「あの…やめませんか?」
「駄目だ」
「でも…」
月臣学園の一室で二人の生徒が会話をしていた。しかし、この一室があるところは余り
人気もないところに存在しており、二人の会話はとても怪しい雰囲気を醸し出していた。
“シュル…”
「あ、駄目です!」
布切れがこすれる音。そのあとに女子生徒の嫌がる声。
「別に駄目じゃないだろ」
「そ、それは…」
その会話を一人の女子生徒が聞いていた。最後まで聞いているつもりであったが、
何となくこれ以上、聞いている訳にはいかない雰囲気まで達していた。
聞いていた女子生徒は意を決して飛び込んだ。
「何をして…いるん…ですか……?」
そこには衣類が床に散乱しており、争ったように散らばっていた。
衣類という表現は確かに正しい。しかし、その衣類というのが…
「エプロンを試着していたんだが、こいつが嫌がるんでな」
「恥ずかしいじゃないですか、これは…」
大きな熊が刺繍されているエプロンを指してそういった。
「どれを着ても嫌がってるじゃないか」
「だって、どれも似たようなものですから、仕方ないですよ」
「我慢しろ。今日だけなんだ」
「……わかりました」
女子生徒は二人の会話をあきれながら聞いていた。



てんてこ舞いの文化祭



「しかし…いきなり勘違いから始まるとはな……」
「勘違いするような発言をしたからじゃないですか?」
「それはあんただろ」
のんびりと会話をしているのは、この学園、一年の鳴海歩と二年の白長谷小夜子である。
しかし、実際にのんびりとしているのは二人だけである。今日は一年に一回の大行事、
月臣祭で歩のクラスは喫茶店を、小夜子のクラスは花についての展示会をしており、
二人ともたいした仕事が当日にないのである。いや、歩はあるのだが、彼自身もそして
小夜子も料理が出来る人間なので、せっせと焦るようにするのではなく、慣れた手つきで
料理を次々と作っていった。言い忘れていたが、もう一人、歩と組んで料理をする係りが
いたのだが、その人が休んでしまい、小夜子が代わりに入っているのである。
「しかし…自分の料理の腕が時々怖くなるよ」
「そうですか?料理が出来る男性はもてますよ」
「そうか?俺は余りもてないがな」
「自覚のない人には何を言っても無駄ですね」
さりげなく小さい声でつぶやいたので、料理をしている彼には聞こえなかった。
「何か言ったか?」
「何でもありませんよ。それより、注文が溜まっているみたいですよ」
「ああ、分かったよ」
二人はさっきよりやや早く腕を動かし、溜まった注文をどんどんと消化していった。



「ふぅ…終わった。これでのんびり出来る」
「そうですね。少しはのんびりと出来ますね」
二人は午後の部の人間とチェンジして休息タイムとなっていた。
のんびりと人の少ない屋上で歩は小夜子のひざを借りて横になっていた。
空は綺麗に晴れており、絶好の日和で気持ちよく普段、余りやる気のない歩でも少しは
動こうという意識をさせる天気であった。
「どこかいきませんか?」
普段の歩とは違った雰囲気を敏感に感じ取った小夜子はそう提案した。
天気のおかげなのか、それとも普段余りない雰囲気のせいなのか、歩は珍しくその答えに
YESを出した。
しかし、それが災難の始まりとは知らず……。


災難……その1

二人はのんびりと店を見ながら歩いていた。外はどちらかというと食べ物を売っている
店が多く、多くの人が食べ物を持っていたて、楽しく話をしながら歩いていた。
「ここおいしいよねぇ」
「そうそう、でもこっちもイケるわよ」
と人々の話。二人はその情報を元に適当に買いに行った。
そう、あと少しで店というとき……。
“ドンッ”
「あ、すいません」
人が近くでぶつかった。二人はこっちには関係ないと思っていた矢先…。
“ベト”
「……」
「あ、すいません!本当にすいません!」
ぶつかった人がバランスを崩し、食べ物を持っていた人にぶつかった。
そして、食べ物を持っていた、ぶつかられた人は歩の方にバランスを崩して、歩の服に
それが引っ付いた。
「あ、大丈夫ですよ」
普段の口調とは違った口調で歩が返したと思ったが、それは小夜子が言った言葉だった。
そして、それだけを言い残して小夜子に引っ張られるように歩は校舎に消えていった。

「くそ、何でこうなるんだ」
「まぁ、落ち着いてください、歩さん」
出る気になって早々、こういう目にあってはやはり腹が立つだろう。しかし、小夜子も
それが慣れているようで、綺麗にそれを収めた。


災難……その2

気分が落ち着き、校舎から出てきたとたん、いきなり声をかけられた。
「鳴海の弟、いいところにいた!ちょっと来い!」
「あ、ちょっ…何なんだ!」
いきなり現れた香介に強引に連れて行かれてしまった。
もちろん小夜子付である。
「何なんだよ!全く、俺をこんなところに連れてきやがって!!」
「料理を作ってくれ」
「はぁ?何言ってんだ?」
「いや、俺は料理が出来るんだが、俺一人では大変なんでな。少しくらい手伝ってくれ。
 それに、俺は人殺しの片棒を担ぎたくないんでな」
「すでに人を殺してるおまえが何、言ってるんだ」
「大量殺人はしたことねーぜ」
「はぁ?」
「理緒と亮子に料理をさせたら、暗殺業を生業としているなら注文殺到の料理を
完成させちまうんだよ。しかも、見た目は悪くないから食っちまう。
そしてぽっくりと…」
「相当ひどいな」
「酷いってもんじゃねえよ。まさに地獄絵図を見るようなもんだ」
そのとき、歩と小夜子は二人そろって同じ考えをしてしまった。
『こんな間近で地獄絵図を見ることが出来るとは…』
そう、香介の後ろにはその話題の中心であった、理緒と亮子が立っていた。
「「こーすけくん(香介)、私の(あたしの)料理、食べてみる?」」
首が錆びて動きの悪いロボットのようであった。
「……出来ることなら、それだけは避けておきたいんですけど……」
「「それは出来ない相談だね(だよ)」
歩達は完全に傍観者の位置についた。そうじゃないと自分も地獄絵図の中の人に
なりそうで恐ろしかったらしい。
そのあとの光景は本物の地獄絵図より恐ろしく、散々なものであった。
「悪いね、鳴海の弟。二人はのんびりと文化祭を楽しんでくれ」
「あ、ああ、なら、楽しませてもらう」
亮子のその顔は笑っていたが、非常にそれは危険だと本能が訴えるくらいの危険な笑み
だった。小夜子もその笑顔には恐れを覚えたらしく、普段のにこやかな笑みは
やや引きつっていた。

「あれはやばかったな…」
「私もあれは怖かったです」
二人は背筋にいやな汗をかきつつ、その地獄絵図のような場所を後にした。


災難…その3

「俺達ってゆっくりと見て回っているか?」
「多分、ゆっくりと回っていないと思います」
「そうだよな…」
二人は今日のこの忙しい一日を振り返ってそういったコメントしか出来なかった。
当たり前であろう。あの後、小夜子の友人の手伝いや、訳の分からない人に連れられて
全く関係の無い所の番をしてみたりと、忙しい時間を過ごしていたのだ。
「もう、厄介事には首を突っ込みたくないんだがな…」
「突っ込んでいるのでは無くて、おそらく向こうから来ているんだと思います」
「…それだ…一体誰が呼び寄せているんだ?」
「私の予想では歩さんだと思います。普段に無い行動をしていますから…」
「慣れない事はするな…という事か?」
「ストレートに言えばそうなります」
意外とキツイ一言を放っている小夜子であった。もちろん、本人は全く自覚無いのだが…。
そして、とうとう最後、極めつけの厄介事に巻き込まれる会場へと向かった。
俺達はせめて最後ぐらいは文化祭を満喫しようと、この文化祭で一番盛り上がる、
オーケストラ部の演奏が体育館で開かれるので聞こうと思ったのだ。
「オーケストラ部の演奏でも聞きに行きませんか?」
「…俺はここでYESと言って良いのか?」
「私に聞かれても困るんですが…」
「はぁ…人間は諦めが肝心だな…」
「はい、ということで行きましょう」
と、体育館に向かった。客は結構、入っていたがそれでもなかなか良い席に座ることが
出来た。後十分ほどで開演という時…
「ちょっと鳴海、良いか?」
と彼の横に一人の男子生徒がやってきた。
その顔に見覚えが合ったが大して親しい中でも無いが、数回しゃべった記憶はあった。
「ん?何だ?」
「ちょっと舞台袖まで来てくれないか?」
「あ、ああ、分かった。小夜子、少し待っててくれ」
「あ、はい、分かりました」
歩は同級生と共に舞台の袖までやってきた。
そこにはオーケストラ部の部員がほとんど揃っていたが、全員、少し暗い雰囲気を
していた。
「で、一体何の用があって、俺はここに呼ばれたんだ?」
「えー、鳴海さんでしたよね」
「ああ、そうだが?」
「鳴海さんにお願いがあるんです」
おそらく部長か、もしくはある程度、部員の信頼を集めている人間であろう、その人が
彼に話し掛けてきた。
「実は、指揮者の子が休んで変わりの人を呼んだんですけど、その人が来るまで四十分
 ほどかかるんです。それでその人が来るまで、少し前座をやって貰えませんか?」
「オーケストラ部なら、誰か一人が前座をやればいいだろ?」
「そうなんですけど…。実は楽器も今は取り出せない状態なんです。指揮者の子が
 楽器のある倉庫の鍵を持って帰っていて…。予備は部長が持っているんですけど
 見つからないんです。それで…現在ある楽器はピアノとフルートしかないんです」
「なら、そのフルートの子が前座をやれば良いだろ?」
「新人で舞台慣れをしてないんで…」
「なら、中止にしたらどうだ?俺には関係ないしな」
「そこを何とか、お願いします。三十分だけ時間を稼いでくれれば良いんです」
「あのな…あんたらなら分かるだろ?三十分ってどれだけのものか…。しかも楽譜も無い
 状態でどうやってやれというんだ?」
「…天使の指先と言われたあなたの腕を信じているんです」
天使の指先…それはかつてピアノをやっていた時期に付けられた歩をあらわすもう一つの
名前だった。
「生憎だが、俺はもうピアノは弾いてないし、もう天使の指先といわれるほどの腕は
 残っちゃいないさ。それに俺は人前でピアノを弾くのが嫌いでね」
歩は投げやり気味にそういって、舞台脇から出て行こうとした。しかし…
「お願いします、鳴海さん。今はあなたしか頼る人がいないんです」
「あのなぁ…」
相手もなかなかしつこく、食い下がってきた。
確かにそうかもしれない。現在、楽器が無ければ何も出来ない人間ばかりである。
そして、楽器のある歩は力になれる。確かに頼んでくるのも無理はない。
「俺は人に聞かせるほどうまくないさ。それに何度も言うようだが、天使の指先と
 言われたのは昔の話だ。もう、うまく弾けないさ」
「それはやってみないと分かりません」
「無理強いは可哀相ですよ」
「「えっ?」」
振り返ると、いつの間に舞台袖に小夜子が来ていた。
「小夜ちゃん!」
「私が代わりにやりますから…」
「え、でも…小夜ちゃん楽器は…」
「フルートが余っていたら貸して貰えませんか?」
「え、あ、あるけど…本当に良いの?」
「少し音色が小さいので寂しいと思いますが、仕方ありません。三十分ぐらい何とか
 してみます」
小夜子はそういって、オーケストラ部の部員でフルートパートの子からフルートを
借りた。そして、軽く音を出して音を調整していた。
歩はその様子を見つめて、何を思ったのか……
「………これが最初で最後だ。……もう、絶対に弾かないからな」
ため息と共に彼はそう言葉をつむいだ。
「歩さん…」
「ピアノの準備を頼む。それと演奏する曲はこっちで勝手に決めさせてもらう。
 それで良いな?」
「あ、はい!」
歩と交渉していた子は元気に返事をすると、部員にそれぞれ指示を出した。
開演まで残り、五分を切っていた。



「くそ…一体、俺が何をしたって言うんだ…」
「人助けをしたと思えば良いと思いますよ」
「俺はそこまで前向きじゃないんでね」
二人は現在、屋上でのんびりとしていた。まだ、月臣祭は行われているのだが、
もう二人とも厄介事に巻き込まれたくないと思って、こうやって屋上にいるのである。
「……辛かったですか?」
小夜子は自分のひざを枕にして眠っている歩にそう話し掛けた。
「…そうだな…出来ることなら、二度と多くの人前では弾きたくないな」
「慰めてあげましょうか?」
「…別に……このままでいさせてくれ」
「分かりました」
彼は月臣祭の喧騒をBGMに夢の中へと落ちていった。
小夜子はそれを見つめながら、自分の愛しい人の頭をやさしく撫でていた。






次回予告  クリスマス。それは恋人と過ごす美しい聖夜。
      歩も小夜子もこの日を少なからずとも楽しみにしていた。
      しかし、やはりのんびりとすごせるはずが無かった。
      おまけ二人と過ごす聖夜は一体どんなことになるのやら…
      次回、“おまけがあるとクリシミマス”
      「…のんびりと俺は過ごせないのか?」


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