「……」
「……えーっと」
無事、遭難からも助け出されて、救助隊の人たちに無理なら滑らせないように、とお叱りを受けた帰り道。
助かったのはいいけど、帰路はひたすらに空気が重かった。
「ほわっ」
不意に肩が触れて、小毬さんがばたばたっと慌てて離れる。
ちらっと、恭介達が見たけど、そのまま無言でまた歩きはじめる。
……とても居心地が悪かった。
「……はぁ」
こっそりと、ため息をつく。
原因は間違いなくあの山小屋での一騒動だった。
冷静に振り返ると僕らはとんでもなく恥ずかしい事をしてたことになるし、みんなが来たタイミングも悪かった。
一応、説明はしつくしたけどそれでも微妙な空気は払拭できそうもなかった。
小毬さんとも、あれから微妙に距離が掴めなくなってお互い上手く顔を合わせられない。
さっきみたいに不意にどこかで触れたりすると、どちらかが慌てて離れてしまう。
「ついたぜ」
言われて、視線が下を向いていたのに気付いた。
顔をあげると、僕らが借りているペンションがあった。
いつの間にか帰ってきてたらしい。なんか、半日も立ってないのに、久しぶりに見た気がする。
みんながぞろぞろと入っていく。
けど、僕ら二人は入りづらくて、その場に立ち止まってしまう。
……理由は、山小屋での出来事をうっかり真人が電話でみんなに話したことだった。
どんな状況になってるのか、まったく想像ができなかった。
「理樹」
「うわっ!? きょ、恭介」
「何してんだよ、早く入れよ」
「う、うん」
それだけ言って、恭介は中へと入っていく。
ちらっと、横を見ると小毬さんも見ていたらしい。
ほわっ、と声をあげて慌てて視線を外された。
「と、とりあえず入ろっか」
「う、うん……」
どう接していいか分からないまま、帰る恐怖を抱えたまま。
僕らは恐る恐るペンションへと帰ってきた。
リトルバスターズ、スキー旅行に行く! Epilogue
『とりあえず風呂に入ってこい。体冷えたままだろう。あ、男湯の方は洗うためにお湯抜いてるから、悪いが空いてる方に入ってくれ』
そう言われて、僕は今温泉に入りにきていた。
帰ってきたときにみんなの視線は……なんというか無表情だった。
危ないことになったのを怒ってるのか、真人から聞いたことを怒ってるのか……
たぶんどっちもなんだろうけど。
ともかく、何も話しをすることもなく、僕は温泉に来ている。
部屋から持ってきた荷物を籠に入れて、まだ湿ってるウェアや下着をもう一つのかごに入れる。
口から出るのは、飽きることのない溜息。
助かったのは良かったけど、その後に待ってたのはなんとも言えないものだった。
……楽しいはずの旅行に墨をぶちまいてしまった気がして、みんなに申し訳がなかった。
タオルを片手に、浴場へと出る。
なんとなく、誰もいないのにタオルを腰に巻いてしまう。
真人なんかは何の躊躇いもなくそのまま入っていけるのは凄いと思う。
目のやり場に困る、なんてわけじゃないけど何となく凄いなと思うものだった。
軽く身体を流して、お湯につかる。
熱いくらいのお湯が、とても心地よかった。
身体がやっぱり冷えてたんだろう。身体の芯から温まる感覚がこの上なく気持ちいい。
自然と、入るときに声が出てしまっていたし。
「これじゃ、おじさんだよ」
苦笑しながら、しばらく何も考えないで温泉を楽しむ。
……けど、すぐに頭は何かを考え始める。
みんなへの謝罪や、言い訳……いや別にやましい事をしたわけじゃないんだけど。
この後どうするかとか、いろいろ考えたけど、最終的に行きついたのは小毬さんのことだった。
「顔、合わせずらいなぁ……」
ぶくぶくと顔を半分以上お湯に埋めて一番の問題を考える。
言い訳がましいけど、山小屋でのことはお互い同意の上だった。やましいことは全くしていない。
これは胸を張って言える。
けど、恥ずかしい事をしてたのや、最後に転んで押し倒してしまったのもまた事実だ。
なんとなく、悪いのは自分だと思う。
けど、謝ろうにも何をどう謝ればいいんだろう?
恥ずかしいことしてごめんなさい? 不慮とはいえ、押し倒しちゃってごめん?
……なんかどれもしっくりこなかった。
けど、このままぎくしゃくしたままの状態が続くのは嫌だった。
何か根本的に悪いことがあるならともかく、こんな風なことで気まずくなるのは放っておけない。
「けど、どうしようかなぁ……」
ぼんやりと空を見ながら、延々とループする思考を回し続ける。
空は、あの時の吹雪はどこへやら。
綺麗なまでに星空が広がっていた。
山の方だからか、吹雪で空気中の汚れも全部吹き飛んだのか、冷えた空気も相まって空一面に星が輝いている。
月は半月で、月光はあるけどそれほど強くもなかった。
とにかく、見たこともないくらいの星空がそこには広がっていた。
空に、ここまで星があるなんて知らなかった。
前にどこか、屋上で星を見たことがあった気がするけど、その時もこれだけ見えるんだ、なんて思ったけどその比じゃなかった。
純粋に心を打たれ、気づいたらずっと見上げている。
そのまま、何も考えずに空を見上げていた。
からっ、と物音が聞こえたのはそんな時だった。
「え?」

みんなの視線が痛い……
一見、無表情だけどそれがより一層みんなの眼を怖くしてた。
いろいろな感情が混じりすぎていて、もう判別しきれないけど、まとめて言えばみんなが怒ってる。
何を言えばいいのか分からなくて、ただ黙って見られてるのを耐えながらおろおろする。
見かねたのか、ゆいちゃんが助け船を出してくれた。
「とりあえず小毬君、温泉につかってくるといい。身体が冷えたままなのはよくない」
「あ、うん……えっと、それじゃあ」
その助け船に乗って、私は道具をまとめると半ば逃げるように部屋から出て温泉へ向かった。
ダイニングを通った一瞬、すごいおいしそうな匂いがした。
……たぶん、りんちゃんたちが私たちのために作ってくれたんだと思う。
そう思うと、思わず涙が出そうになった。
女湯の前に行くと、清掃中って札がかかってた。
……そういえば、昨日はみんな酔ってたからお風呂を洗うなんてしてなかったっけ。
どうしようかって少し悩んだけど、もう一つお風呂があったのを思い出す。
ちらっと見たら、男湯と混浴の方は札はかかってなかった。
なら、入ってもいいかな、と思って私は真ん中の扉を開けることにする。
湿ってて気持ち悪いウェアや下着を脱いで、籠にまとめる。
もってきた道具はもう一つのかごに入れて、上がった後困らないようにあらかじめ整理しておく。
普段つけてる髪飾りを解いて、お風呂に入るために髪を上げながら、溜息を吐いた。
……みんなに心配かけちゃったな。
吹雪の中、危険を顧みないできょーすけさんたちは助けに来てくれたし、
りんちゃんたちはお腹が空いてるだろう私たちにいっぱい料理を作って待っててくれた。
楽しいはずの旅行を、最後でつまらないものにしちゃった。
本当なら今頃は、みんなで楽しくスキーをして帰ってきて、大晦日の夜を楽しく年越しするはずだったのに……
楽しいはずの大晦日を、私が壊してしまった。
何も考えずにリフトに乗らなければ。
意地張らないで、素直にリフトで降りていれば。
そんなことばっかりがぐるぐると頭の中を回る。
それに……理樹君とも気まずくなっちゃったし……
あれから、理樹君とはまともに顔を合わせられなかった。
恥ずかしいのもあるし、そもそもどんな顔をしてればいいのかも分からなかった。
帰る頃にはだいぶ治ってたみたいだけど、足も捻挫させてしまった。
全部、私のせいだった。
そう思ったら、もう止めらえなかった。
後悔とか悲しさとか、そんなので涙が溢れてくる。
誰も見てないけど、タオルに顔を押しあてて声を殺す。
「……ぅ……っ」
脱衣所にくぐもった声だけが響く。
しばらくそうして、落ち着いたら顔を上げる。
……とりあえず、お湯につかって身体を温めよう。
暖房の効いた脱衣所だったけど、裸でいたらだんだん寒気がこみ上げてきた。
思ったよりも、身体は冷え切ってて体力もなくなってるのかもしれない。
混浴の方はすぐに露天風呂になってるって聞いたから、あてにはできなくてもタオルを巻いて少しでも寒くないようにする。
そうしてドアを開けたら、するはずのない声が向こうから聞こえてきた。
「え?」
「え? ……・ええええええええええ!?」
BGM:お砂糖ふたつ
お互いに背を向け合うようにして、僕らはお湯につかっていた。
……なんでこんなことになってるのかさっぱり分からなかったけど。これだけは断言できる。
恭介と来ヶ谷さんのせいだ。絶対。
何を言えばいいか分からないまま、ただ二人黙って背を向けて温泉につかる。
……き、気まずい。
ただでさえ、普通にしてても気まずいのに、これは。
お湯の出る音と、時折吹く風音だけが温泉をを支配している。
けど、このまま黙ってるわけにもいかない気がする。
なんでこういう手段なのかはあとで聞かなきゃいけないけど、多分二人が気を利かせて話す機会を作ってくれたんだろうし。
……できればもっと穏やかな方法で設けてほしかったけど。
と、とにかく何か話さなきゃ!
「「あ、あのっ」」
うわっ、何かしゃべろうと思ったら理樹君の話しかけにかぶっちゃった!
うぅ、なんでこう間が悪いのかな……でも、何話せばいいか分からなかったから、ちょうどいいかも?
「あ、えっと、理樹君いいよ」
「う、ううん。僕の方は大したことないから。小毬さん先にしゃべっていいよ」
「わ、私は、その……いいから理樹君からでいいよ」
何も話題がなかったから、理樹君に先に喋ってもらおうと思ったんだけど、理樹君もあまり考えてなかったのかもしれない。
しばらく「えっと……」って言った後に、ようやく言葉が出てきた。
「そ、その……身体、大丈夫?」
「うん、私は……理樹君こそ、足、大丈夫?」
「あ、うん。寝て起きたら結構よくなってたよ。温泉に入ってても悪化しないし。もう大丈夫だと思う」
「そっか、よかった……でも、ちゃんと手当てしないとダメだよ? 確かみおちゃんが湿布持ってたと思う」
「あ、そうなんだ。あとで貰おうかな……」
そこでその話題は終わっちゃって、会話が止まる。
普段ならすぐに次の話が浮かぶのに、今日は何も思い浮かばない。
「あ、それで、小毬さんの話は……」
「ほわっ、わ、わたし!? ……え、えっと……」
変に話を途切れさせちゃったから、小毬さんが言おうとしてた話を聞こうと思って聞いてみる。
けど、そのまま詰まって先の言葉は出てこなかった。
もしかして、小毬さんも特にこれってのは考えてなかったのかな……
「あ、そうだ」
その一言で、小毬さんも何を言おうか悩んでたってのが分かった。
小毬さんも、やっぱり上手く距離感掴めてないのかもしれない。
「そういえば、理樹くんは気づいた?」
「えっと……何に?」
「ほら、お風呂来る時に。美味しそうな匂い」
「あ、うん。そういえば……もしかしなくても、鈴たちが作ってくれてたのかな……」
「そうだと思う。きっと、私達が寒くてお腹空いてると思って、いっぱい作ってくれてたのかなって」
「そっか……」
きっと、鈴たちにもたくさん心配を掛けたんだろう。
恭介達が僕たちを助けにきてくれたように、鈴たちも自分に出来る事を頑張ってくれたんだと思う。
そんな風に言うと、うぬぼれに思われるかもしれないけど。
でも僕はそうなんだって信じられた。
僕だってそうするだろうと思うから。
大切な、友達であり、仲間だから。
そのまま、話題が途切れてしまってお互い無言でただお風呂に入っていた。
お湯の温度が低めなのか、外の空気が寒いからなのか。
のぼせることはなかった。
ただ、ゆっくりと、無言の時間が流れていく。
いつもなら、それこそ湯水のようにいくらでも話せるのに、今は何も話のネタが思い浮かばない。
けど。
だんだん、そんなことも気にならなくなってきた。
はじめは勿論、緊張したり、ドギマギしたりして落ち着かなかった。
なにか話の種を探して、頭の中が部屋をひっくり返したみたいにぐっちゃぐちゃになっていた。
けど、それも時間と共に少しずつ落ち着いてきた。
気のせいかもしれないし、気づいてないだけでやっぱり少しのぼせ始めてたのかもしれない。
でも。
なんとなく。なんとなく、だけど。
温泉の場の空気が少しずつ緩やかなものに変わっていく。そんな風に感じた。
あたたかい温泉と、綺麗な星空。
それとは反対に、時折吹く風は冷たくて、火照った顔をを気持ちよく冷やしてくれる。
そんな、一つ一つはなんてことない、小さなものが。
気づけば、何時もどおりに話せるようにしてくれたのかもしれない。
だから、次は自然と話すことができた。
「あ、流れ星」
「え、どこ?」
ぼう、っと空を見上げてたら見えた流れ星をなんとなく呟く。
すると、小毬さんも空を見上げて探し出す。
けど、そのころにはもう消えてるから、探しても見つかるはずはなくて。
「もう消えちゃったよ」
「う〜、残念。私も見たかったなぁ」
「たぶん、また見上げてれば見えるんじゃないかな? だって、凄い星の数だし」
「うん……これだけあれば、きっとまた一回くらい流れるよね」
「きっと流れるよ」
「そっか……ようしっ」
そのまま二人で空を眺めて流れ星が来るのを待つ。
そのことに、ふと既視感がよぎる。
前にもやっぱり、どこかで星を眺めてたことがあった気がする。
もう随分前のことなのか、よく覚えてないけど……。
だれかと二人で、流れ星を見てたことがあるような。
「あっ!」
「え?」
「流れ星っ。理樹君は見えた?」
「え、ほんと? うわぁ、考え事してたら気付かなかった……」
「だめだよ〜。流れ星って早いから、すぐ消えちゃうんだよ
「うん……そういえばね、前もこうやって、流れ星を見てたことがあったんだ」
「え……」
今度は流れ星を見逃さないように空をじっと見ながら、殆ど覚えてないことを何とか思い出してみる。
……ぼんやりとしか思い出せないけど、確かにいつか、どこかで、誰かと一緒に流れ星を見てた気がする。
「あんまり覚えてないんだけどね。前にもこうやって、誰かと一緒に流れ星を見てた気がするんだ」
「……理樹君、覚えてるの?」
「ほんの少しだけね。何時だったのかな……本当にもう少ししか思い出せないんだけど。でも、あの時も僕は何回か見逃しちゃったんだ」
一緒に見てた誰かは、見つけるのが上手かった気がする。
何個かは一緒に見られたんだけど、でも相手の方がたくさん見つけてた気がする。
その時は、どこで見てたんだっけ……
「そっか……ほんの少しでも、覚えてたんだ……」
「小毬さんは、流れ星って見たことある? あ、今見たのは数に入れないでね」
「うん……あるよ。小さい頃に一度。それと、もう一回……すごく、すごくきれいだったなぁ」
どこか、遠い所を見てるような声で、でも懐かしむように、大切なことのように小毬さんはゆっくりそう言った。
「ねぇ、理樹君。少し、寄り掛かってもいいかな? お風呂、少し温くてちょっと寒いから」
一瞬どきんとして振り返りかけて、慌てて自制する。
気が付けば、僕らはかなり近づいていた。話してるうちに、近づいてたのかもしれない。
初めは驚いてどうすればいいか分からなくなったけど、すぐに落ち付けた。
だから、すごく自然に言葉が出せた。
「うん、いいよ」
「ありがと」
そっと、小毬さんが寄りかかったのが背中に伝わってくる。
寄り掛かられる瞬間、首筋に小毬さんの髪があたって、少しくすぐったかった。
「ねぇ、理樹君だったら何をお願いする?」
「流れ星に?」
「うん」
「そうだなぁ……」
……これも、前にどこかで聞かれた気がする。
その時僕は、どう思ったんだけ……?
「難しいね。流れ星ってほんと、一瞬だから三回言い切るのって難しそうだし」
「……うん」
「でも、そういうのなしで考えるなら……」
考えてるようで、頭はほとんど何も考えていない。
だから、ぽっと浮かんだ願い事を呟く。
「みんなが幸せになりますように、かな……」
「うん……そっか。えへへ」
何故か嬉しそうに、小毬さんが笑った。
「あ」
「今の……」
「理樹君も、見えた?」
「うん……すごいね。流星群でもないのに、こんな短い時間に3個も流れるなんて」
「流れ星ってね、実は結構流れてたりするんだよ。こういう、空がよく見えるところでじーっと眺めてると、流星群じゃなくても見れることって結構あるんだ」
「へぇ、そうなんだ」
それでも、3個も流れたのはきっと凄いことなんだと思う。
前にみた流星群は、これよりは多かった気がしたけど、そこまで離れてる数でもなかったと思う。
「……ねぇ、理樹君。今日のこと、だけどさ」
「え……う、うん……」
急に気まずい話題を振られて、どきりとする。
でも、小毬さんの口調は特に責めるようなものでもなくて、自責のような口調でもなかった。
だから、割りと素直に続きを聞くことができた。
「理樹君は気にして、負い目に感じてるかもしれないけど……わ、私は別に、その、嫌じゃ、なかったから」
「……うん」
「だからその、ね。理樹君は、あまり気を使わないで。もちろんそのっ、理樹君がいやだなぁ、って思っちゃうのは、しょうがないけど……」
「ううん、僕はそんな、別に……小毬さんが気にしてなければ、よかったかな」
気になっていたことが少し解消されて、僕はほっとする。
あのことが原因でぎくしゃくし続けるのは嫌だったから。
でも、小毬さんにその件を先に切り出させちゃったのは、少し悪かったかもしれない……
「……気にしてないってわけじゃ、ないんだけど」
「……え?」
「ううんっ、なんでもない」
そういって、小毬さんはまた空を見上げはじめた。
小毬さんの頭が、僕の首あたりに軽くとん、っと寄りかかる。
……なんとなくまた話しづらくなって、僕も空を見上げる。
頭と頭が寄り添いあって、何となく気恥かしかった。
けど、不思議とつらい空気じゃなかった。
無言だけど心地よくて、背中あわせにいる小毬さんの存在がすごく温かかった。
ずっと、こうやって二人で空を見上げていたい、なんてことまで思ってしまう。
静かに、空を見る。
流れ星はもう見えなかったけど、空に散らばる星を見てるだけで、心が和む。
もう、気まずさはどこにもなかった。
「……ねぇ、理樹君」
「なに、小毬さん」
「あのね、わたし――」
静かに、小毬さんの言葉を聞く。
自然と、気持ちが高ぶって続きを待って静かに聞いていた。
BGM:雨のち晴れ-instrumental-
ガラッ
のに。
突然開いた扉に、僕らはそろって声を上げた。
「うわあっ!?」
「ひゃうっ!?」
二人してびっくりして、同時に音のした方を見る。
と同時に、飛びかかってきた誰かに二人まとめて温泉の中に押し倒された!
突然のことにびっくりして、思わずお湯を飲んでしまう。
慌てて顔を出して、咳き込んでると、同じように小毬さんも「けほっ」と水を出していた。
押し倒してきた人の方を振り向いて抗議しようとして、その目に涙を溜めてるのをみた。
「この馬鹿理樹! こまりちゃんもだ! しんぱいかけさせるなっ!」
「鈴……」
「りんちゃん……」
目の端に涙をいっぱいに溜めた、鈴がそこにいた。
抗議の言葉も忘れて、今にも泣きだしそうな鈴を見る。
そして、鈴の頭に手を置いて代わりに謝罪の言葉を口にする。
「ごめんね、鈴。心配掛けて……」
「わたしも……ごめんね、りんちゃん」
小毬さんはぎゅっと鈴を抱きしめて、静かに涙を流す。
鈴も、いつの間にか泣いていた。
「まったくですよ。崖から転落なんて、あれっきりにしてほしかったですヨ」
「本当ですっ。お二人とも、すごく……すごく心配したんですよ」
「葉留佳さん……クド。ごめんね、危ないことしちゃって」
奥から葉留佳さん、クド、そしてみんながぞろぞろと入ってくる。
その手には料理、真人と謙吾はダイニングのテーブルを持ち出して、地面にそれを置く。
「本当です。ですが……無事で戻ってきてよかったです」
「うむ、理樹君がいかなかったら、小毬君は助からなかったかもしれない。それは胸を張っていいだろう」
「ったくよー、理樹は普段はぼーっとしてるくせに、いざとなると勢い良すぎだぜ」
「まったくだ。だが、仲間を助けるその心意気はいい事だ」
「謙吾にはあまり言われたくないよ。古式さんを助けるために屋上から飛び降りたくせに」
「む、それは……」
苦笑しながら言う僕と、バツが悪そうに押し黙る謙吾。
その後ろから、恭介が現れる。
「ほら、二人とも。寒さに空腹で辛かっただろ。鈴たちが用意しててくれたメシだ。思う存分食え」
「鈴、みんな……ありがとう」
「うん……心配掛けてごめんね、みんな」
目頭が熱くなるのを感じながら、みんなにそう言う。
ここに帰ってこれて、本当に良かったと思う。
そして、心配をかけたことを凄く後悔する。
小毬さんはもう、隣で鈴を抱いたまま二人で泣いている。
本当に、大切で、最高の仲間たちだと思う。
「そういえば、みんななんで水着なの?」
ふと疑問に思った事を、恭介に聞く。
あたりまえだけど、温泉に入れば濡れる。だから水着を着てここまで料理を運んできたんだと思うけど。
どうしてそんなものが用意してあるんだろう。
「ん、ああ。昨日来ヶ谷と一緒に買いに行ってな。本当は今日、みんなで一緒に温泉に入ろうと思ってな」
「みんなで風呂に入り、楽しいパーティーをしながら年越しをする。なかなか乙なものだろう?」
「それはまた……だから昨日あんなに荷物が多かったんだ」
「ああ。予算の都合で、安物の水着しかないがな」
確かに、そう凝ったデザインのものはなかった。
けど、全員ちゃんと選ばれたみたいにそれぞれの水着は似合っていた。
「ねえ、ひょっとして僕らのもあるの?」
「ある。けどお前らはダメ」
「えぇ!? どうしてさ」
「罰だ」
答えたのは、小毬さんと一緒に泣いていた鈴だった。
まだ赤い眼をしながらも、すでに普段通りの表情に戻って腕を組んで僕たちを見上げてくる。
「しんぱいさせた罰だ。理樹とこまりちゃんは着るな。タオルのままでいろ」
「えええええ!? そ、それはちょっと恥ずかしいよ……」
「罰だからあたりまえだろう……ふむ、それともあれか。小毬君はあの山小屋スタイルのほうをご希望か」
「ふぇええええ!?」
「ちょ、ちょっと来ヶ谷さん!?」
「おー、真人君が言ってたアレですか。えろいな〜こまりんは」
「うわぁぁぁぁん、わたしそんなことぜんぜん言ってなぁい〜!!」
はっはっは、と笑いながら後ろに回ってくる来ヶ谷さん。
ヤバい、と思った瞬間には僕らは捕まって強引に隣同士でくっつけられる。
「うわっ!?」
「はうっ!」
「いいアングルです。お二人はそのままで……みなさん、二人を中心に並んでください」
気が付けば白い水着姿の西園さんがデジカメを机の上において、なにやら操作をしている。
周りのみんなはぞろぞろと集まって、思い思いにポーズを取っている。
「鈴さん、もう少し神北さんのほうに。恭介さんも直枝さんの方によってください」
「ほわあっ、ちょ、ちょっとりんちゃんっ、そんなに押されると」
「恭介も、それいじょうは」
「うるさいだまれ」
「なに、役得じゃねーか。そのままな、理樹」
「はい、大丈夫です。それでは……」
セルフタイマーを作動させた西園さんが、少し駈け足にこっちへ寄ってきて、僕らの輪に加わる。
ぎゅうぎゅうに押し詰めにされたまま、カメラのランプがせかせかと点灯し始める。
「そろそろだな」
「ええ。3、2、1――」
「そらっ」
「……」
「うわっ!?」「ほわっ!」
西園さんのカウントが終わる寸前、最後のダメ押しといわんばかりに押されて小毬さんと頬がくっついた。
その瞬間フラッシュがたかれ、カシャンとシャッターの下りる音が連続して聞こえた。
「って、連続!?」
「タイミングが合うかどうかわからなかったので、連続撮影にしました……あとで皆さんにデータの配布をお願いします、来ヶ谷さん」
「うむ。ばっちり補正して理樹君と小毬君を裸にしておこう」
「ちょ、止めてよ来ヶ谷さん!」
「ゆいちゃん、それだけはやめてっ!!」
「だから、ゆいちゃんはやめろと……」
どたばたと騒ぎながら、2日目、最後のパーティーが始まる。
鈴達が作ってくれた料理を食べたり、温泉につかりながらみんなで騒ぐのはとても楽しかった。
途中でお酒がまた出てきたり、山小屋の再現をしろと騒ぐ葉留佳さんや来ヶ谷さんといったトラブルもあったけど。
パーティーは楽しく進む。
そして。
遠くから鐘の音が聞こえる。
山彦と合わさって、除夜の鐘は今まで聞いていたのとは、また違った趣で年越しを告げ始める。
「始まったな」
「よっしゃー! みんなでカウントするぞっ!」
時計を持ち出して、恭介が時間を見る。
「じゅうっ!」(恭介)
「きゅー!」(葉留佳)
「ハチ」(来ヶ谷)
「ななぁっ!!」(真人)」
「ろぉーくっ!!」(謙吾)
「ごー、ですっ」(クド)
「よん」(美魚)
「さん」(鈴)
「にっ」(小毬)
「いち」(理樹)
『ゼロッ! あけまして、おめでとうー(ございます)!!』
こうして、僕らの楽しくも騒がしかったスキー旅行は終わりを告げた。
いろいろあったけど、来てよかったと思える楽しい旅行だった。
おまけ
「ふむ、みんなぐっすり寝てるな」
「ああ、昨日あれだけ騒いだんだ。寝るのも仕方ないだろ」
帰りの車、恭介と助手席に乗る来ヶ谷が声をひそめて話す。
後ろに乗った8人は、全員寝息を立てて夢の世界へと旅立っていた。
あのパーティーは明け方まで続き、全員ぼろぼろの状態で帰り支度を整えて車に乗ることになった。
そうして、出発と同時に全員が眠りに落ちた。
寝てないのは運転手の恭介と、それにつきあった来ヶ谷の二人だけだった。
恭介は行きとは違って安全な道を選び、少しゆっくり目に運転して車の振動を少なくしていた。
その視線はやさしく、時折バックミラー越しに全員を見守っている。
「けど、いいのか恭介氏? あの二人を放っておいて?」
「……何がだ?」
「ふむ、恭介氏はてっきり鈴君を押してるとばかり思っていたが、違ったか?」
「さてな。そういう来ヶ谷こそ、いいのか? あれはかなりでかいアドバンテージになっちまったとおもうぜ?」
「さて、それこそなんのことやら」
とぼけあう二人の視線は、一つの席。
肩を寄り添い合うようにして寝ている少年と少女に向けられていた。

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