力の否定
今日はあいつに捕まらず、のんびりとした昼休みを中庭のベンチで雑誌を読みながら過ご
していた周りから見ればかなり浮いているが、俺はそんな事を気にせず読みつづけた。
俺が雑誌を半分ほど読み終えた時、後ろから人が近づいてきていたが雑誌に熱中している
ため、全く気がつかなかった。
「鳴海歩さんですよね?」
いきなり話し掛けられて、危うく雑誌を落としかけたが何とか持ちこたえた。振り返って
声の主を確かめようと見てみると、一瞬、あいつかと思ったが髪の色が同じだけで、髪を
三つ編みにしていなかった。
「あんたは確か……白長谷小夜子だったな。で、何のようだ?」
「はい、実はお礼を言いたくて………。」
お礼?俺は何かお礼されるような事したか?事件を解決したことか……それでもあれは
義姉さんを助けるためだし……。もしかしたら自分が記憶喪失になった原因を教えて
やったことか……。それなら確かにお礼を言われるかもしれないな。
「お礼って記憶喪失になった原因を教えたことか?それなら別にお礼はいらないぞ。」
「いえ、記憶喪失の原因を教えていただいた事もあるんですが、自分の考え方を
変えさせてくれたことにお礼が言いたくて………。」
「“自分の考え方”?」
そういえば事件が発生した翌日の昼休み、
『全部急ごしらえの贋物みたいで……――――だったら』
って、今の人生が壊れても知りたがってたな……。まぁ、知りたいというのは分かるが…
…、自分が自殺するほどの苦痛だったんだろう。そんな過去を教えても何も変わらない
気がしただけなんだが……。
「はい、本当の過去を知りたかったんです。しかし、鳴海さんに
“贋物の人生を守ろうとして自分を犠牲にした人の価値を否定してまで真実に向き合う
理由があんたにはあるのか?”と言われて……考え直してみたんです。贋物の人生かも
しれませんが、懸命に私の人生を守ってくれた人が居るので、やはり、この人生を
大切にしようと思います。」
「まぁ、あんたが決めたことだ。俺がどうこう言うつもりはないが、それでいいんじゃ
ないのか?」
あいつみたいな性格だったら苦労しないんだろうな……と、俺は少し失礼な事を考えた
気がした。
「それにしても鳴海さんってすごいですね。」
「え?何がすごんだ?」
いきなりそんな事を言われ戸惑った。思い当たる節も無いし、そのような行動を取った
覚えも無いし……何のことだ?
「私の家で起きた事件を解決したことですよ。」
「ああ、あれはあいつの情報力のおかげだ。俺の力じゃない。」
兄貴ならあの程度の事件だったら一日で解決できる。恐らく現場を見ただけで、解決
できるだろう。俺は兄貴の力の足元にも及ばないんだよ………。
「でも、その情報を元に解決したのは鳴海さんじゃないんですか?」
「まぁそうだが……ほとんどあいつのおかげだ。」
ほんと、あいつの情報力はすごいな………。一体どうすれば警察の情報まで入手できる
んだ?もしかしたら……ハッキングでもして入手してるのか?まぁ、聞いても
『企業秘密です。』の一点張りだしな。
「鳴海さん……そんな謙遜しなくてもいいですよ。」
「ん?俺は別に謙遜なんかしてないさ。事実だからな……。事件を解決できたのも全て
あいつのおかげさ。俺はそこにある情報を組み合わせて真実を導き出しただけだ。
ほんとにすごいのはあいつの方さ。おれは別に頭は良くないさ……。」
「鳴海さん……それは違うと思いますよ。もし、本当にそう思っているんでしたら、
それは自分の力を否定していることになりますよ。」
彼女のこんな事を言われると思わなかった。力の否定……確かにそうかもしれない。だが、
それが現実だ……。俺は兄貴には敵わない。その事を言っているだけだ。
「……」
「誰かに敵わない、とでも思って居るんですか?」
俺は考えていることを言われて驚いてしまった。
「図星でしたね……。でも、それはただ自分から逃げているだけですよ」
「……あんたに何が分かる……」
「えっ……?」
兄貴に何もかも奪われ……それで敵わないと認めるしかないだろ……。
「全てを奪われて……自分に残った物は逃げることしか残っていない。そんな奴の気持ち
が分かるか?」
「鳴海さん……」
何を焦ってる。彼女の当たっても何も変わらないだろ。そんなことでどうする。
「悪い。忘れてくれ。別のあんたは悪くない」
「………ありがとうございます」
いきなり彼女はお礼を言った。
「……?何でお礼を言ってるんだ?」
「鳴海さんの本心を聞かせてもらえたからです」
彼女は優しく微笑んだ。それはまるで母親が子供に対して向ける全てを包み込むような
温かさを持った笑みだった。その時、俺は変なことを口走った。
「……相談とか乗ってくれるか?」
「え?別に構いませんよ」
“キーンコーンカーンコーン”
その時、ちょうど予鈴が鳴った。彼女は俺に挨拶をするとその場から立ち去った。俺は
そのまま教室には向かわず、屋上に向かった。屋上で横になり、顔に雑誌を乗っけて
眠りに付こうとした。しかし、さっき俺が彼女に向かって口走った事が頭の中を廻って
いた。
(『相談とか乗ってくれるか?』)
俺は何でこんな事を口走ったんだ?確かに彼女の笑顔は母親のようなものを感じたが
それでもあんな事を口走ったとは考えにくい。何か、あいつの中にはあるのかもしれない。
一つだけ言える事があった。おそらく俺は彼女に何かを期待している。それが何なのか
はっきりとはしないが……。やめよう、これ以上考えても同じ事だ。俺はそう思い眠りに
ついた。
「早く起きたほうがいいですよ。」
急に頭の上で声がした。雑誌を顔からどけ、声の主を見た。そこには昼間、俺の心を
かき乱した奴だった。
「何だ?何か用か?」
「いえ、教室に伺っても姿が見えませんでしたから……クラスの方に聞いたらここに
いると」
「それで来たと……」
「はい、お邪魔ですか?」
「ああ、邪魔だな。まぁ、あいつに比べたらはるかにマシだ」
「あいつとは一体、どなたなんですか?」
「新聞部部長」
「彼女ですか……良いじゃないですか。無視されるよりは良いと思いますよ」
彼女は微笑みながら話を続けた。正直言って邪魔ではある。しかし、なぜかあいつが
いると安心するのも事実である。
「一つ聞いて良いか?」
「はい、何ですか?」
「俺より年上だろ?だったら何で俺にそんな丁寧に話すんだ?」
「他人と話すときはいつもこうですよ。それは年上、年下関係はありませんが」
「そうか……俺もあんたに対してこう言う喋り方をしてるがいいのか?」
「はい、構いませんよ。私もそうやって喋って頂くほうが良いですから」
「それで、何のようだ?」
「えっ?」
「えっ、じゃ無くて何でここに来たんだ?」
「鳴海さんに会いに……では駄目ですか?」
おとなしそうな顔をして大胆な発言をしやがる……こいつは以上に積極的な面を
持っていやがる。
「俺に会ったって面白くないだろ?」
「いえ、十分面白いですよ。今、こうやって話をするのも楽しいですから」
彼女がそう言ったとき、屋上の入り口のほうで声がした。
『小夜子ーー!』
「あんたを呼んでるぞ。」
呼ばれた当の本人は……
「えっ?誰がですか?」
と全く聞いちゃいねぇ……。
「そろそろ屋上の扉が開くんじゃないか?」
“バンッ!”
大きな音を立てて屋上の扉が開いた。そこには一人の少女が肩で息をしながら、立って
いた。
「もう、小夜子、何処行ってたのよ。中庭のベンチで約束したじゃない」
「あっ、ごめんなさい」
「全く忘れていたのね。しかも、男にノコノコ付いて行くなんて」
さすがに俺はやばい気がした。俺が彼女をここに連れて来たんじゃなくて、俺が寝て
いたら彼女が勝手にここに来たんだぞ……。完全に誤解されている。
「おい、勝手なこと言うな」
「何?小夜子をここにつれて来た訳じゃないとでも言うの?」
「ああ、そうだ。俺がここで寝てたら勝手にこいつがここに来ただけだ。俺はこいつを
誘ってない。むしろ俺の方が被害者だ」
「ほほう、そんな嘘が通用すると思って?」
こいつ……俺の言う事を信用しやがらねぇ。ったく、何で俺がこんな目に遭わなきゃ
いけないんだ?しかも原因を作った奴はと言うと……
“ニコニコ”
楽しそうに笑ってやがる。
「さぁ、覚悟しなさい。あんたが全部悪いのよ!!」
全く訳のわからないまま俺は襲われそうになった。正直言って理不尽な理由で襲われる
ほど人のいい奴ではないので全て避けた。教われてはいるが、反撃はするつもりは無い。
「おい、あんた。いい加減に笑ってないでこの暴走女を止めろ!」
「えっ?誰の事ですか?」
と、まぁ、のんきに構えてやがる。
「今、俺を襲っている奴だ」
その俺を襲っている奴は……
「避けんじゃないわよー!」や「いい加減に観念しなさい!」などと訳の分からない事を
叫んでいる。
「分かりました」
そう言って今、俺を襲っている奴と、俺の間に割り込んだ。すると襲っていた奴が嘘の
ように静かになった。
「まぁまぁ、藤実さん。落ち着いてください」
「ちょっと、小夜子までこの男をかばうわけ?」
「いえ、彼の言ってる事は本当なんですよ。私がここに来ただけです」
それにのり、俺も
「だから言ってるだろ。少しは信用しろ!」
暴走女はこいつの一言で静かになった。しかし……完全に目がさめたな……。このまま
晩飯の材料でも買って帰るか。
「それじゃあな。俺は帰らせてもらうぞ。誤解も解けたようだしな」
そう言って俺が屋上から出ようとすると後ろから、
「鳴海さん、明日もここにいますか?」
「ああ、大抵はここにいる」
しかし、何であいつはそんな事を聞くんだ?まぁ、そんな事より俺はさっさと晩飯の
材料を買って帰らないとな。俺はまだ気づいていなかった。
彼女が俺に対してどんな感情を抱いているのかを……。
そして俺の中にある彼女に対しての感情も……。