証済みである。
重要な情報はすぐに伝わらないのに対し、政治的スキャンダルはすぐに伝わる。
何故なら、情報を知る事ができる人の目の前で行われている事だから。それに情報は操作することができる。
祐巳がロザリオを返上すると、彼女の行動に対して周辺は「何かあったのか?」と不信感を募らせる。
彼女が祥子のスールでなくなった以上、薔薇の館に来る必要などない。
つまり何故祐巳が来なくなったのか。答えは簡単。祐巳は祥子の妹ではないから。
そして祐巳は祥子は松平瞳子を選ぶと思っている。何かと自分達に接近したり難癖をつけてくるあの性悪女の事である。
祥子に目をつけてくるのは当然だろう。ここで祥子が瞳子をスールにすれば、問題は簡単に終わらせる事はできなくなる。
これによって、ますます問題が発展する事となってしまう。
瞳子の行動は得に有名となっている。志摩子と乃梨子における宗教裁判での行動で立証済みである。
例えば、人の物を勝手に略奪したり、机に落書きをしたり。
普通なら軽い冗談で通るかもしれないが、学校における所謂「いじめ」の問題が叫ばれるこの時代である。
この行動を快く思えない人間の方が圧倒的に多いのは確かだ。むしろ最低な奴だと思う。
一年椿組に在籍している人間が、瞳子の行動を目撃していたのならますます疑惑は大きくなるばかりである。
もし、細川可南子がそれを目撃していたら、彼女の瞳子に対する感情が一層険悪になる。
そんな中で、あの事件。
可南子は元来から祐巳に憧れを抱いていた。それは武嶋蔦子が祐巳を撮影した写真に、偶然可南子が写っていた事で証明済みである。
祥子が瞳子を妹にしたら? 当然可南子は瞳子に指弾する。
リリアン内部の世論もそうなるだろう。レイニー事件が表沙汰になっていたら、祥子の人気は本気で大暴落する。
人気大暴落は、当然祥子の妹である瞳子にも降りかかる。人間関係というのはそのようなものなのである。
特に、兄弟姉妹における不仲に対しては神経質な日本人だ。
戦う事があまり好きではない民族性な我々は、戦わずして相手を陥れる事に長ける。つまりは陰口やデマ流布を多用する。
そして世論はむしろ祐巳に同情する。一年内部でも祐巳に憧れる人間は多いと聞く。
民主主義政治ではそれが選挙に影響する。瞳子の人気があまりにも悪かったら、選挙で他候補に敗北するかもしれないのである。
「……あら? どうしたんですかお姉さま。だんまりですか?
ははは、天下の小笠原祥子もこの程度ですか? ……ま、所詮人間なんてこの程度の生き物ですけど」
祥子はもはや耐えられなくなっていた。
祐巳に好き勝手こう言われているが、反論できないのが現実である。
昔から負けず嫌いの性格は、更にそれを増進させる。そして一気に爆発する。そうなったら負けである。
討論というのは、先に感情的になった方が負けだ。そうなりやすいのは左翼思想を持つ人間もしくは共産党員であるのだが。
しかし、祥子とて本気に負けていられないのである。性格が性格だから。
そして、祥子が反論を行おうとした時、それは起こった。
どこからともなく沸き起こるBGM。
威勢の良い音楽。薔薇の館の階段がドタドタと音を立てるのがわかった。
……そして、ビスケット扉を開け、中に入ってきたのはスパンコールをふんだんに使用した、宝塚の衣装のような着物を纏った女性達。
手に持った何かを振りながらそれらは現れた。
そして、……一際目立つその人物は、掃除用具入れから現れた。
『オ〜レ〜 オ〜レ〜 カツランサンバ!
オ〜レ〜 オ〜レ〜 カツランサンバ!!!
嗚呼恋せよ、アミーゴ! 踊ろうよセニョリータ!
眠りさえ忘れて〜 踊り明かそう!
サンバ、ビバ、サンバ! カ・ツ・ラ・ン サ〜〜ン〜〜バ〜〜。
オレ!』
その時、4分割された桂さんの映像や、桂さんの顔面アップその他諸々の映像が流れたのは言うまでもない。
「………あ、あのー、桂……さん?」
祐巳は言った。本気でびびっているようである。
それも間違いない。今ここにいる桂は、スパンコールびかびかで、金ピカの着物に金ピカの足袋を履いているのだから。
「………カツランの、暴れん坊モノマネ♪」
彼女は「カツラン」というらしい。
桂じゃなくて、カツランである。
「あのー3年生を送る会で、祐巳さんがやったとされる、安来節のモノマネを」
すると音楽が流れ出し、どこからともなく取り出した笠を使い、カツランは演技を行う。
文章なのでお見せできないのが残念である。
「……ギター侍になりきって、祥子さまを斬ってみようかと」
金ピカ着物姿のカツランは、背負っていたギターを装着し、演奏し始める。
「私小笠原祥子です。紅薔薇さまをやってます。
リリアン全ての憧れだ。偉大な偉大なお姉さま!
……って、言うじゃな〜い?
でもアンタ……レイニーブルーで、
一部からごっつ嫌われちゃいましたからーっ!
残念!
紅薔薇さまの人気も地に堕ちたわね……斬り!」
祥子の顔が引きつっていた。祐巳は笑わないようにしている。
カツランは周囲を見渡し、「はい!」と言った。
『オ〜レ〜 オ〜レ〜 カツランサンバ!!!
オレ!』
そう歌うと、カツランと腰元ダンサーズはそこから去っていった。
ドタドタと薔薇の館の階段を駆ける音。
「祐巳さんっ! 今さっき金ピカの桂さんが!」
彼女らとすれ違いに入ってきた島津由乃が言った。
「「……もう、好きにして」」
世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし
<あとがきみたいなもの>
何なんだろうか……この話。
月影の謎馬鹿SS第二段。今回はかねてよりやってみたかったネタです。
マツケンサンバ。あれ人気ありますよね。ギター侍の方が人気あると思いますが。
巷で人気あるネタはやはり月影も好きでして。めちゃイケでのギター侍のネタには笑いました。
ポッポ小学校の校歌については、私が高校一年の時に友達が勝手に曲つけたのを再現したものです。
「としこ」のあたりで暴走してました。今となっては懐かしい思い出です。
祐巳さんの声質については、どちらかというと『神無月の巫女』のコロナに近いような気がしてなりません。
暴れん坊モノマネですが、スマスマで香取さんがやってるコントのひとつです。
忠実にマツケンサンバを再現しているのは歌の場面だけですが。…香取さんの顔がアップする場面で毎回爆笑してます。
でも、カツケンサンバよりも「局長!」に笑いましたが(何
新選組の最終回の翌日にやってますからね…。あれは狙ったのか、それともスマスマがたまたま月曜日だからか。
本来なら、由乃さんがギター侍役で、リリアン校内の人を手当たり次第斬っていく内容だったんですけど、
何の因果か、カツランサンバになっていたり。
最後の和歌については、あれは在原業平の有名な歌です。
意味が知りたいという人は、古語辞典で調べてみましょう。
ま、面白ければそれでいいんですけどね。
それでは今回はこの辺で。では。