優しいが故に(歩Side)



最近、自分が自分ではなくなっている気がする。俺の中に俺がもう一人居る、そんな感じだ。
昔からそういう物はあった。しかし、最近のもう一人の自分がおかしくなってきている。
異常なまでの破壊衝動、止まる事を知らないイライラ。
それも兄貴に頼まれた事件を解決した時に多く現れてくる。今日もそれだ…。
夜の帳も落ち、すでに暗く闇という名がそれを支配していた。そんな中を俺は一人歩いていた。
心の中に違和感を受けながら…。また今日も例外なく、その症状は出ていた。
苦しくはないが、今の状態のままでは誰かを傷つけかねない。おそらく今日も俺は…。
そんな暗い気持ちで、家の扉を開けた。周りの家はちょうど団欒の時間。
俺もその時間に帰って来れた事に少し喜びはあったが、恐ろしい気持ちが俺の心の大半を
占めていた。
「ただいま…」
「おかえりなさい」
扉の向こうから小夜子の声が聞こえてきた。少し用事をしていて、手が放せないのだろう。
そんなちょっとした事にでさえ、苛立ちを覚えた。
(何なんだ…。これは…)
吐き気と共に襲ってくるこの焦燥感。家に入るまでより、酷くなっている苛立ち。
そして、一番恐ろしい感情までも大きくなっていた。すでに限界を超えようとしている強烈な
破壊衝動。
(くっ……。落ち着け…)
「歩さん?」
いつの間に玄関に来ていた小夜子が、心配そうに覗き込んでくる小夜子の顔に無性に腹がたって
きた。身体の奥底から聞こえてくる悪魔の笑い。聞きたくないが頭に響いてくる『壊せ…』と
いう単語の渦。
「大丈夫だ…。気にするな」
駄目だ。これ以上ここにいたら…。彼女の前から消える事で、少し苛立ちが収まる。
しかし、その反面、彼女を傷つけたという罪悪感が俺を蝕んでいく…。
「歩さん」
二階にある自分の部屋に行こうと階段を上っていると、後ろから小夜子が引きとめた。
正直、鬱陶しかった。むしろ、俺の前から消えてくれ、とまで願ってしまった。
「何だ?」
刺々しい俺の反応。それに小夜子は耐えられず、
「いえ…すいません。引き止めてしまって…」
「……」
俺は謝られた事が更の心を傷つけた。なら、心配かけ無いようにすれば良いだろう…。
それが出来たら苦労はしない。
この止まる事の知らない感情の渦を止める事が出来るならどれだけ楽だろう…。
更に強くなっていく負の感情。
もっと何かを破壊したいという願望。
黒く濁っていく俺の気持ち、心。
自分の部屋に篭ると、取り合えず机に向かった。特に何をするわけではないが、何もしないより
マシである事は間違い。
適当に本を引っ張り出してくると、それを広げた。文字の羅列が俺の脳に伝わる。
しかし、認識する前にそれは消えていき文字を追っているだけの自分がいた。
(くそ…。収まらない)
階段を降りていき、リビングの扉を開けようとしたとき、そのドアのガラスの向こうに小夜子が
テーブルに座っているのが見えた。エプロンをつけたままで本を読んでいる。
何か飲み物でも飲もうかと思っていたが今、台所に入っていけば間違いなく小夜子と顔を
合わせる事となる。そうなれば恐らく自分がいなくなってしまう。
仕方無いしに戻ると、もう一度本を読もうと努力をしたが、結局は無駄な足掻きでしかなかった。
「仕方ないな」
俺はある覚悟を決めてリビングへ向かった。そこにはまだ本を読んでいる小夜子の姿。彼女の
存在を無視してキッチンへ行こうとした。
「あ、歩さん。御飯は食べますか?」
「…いや、いい」
「そうですか…」
彼女は立ち上がると、俺に背を向けて台所へ入っていった。
何をしにいったかは俺には分からない。その無防備な後ろ姿…。それが俺の引き金になった。
彼女の近づくと肩を掴み、自分の方に向けた。
驚愕の表情。
それに明らかな恐怖を浮かべた顔。
しかし、それらは俺の破壊衝動を促がす物でしかなかった。そのまま、押し倒すと左手だけで
彼女の両手を押さえ込んだ。更なる怯えの表情。しかし、それが俺の理性をある程度戻した。
(何をしているんだ)
少し彼女を押さえていた腕の力が緩んだ。普通なら逃げるだろう。しかし、彼女は逃げる抵抗も
せず、そのままの状態でいた。
「くっ…」
空いている右手で理性を取り戻そうと、髪をかきむしる。大分理性が戻ってきた。彼女の
怯えの表情も大分、無くなってきた。
(やめろ!お前は小夜子を傷つけるつもりか!)
理性が俺に語りかけてくる。右手を頭から離すと、近くにあった壁を力の限り叩いた。
痛みが俺を正気に戻していく。
(やれば良いじゃないか。何をためらっているんだ?)
もう一人の俺が話し掛けてくる。戻りかけていた理性がはがれていく。ここで全てを
剥がされるわけには行かない。しかし…。
(よせ!お前はまた小夜子の悲しむ顔を見たいのか!)
理性がまたこびりついてくる…。彼女の怯える顔がフラッシュバックする。それが理性の
勝利を告げる瞬間だった。
俺は小夜子の上から転がるように退くと、少しでも小夜子から離れるように手足を使って離れて
行った。
俺から離れた小夜子がキッチンの隅に縮こまって明らかに怯えの眼差しを俺に向けてくる。
それが俺の加虐心をそそった、が俺に理性がかろうじで襲い掛かる事を止めた。
このままいれば間違いなく襲い掛かってしまう。
半分逃げるように俺は部屋へ戻った。部屋の鍵をかけ、ドアを背にして崩れ落ちるように
座り込んだ。
まだ俺の心の中で暴れている破壊衝動。
黒く濁っている心の内。
ふつふつと湧いてくるドス黒い欲望。
溢れ留まる事知らない負の欲望をかろうじで理性が押さえ込んでいるが、それもいつ決壊しても
おかしくない状況だ。
“コンコン”
頭の上から音が聞こえてきた。少しだけ落ち着いてきたあの欲望が、再び首をもたげてきた。
「歩…さん…」
怯えた声。苛立ちを俺が襲う。
“コンコン”
再度のノック音。少しだけ残っていたあの理性がとうとう崩れ去った。立ち上がるとドアの
鍵を外してドアを開けた。
「あの……」
何かを言いかけた小夜子の腕を掴むと部屋に引き入れた。その時、足を引っ掛けて押し倒した。
「きゃっ……」
今度は理性が消えているために完全に欲望のままに俺は行動した。
小夜子の両手を頭の上まであげると、左手で両手を押さえつけた。何かを言おうとしていた
その口を自らの唇で塞ぎ、空いている右手は彼女のブラウスのボタンを外しにかかった。
全部外すのではなく、上から三つ。これがちょうど彼女の胸が露になる位置である。
彼女に口から唇を離すと、透明な糸を引いた。
怯えている瞳。
何も言わないその口。
それが無性に腹立たしかった。ブラジャーをつけている彼女の胸を力任せに掴んだ。普段、
そんな事をしない俺の行為に耐えられるはずも無く、
「い、痛い…!」
そう言いながらも数回、それを繰り返していると身体は正直に反応を示した。奥に固いしこりを
感じ、そして何より小夜子が感じ始めていた。時々漏れる甘い声。切なげにあげる声が俺を誘う。
抵抗はほとんど消え、ただ俺にされるがままになっていた。
俺の行為は更にエスカレートした。昔と変わらないフロントフックのブラを外すと、刺激を
与え続けたつ首はつん、と立っていた。それを優しく噛むのではなく、歯を立てて強く噛んだ。
それと同じく空いた右手をショーツの上から指を二本、人差し指と中指を一気に差し込んだ。
普段より濡れている秘部の中を掻き回すように指の腹で強く壁をこすった。
実際、壁に当たっているのはショーツであり、指とは違ったザラザラとした感が、小夜子を
高みへと導いた。
「あ、ひあん……んぁ…」
何かを我慢するような声。
下唇を噛み、耐えている小夜子の姿に多少なり理性が戻ってきた。しかし、それが恐ろしく俺は
理性を消すためにショーツをずり下ろし、指を今度は直接入れた。
“ぐちゅ、ぐちょ”
とても淫らな水音を立てて指を動かした。ほぼ無音の部屋に響き渡るのは小夜子自身の荒い
呼吸音とこの淫らな水音だけである。恥ずかしさに耐えようと小夜子は顔を赤く染めながら、
首を左右に振った。しかし、ほとんどといって良いほど理性を失っている今の俺にとってこれは
ただ“このまま続けよ”という合図でしかなかった。更に強く激しくこすった。
溢れ出した愛液は彼女のスカートに大きなシミをつくり、声も少しずつであるが漏れ始めた。
「んはぁ…はぁん……いっ…く」
しかし、漏れる声を懸命に押さえようと努力していた。それが腹立たしく小夜子にとって
一番感じる所を親指と人差し指ではさみ、薬指と小指で中をこすり始めた。
すでにぎりぎりまで耐えていた小夜子の性感はそれにより一気に切れた。
「ひあああぁぁぁ!」
腰を上に突き出し、身体が痙攣を起こしていた。体中の力が抜けているので小夜子の両手を
押さえていた左手を離した。そして自分の物を取り出すと小夜子の腰を掴み一気に押し込んだ。
つい先ほどイッた状態で放心状態にあった彼女の身体に再度、性感が訪れた。
焦点の合っていない瞳が大きく見開かれ、軽い絶頂を迎えた。
しかし、俺は気にせずただひたすら突き続けた。絶頂を迎えている状態に再度の快感。
休む事無く訪れるその苦痛にもとれる快楽を受けつづけた。壊したいという意識に
占領されている俺の思考はそんな事を考える事も無かった。
俺の方ももう少しでイケるところまで来た。挿入の速さを変えずにそのまま突き続けた。
それは五秒も持たず、熱いモノを放った。痙攣している彼女からそれを引き抜くと白濁色の
液体が透明な液体と共に溢れ出てきて、小夜子のスカートの上に垂れ落ちた。
少しふらふらしながらも自分の身だしなみを整えた。意識も完全に戻り、小夜子のほうも見た。
薄く開かれた光を失った瞳。失神してはいないだろうが放心状態にいるようである。
だらしなく開いた口の端から涎が垂れていた。そんな小夜子の状態を見て俺は耐えられず
部屋を出て行った。



普段は余り飲む事の無いブランデーを出してくるとグラスに注いだ。水も氷もいれず原液のまま
それを飲んだ。
甘く苦いその味。
のどに焼けつく熱さ。
しかし、それが感じられるだけでいくら飲んでも酔う事は無かった。酔いたいと思っている時に
酔えず、酔いたくない時に酔ってしまう。そんな物である。
俺の心に残っているのは苛立ちというより、小夜子を汚した後悔の念。傷つけてしまった事に
対する自責の念。
「くそっ…」
今更後悔しても仕方が無い。だが…。俺の中の破壊衝動は完全に影をひそめていた。
しかし、これからもこんな事が続けば……俺は……。小夜子を傷つけてばかりいる自分が嫌で
仕方なかった。
グラスに琥珀色の色の液体を注ぎ込んだ。それを煽ろうとした時、リビングのドアが開く音が
聞こえた。
“カチャ”
振り返るとそこには身だしなみを整えた小夜子が立っていた。瞳にはしっかりした光が宿って
おり、さっきの出来事が嘘のようにすら思えた。
無論、俺はそれを直視できるはずも無くグラスに入っている琥珀色の液体に視線を戻した。

フローリングの上を歩く音。そして目の前のグラスを取り上げた。
「飲みすぎはいけませんよ」
「……」
俺は不思議な小夜子の対応に少し胸がつかえた。グラスを少し離れた所に置くと小夜子は俺の
前に座った。
俺は左手で頭を支え、テーブルを見つめた。そんな俺の事は気にせず、小夜子は話し始めた。
「そんなに悩んでいるんですか?」
「……」
「実は今日、お義兄さんと話をしてきました」
「…兄貴と?」
「はい、歩さんの事です」
「……」
「私は今日の事がある事を分かっていました。そしてお義兄さんがこれからの事を教えて
 くれました」
やはり兄貴か…。いつまでも俺は兄貴に勝てないんだな…。俺は小さく溜め息をついた。
小夜子には聞こえていないと思っていたが、
「お義兄さんに勝てない事がそんなに辛いですか?」
「……」
「お義兄さんには奪われる物はもう無いはずです」
「ああ、そうだよ。奪われる物は何もなくなったさ…。だがな、その逆もだ!誰も守れはしない!
 何も得られない!誰も救えないんだよ!!」
俺は立ち上がって自分の心の内を一気に吐き出した。結局は俺に傷つける事しか出来ない。
兄貴は恐らく全ての人を救える。そう願えば出来るだろうが、俺には何も出来ない。誰も
救えない…。
恐らく嫌われたな…。俺はそれでもいいと思った。これ以上、小夜子を傷つけるぐらいなら。
しかし、俺の耳に届いて来たのは想像と違った物だった。
「やっと話してくれましたね」
優しい小夜子の声だった。テーブルを見つめていた視線を小夜子の方に向けると、声と同じく
俺に優しい笑顔を浮かべた小夜子の顔があった。
「ずっと聞きたかったんです。いつも悩んでいるあなたの姿を見ていて、何も出来ない自分が
 悔しくて…。待っていたんですよ。あなたの本心が聞ける時を…」
彼女は立ち上がると俺の横に近づいた。そして、少し背伸びをして俺の頬に優しくKissを
してきた。俺が悩んでいる時や、落ち込んでいる時にさり気なくしてくれる小夜子の慰め方法
だった。
そして小夜子の腕が俺の頭の後ろに回って、優しく俺の頭を胸に抱いた。
“トックン、トックン”
彼女の胸の鼓動が聞こえてくる。俺の髪の毛を彼女の細い指が梳いていた。
そして、心地よく俺の耳に響いてくる彼女の声。
「歩さんは優しすぎるんです。誰もあなたを恨んだりしませんよ。自分のした報いはいつか
 自分に帰ってきます。それが遅いか早いかの違い…。あなたはそれを早くしただけの事です。
 あなたが悩む事は無いんです。あなたが苦しむ事が無いんです」
何かが崩れていくような感覚。だが、それは不安な物ではなく不要な物が崩れていった。
「でも、歩さんはそれが出来ない。自分で責任を取ろうとする…。私がいるんです。
“あなたの支えとなれる人は私かいない”というその自信を単なる思い上がりにさせないで
下さい」
「…悪い…」
「良いんです。もし本当に悪いと思っているならもっと私に頼ってください」
自分が感じるのは昔に感じること無かった“母性愛”という物だろう。昔から自分の事は
自分でやるしかなかった。そんな俺にとってこれほど暖かい物を感じるのは初めてかもしれない。
俺を覆っていた固いからは砕けていった。残ったのは幼い頃の置き忘れてきた涙だけだった。
「うわぁぁぁ」
俺は小夜子にすがりつくと泣き出した。今の残っていた事はただ泣く事だけだった。
俺に残っていた唯一の行為。
今の俺を表現できる唯一、手段。
それが幼い頃に忘れていた“泣く”というものだった。
それを小夜子は何も言わず母のように優しく大らかに受け止めてくれた。安らかで暖かい胸の
中で俺は幼い子供のように泣きじゃくった。



ガンガンする頭。俺が泣き止んだとほぼ同時に酔いが回ってきた。結局、俺はどうなったのか…。
周りを見るとどうやらリビングのソファーで一夜を過ごしたらしい。隣には俺の手を握って
眠っている小夜子の姿。優しく彼女の髪を梳いた。小夜子は俺にとって妻であり、姉であり、
そして母であるのかもしれない。そんな彼女だが、今は俺の妹のようであった。
「…ありがとう。小夜子…」
眠っている小夜子に向かって優しく声をかけた。聞こえてはいないだろうが、言えた事だけで
十分であった。
目覚めるまで手を繋いでいよう…。俺はそう決めてソファーに横になりながら彼女を見つめた。

カーテンの閉まっているリビング。それは昔の俺の心を表しているようだった。
光に照らされていながら自分で遮っている。自分で開けない限り光は入らない。
しかし、俺の今の心は完全に光が入っている。自分で開けることが出来たのだから…。
光の祝福を受け、俺は自分の道を進もうと思う。俺は一人じゃない。
常に傍にいてくれる人がいる…。俺の優しさを受け入れ、認め、慰めてくれる人が……。


感想はこちらにBBS(掲示板)