「待って、小毬さんっ」
「知らないっ」


「……ん?」

 遠くから聞こえてくる声に、恭介は足を止める。

「……理樹か? 一緒にいるのは小毬みたいだが」

 理樹を見つけたと思い、そちらに足を向けるが聞こえてくる言葉の様子が少し様子がおかしい。
 切羽詰った理樹の声はまぁ、あまり珍しくもない。けど怒った……というより怒鳴ってる小毬の声は少しどころかかなり珍しかった。
 怒ることはもちろんあったが、こんな、感情を剥き出しにしたような怒鳴り声を恭介は初めて聞く。

(何かあったか?)

「あれはその、いきなりっていうか……とにかく小毬さんが思ってるようなのとは全然違うんだ」
「知らない知らない知らない! 理樹君の浮気者っ!」
「だから――」


(浮気? 理樹が?)

 ぱっとは想像出来ず、しかも穏やかな話題じゃなかった。自然と理樹たちの方へ向うのを躊躇う。
 立ち聞きはよくない。けど、今出ていけるような雰囲気でもない。かといって立ち去る、という選択肢はなかった。
 趣味は悪いと思いつつも、ここで見逃すのも不安が残る。

 そう思い、恭介はもう少し声がよく聞こえる方へと足を動かした。







すれ違い 2話







 普段はそこまで素早くもない小毬が意外に早く走り、理樹がその手を取ったのは人気も少ない校舎裏だった。
 捕まえられた腕を振り払おうとするが、理樹も必死になって離さない。

「放してっ!」
「放したら、小毬さんまた逃げちゃうでしょ」
「あたりまえだよっ! もう、理樹君の顔なんて見たくないっ。いいから放して!」
「あっ」

 思いっきり小毬に腕を振り払われて、理樹は腕を放してしまった。
 だが、走りつかれた小毬はそのまま立ち去ることもせず、掴まれた所を押さえながら追ってきた理樹を睨みつける。
 普段なら決して見ることの出来ない小毬のキツい目に、短く呻いて理樹はたじろぎ、無意識に視線を外してしまう。
 そのまま暫く、二人はそこで息を整える。

「……どうして、なんであんなことするの」

 掠れたような、僅かに聞き取れるくらい小さい声で小毬がそうこぼす。
 さっきまでの、勢いある怒声ではなく、聞いてるだけで胸を引き裂かれそうな悲しい声。
 その声に理樹の心はきつく締め付けられるが、ようやく話を聞いて貰えると思いすぐに口を開く。

「それは、僕にもいきなりで……避けられなかったっていうか」

 罪悪感がそうさせるのか、理樹の声も自信がなく、小さい声になる。
 けど、声の大きさや調子なんて関係はなかった。
 今の理樹には、とにかく謝るだけしか出来ることはできず。
 小毬はさっき見せられた情景を受け止められず理樹に問い詰めるだけ。

「ちがうよ。どうして、あんな所に、あの人といたの?」

 小毬の声は普段からは想像が出来ないような冷たい声だった。
 一節一節、区切られた声に弾かれたように理樹は鞄から例の手紙を取り出そうとして、鞄をさっきの場所に落したままなのに気付く。
 手紙自体を見せるのはあきらめて、朝、下駄箱に入ってた手紙の事を小毬に話す。

「それは、朝下駄箱に手紙が入ってて……放課後にあそこで待ってますって。
 どうすればいいか少し悩んだんだけど、とりあえず行って話さなきゃと思って」
「……そっかぁ。朝、理樹君が驚いてたのはそれだったんだ」
「うん、それで――」
「うれしかった?」
「え?」

 その言葉で、理樹はようやく小毬の方に視線を向け直した。
 薄く笑った顔が理樹を見ている。それを見た瞬間、背中に氷柱を差し込まれたような感覚を理樹は覚える。

「きれいでかわいい先輩にお手紙もらって、二人で会ってキスされて、うれしかった?」
「ち、違うよ小毬さん! 僕は別にそんなつもりじゃ」
「でも、行ったんだよね? 待ち合わせ場所に」
「ぅ……それは、呼ばれたなら返事はなんにしてもとりあえず行ってあげないと」
「行きたかったからじゃなくて?」
「なっ――!」

 小毬の言い方に、理樹がカチンとくる。
 確かに悪いことをしたとは思うけど、そこまでキツく言われるほどだとは理樹には思えなかった。
 けど、小毬はさらに言葉を続ける。

「本当は嬉しかったんだよね? きれいでかわいくて、スタイル良かったもんね」
「そんな言い方、しなくても……」
「私より魅力的だったもんね」
「小毬さんっ!」

 ついに理樹が声を荒げる。
 そこまで言われる必要はないと思った。どうしてそんなに責められなきゃいけないんだろうと。
 確かに、悪い事をしたとは思うけど、自分からしたくてしたわけでもないのに。

「なんで僕の話聞いてくれないの!? 違うって言ってるじゃん!」
「だったら! どうして手紙貰った時に話してくれなかったの!? 一言くらい話してくれてもいいと思う!」
「それは小毬さんの気分悪くさせたくなかったからだよっ。こんな手紙貰ったら嬉しくないでしょ!?」
「そうだけど、でも言われないほうがもっと嬉しくないよ! だから疑うんだよ!」
「そんなに僕の言うこと信じられない? これだけ説明しても!」
「キスしてるところ見せられたら信じたくても信じられないよっ」
「だから、あれはいきなりされて」
「よけなかった!」
「よけられなかったんだよっ!」
「だったら、会った時にすぐごめんなさいって断ればいいんじゃない? そうすればあんな風にならなかったよっ」
「なんの話もしてないのに、『ごめんなさい、付き合えません』って? 勘違いかもしれないじゃん!」
「ピンクの封筒にハートのシールで封してあったんだよね? だったらラブレター以外ないよね?」
「それでも、話を途中で切って言うのも酷くないかな?」
「その気がないならすぐに断ったほうが相手も気が楽だよ。それとも、やっぱり少しは気があったとか?」
「だからそれは――!」

 売り言葉に買い言葉。一度火がついた二人は歯止めを利かせることなく言いたい事を言いあう。
 もし、この場を鈴やクドがみたら驚いて茫然と立ち尽くすかもしれない。それだけ、今この場の二人はお互いに感情を吐露していた。
 普段は滅多なことではどちらも負の感情は表に出さない二人が言い合う光景は、それだけで迫力があった。
 そしてそれは、影で静観して様子を伺っていた恭介を引きずり出すくらいには緊迫感を伴っていた。

「二人とも、そこまでだ! 一旦落ち着け!」













「で、何があったんだ?」
「何がって……小毬さんが話を聞いてくれなかっただけだよ」

 夜、寮の自室で全員に背を向けてひたすら机に向かう理樹。
 その後ろにはいつものメンバー……から鈴が抜けた男勢。今日は鈴は女子寮の方の集会に顔を出すと恭介が全員に伝えた。
 それが理樹の不機嫌に拍車をかける理由の一つにもなっている。

「それじゃわからないだろう。具体的に何があったのか聞きたいんだが」
「別に、大したことないよ……小毬さんが勘違いして、話を聞いてくれなかった。それだけだよ」

 背も振り向けずに言う理樹に、三人は肩をすくめた。
 取りつく島もない。一度も振り向くこともなく理樹は恭介の質問に答える。
 理樹が怒ることはそう珍しくもないが、ここまで話が通じないのは珍しい。

「いや、だからその勘違いした内容をききたいんだが」
「別に恭介には関係ないでしょ」
「おいおい、あれだけ周りに心配をかけたんだ。少しくらい話してくれたっていいんじゃないか?」
「……いや。今は思い出したくもないから放っておいてよ」
「ふむ、けどな――」
「ああもう……っ! 僕、宿題してるんだからちょっと集中させてよっ」
「……なるほど、わかった。勉強の邪魔をして悪かった」

 そう云われ、恭介はそれ以上食いつくことはせずに素直に引き下がった。
 諦め、二人の方を振り返り再び肩をすくめて見せる。それを受けて真人たちも静かにため息で返す。

「真人も宿題出てるでしょ。早めにやっておかないとまた先生に怒られるよ」
「へっ、大丈夫さ。オレにはり――」
「行っておくけど見せないからね。たまには自分でやらないと意味ないよ」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! なんでだーーー!?」

 悲惨な真人の叫び声を聞きながら、恭介は再びため息をつく。
 これは、意外と時間がかかりそうだ。
 3人の心中はそんな感じだった。

 その間も、理樹は一度も三人の方に振り返ることはなかった。






「んでんで、いったい何があったのさこまりん」

 丸まった布団に、少し心配そうなニュアンスを含めてそう聞く葉留佳。
 その葉留佳以外にも、この部屋のもう一人の住人である佐々美、それからそのライバルであるはずの鈴。
 クドリャフカや美魚、唯湖といった面々が思い思いの場所でその布団を見ていた。
 中に入っているのは、言うまでもなく傷心し、怒鳴りつかれて中に潜り込んでいる神北小毬。

「そうですわよ神北さん。そんな風にひっこんでもう2時間ですわよ? 流石に少しは話してくれてもいいんじゃありませんの?」
「こらささみ! こまりちゃんをいじめるな!」
「べ、別にいじめてるわけじゃありませんわよ! ただ、こうして皆さんに心配を掛けてますのにダンマリというのは」
「まあ、確かにそうだな……小毬君、今話したくないなら別にいい」

 喧嘩しかけた二人をさえぎるように、唯湖がそういう。その口調は、普段の尊大なものとは違って優しさが含まれている。
 唯湖の声に反応したのか、布団の塊がもぞりと動く。

「…………今は放っておいて。思い出したくもないよ」

 わずかに、それだけ聞こえて再び押し黙る。
 ふむ、と思案する唯湖や幾人かのため息が部屋に響く。

「それなら仕方ない。これ以上ここにみんなで集まっていても無駄だろう。今日は大人しくたちさるとしよう」

 それだけ言うと、唯湖はさっさときびすを返して部屋を出ていこうとする。
 あわててクドも立ち上がって、咄嗟に唯湖の袖をつかんだ。

「ん、どうしたクドリャフカ君。それと、袖が伸びるから出来れば引っ張らないでくれると助かるんだが……」
「あっ……すみません」

 つかんだときと同じように慌てて離すクドに、唯湖は「かまわんよ」とだけ返して、続きを促す。
 今まで小毬に向いていた視線が、今度は自分に向かってるのを感じ、少し躊躇いながらも口を開く。

「あ、あの。ほんとーに行っちゃうんですか? もっと、その――」

 上手く言葉に出来ず、途中で口ごもる。
 けど、言いたいことは伝わったらしい。同意するように鈴も頷く。

「おまえ、こまりちゃんが心配じゃないのか!」
「もちろん心配だよ。だが、理由を話してもらえないなら私は何も言えん」
「それでも、何かできるだろ。それともあれか、お前は理由を話してくれなきゃ助けてくれないのか」

 ともすれば、相手を怒らせかねない口調で言う鈴にきっかけを作ったクドがハラハラと二人を見る。
 けど、奇しくも自分と同じ事を思ってそれを口にした鈴を止めることもできず、そのまま成り行きを見守る。
 他の面々も、不安そうだったりただ静観したりと、成行きを見守っている。

「無論何かできるならするよ。だが、今小毬君は放っておいてくれと言っているんだ。ならば、そうしてやるのが一番だろう」
「でも――っ!」

 さらっとそう言う唯湖に鈴は尚も食い下がる。
 その鈴の頭に手を置いて、唯湖はわしゃわしゃと撫でる。

「それに、時には一人にしてやるのも相手の為だよ。鈴君にクドリャフカ君」
「うわっ! やめろっ、髪がぼさぼさになるだろっ!」

 嫌がる鈴が飛び退くように唯湖の手から逃れ、「はっはっは」と笑いながら唯湖はそのまま部屋を出て行った。
 残された二人は、納得したようなしてないような表情でそれを見送る。

「それでは、わたしもこのあたりで」
「んー、それじゃあ私も今日は戻りますかネ」

 静観してた美魚に、それにつられるように葉留佳も立ち上がる。
 佐々美に一礼だけして美魚はそのまま出ていく。

「まー小毬ちゃん。グチくらいでいいならわたしがいつでも聞きますヨ」

 葉留佳もそれだけ言い残すと、さっさと部屋を出ていく。
 あとに残されたのは鈴にクド、そして佐々美。まだ完全に理解しきってない二人をみて、佐々美は一度ため息をつく。
 そうして立ち上がると、部屋の中をちょこちょこと動いて何やら荷物をまとめていく。
 全部まとめた後、まだそのまま立ってる二人に声をかける。

「ほら、いつまでそうして突っ立ってるんですの? さっさと出ていきますわよ」
「わふ……で、でも……」
「ん、なんでお前も出ていくんだ?」
「まだわからないんですのね……まあいいですわ。ほら、さっさと出て行きなさいっ」
「うわっ、こら押すな!」

 ぎゃーぎゃーわふー、と騒ぐ二人の背を押して、佐々美は部屋の出口へと向かっていく。
 扉をくぐる直前、佐々美はくるりと振り返って

「今日は知り合いの部屋に泊めさせてもらいますわ。何があったのか知りませんけど、今日はゆっくりと落ち着くんですわね」

 もぞり、と布団が動いたのだけを確認して、佐々美は未だ騒ぐ二人を押したまま部屋を出て行った。











 みんなが出て行った後の部屋は、酷く暗くて寒かった。
 ルームメイトがいないだけで、部屋はこんなにも静かで、重かったのかな。
 今は誰とも話す気力はない。いや、誰かの近くにいるのもイヤだった。ちょっと気を抜けば、誰彼構わず思いをぶちまけそうで。
 たぶん、みんなは黙って聞いてくれると思う。けど、だからこそ今は誰にも頼りたくなかった。
 みんなの気持ちを知ってたから。傲慢で、自分勝手な、単なる意地でしかないけど。理樹君との問題だったからこそ、今は誰にも慰められたくなかった。
 みんなだからこそ、今だけは放っておいて欲しかった。
 そう思ったことに対して更にジレンマを起こして、理樹君と喧嘩を思い出して、一番思い出したくない場面がそのたびに頭をよぎって。
 嫌なループに延々とはまる。泣いたり、叫んだり怒鳴ったりする気力も、もう沸き起こらない。ただ疲れていて、もうこのまま何も考えずに眠りたかった。
 どうして、どこでこんな風になったんだろう。
 朝起きて、今日はいつもより可愛く髪を整えられたと思って気分よく寮を出て。
 いつも通り理樹君と会って、楽しい一日になるはずだったのに。

「……っ!」

 また思い出す。握りしめた手に爪が食い込むのが分かる。思い出せば確かに、朝の理樹君は一瞬慌てたようなそぶりを見せていた。
 あの時から、もう始まってたんだ……
 もっと深く聞けばよかったと思っても、今更だ。後悔したところで放課後の……あの時のことは無くならない。
 悔しさと、怒りと、悲しみと、妬みと、嫌な感情ばかりが浮かび上がってきて頭の中がぐちゃぐちゃになる。
 ……もう、考えるのはやめよう。
 疲れた頭と体は、そのままゆっくりと部屋の暗闇に融けるように意識を散らしていく。
 あした……あしたになったらまたかんがえればいい。
 もっと、おちついて……れいせいになって……それで…………

「……りきくん」

 最後に冷たい感触を覚えながら、そのまま私は眠りに落ちていった。






あとがき



テーマは嫉妬する小毬&二人の喧嘩なお話でした。
ゆいちゃんとか鈴の嫉妬物って多そうなイメージだけど、小毬はなさそうだなーとおもって。
同じく小毬の喧嘩物っていうのもあまり見なかったから書きたかったー
というか、こう恋してる小毬? を描きたかった!

というのが混じったのが今回のSSでした♪
最初はちっちゃい嫉妬で終わらせようかなー、というかただの微笑ましい喧嘩をと思ったんですけど、どうせなら思いっきり捩じれさせようと
……あんまり捻じれてなかったですね。

こういうSSは難しいですー(あたし的に)。というか心理描写を細かくするのが苦手なんですねー。
あーダメですねー。物語を書くのに心理描写が苦手とか何も書くなって話ですよねー。
どうでもいいですけどやっぱりIMEよりATOKですよねー辞書はー。
慣れるまでは不便ですけど、慣れるとATOKの方が辞書変換にはもってこいですねー。特にVISTAからのIMEは変換がトリッキーすぎますしー。

はい、後書きの後半ちょっと鳳鳴はいってましたー。分かる人だけわかってもらえればー。
ちなみに最後のBGMは「伝えられないメッセージ」がいいとおもいますー、はいー。






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