連休明けの月曜日、下駄箱を開けるといかにも「それらしい」ものが入っていた。
上履きの上にちょこんと乗せられた、薄桃色のかわいらしい封筒。宛名には『直枝
理樹様』と書かれている。
封筒から受ける印象とは違った、しっかりとした字体だった。
とりあえず、名前と下駄箱からみて僕に宛てられた手紙なのは間違いないんだろうけど……
「理樹君おはよ〜」
「えっ! あ、小毬さん」
後ろから掛けられた声に、びっくりして慌てて振り返る。手にした封筒は思わずポケットに入れた。
不思議そうな顔をした小毬さんが、くりくりした瞳で僕を見上げている。
「どうしたの理樹君? 変な顔して」
「う、ううん。なんでもないよ。おはよう小毬さん」
「ふぇ? ならいいけど……」
気を取り直して、下駄箱から上履きを出して履く。
かわりに外履きを中に入れて扉を閉じると、待ってましたと言わんばかりに左腕を取られる。
女の子らしい柔らかい感触が布越しに腕に伝わってきた。
腕を絡めてきた小毬さんが、にっこり笑う。
「教室いこ、理樹君」
「うん」
すれ違い
『放課後、体育館裏で待ってます』
授業中、教師の目を盗んで視線を机の下に落とす。
理由は勿論、下駄箱に入っていた手紙。封筒とお揃いの女の子らしい便せんには、やっぱりしっかりとした字でそう書かれている。
呼び出し場所もまたベタな場所だった。やっぱりこういうことの定番の場所なんだろうか。
もう一度、一文字ずつゆっくりと眼で追ってみてため息をつく。
(まいったなぁ。こんなの初めて貰ったからどう対処すればいいのかわからないよ……)
恭介とか謙吾ならこういうの慣れてるんだろうけど、残念ながら僕にそういった経験はなかった。
あとで相談しようかな。でも
視線を上げて、前の方の席を見る。
すこし茶のかかった頭がちょこちょこと黒板と机を上下に往復している。
結わえられた髪と、そこに付いている星のリボンがそれに合わせてひらひらと舞う。
小毬さんは真面目に授業を受けているみたいだ。
あまりこういう手紙は、小毬さんには知られたくない。別に貰っただけで、やましいことはなにもないんだけど。
たぶん良い気分ではないと思う。
少なくとも、僕は小毬さんがそういう手紙をもらったとしたら気が気じゃない。
その告白を受ける受けないとは違う。純粋に、こう胸の中がもやもやする。
独占欲が強いとか、そういったつもりはないんだけど……うん、嬉しい気分にはまずならない。
(とっとと言って、断ってくれば入れればいいだけだよね)
そう決めて、僕は手紙を封筒の中にしまいこむ。気持ちはうれしいけど、僕には小毬さんがいる。
受け入れるという選択肢がない以上、きっぱりと断ったほうがいいはずだ。
断るための文句を考えながら、僕は板書をする教師へと目を戻した。
「理樹、れんしゅうに行くぞ」
「あ、ごめん鈴。僕ちょっと用があるから先に行って。みんなにもそう伝えてくれるとうれしいんだけど」
放課後、野球の練習に呼びに来た鈴にそう告げる。
運動部部長たちとの試合以外、ろくに野球チームとしては動いてなかった僕らだけど恭介が再び相手を見つけてきたらしい。
今回は学校の人たちじゃなくて、街の野球チームだとか。チーム名は、なんだっけ。なんとかベーカリーとか言ったかな。
ともかく、その試合が今度の日曜日にある。試合までは約二週間。
練習を始めたのがまた一週間前だから、試合まであまり時間はない。
「それは時間かかるのか?」
「ううん、すぐ済むよ」
体育館裏に行って、断って帰ってくるだけだ。たぶんそう時間はかからないだろう。
「そうか、ならいい。早く終わらせて来い」
それだけいって、鈴の音を鳴らせながら振り返ると鈴は小毬さんと連れだって先に行ってしまった。
真人や謙吾、来ヶ谷さんたちもすでに向かったみたいだ。
「さてっと……気が進まないけど、早く行こう」
机からカバンを取って、僕も教室を出る。
そのままみんなとは逆の、体育館裏の方を目指して行った。
体育館裏は、思ったよりもうっそうとした所だった。
木々がすぐ近くにあってただでさえ暗いのに、夕方は体育館が影となってより一層あたりをほの暗くしている。
とても告白に使われそうな場所じゃないけど……
「まだ来ないのかな?」
ここにきて、すでに10分くらい立っている。
早く終わらせて、みんなとの練習に行きたいのに手紙の主がくる様子は一向にない。
時期柄、虫がいないのがよかったかもしれない。
もうちょっと早い季節だったらきっと今頃色んな所が蚊に刺されていたかもしれない。
更にもう5分待つけど、ここにくる人影も気配もない。
「そういえば、考えてなかったけど悪戯って可能性もあるよな……」
むしろ、そっちの可能性の方が大きい気がしてきた。
何しろ相手は僕だ。謙吾や恭介ではない。何で考えなかったんだろう。
もしかしたら、そこらへんに隠れて愚かな僕の姿をみてくすくす笑ってるのかもしれない。
「それならそれで、帰ればいいんだけど」
かばんから手紙を取り出して、もう一度見てみる。
文面はいたってシンプル。誰にでも考え付く文章だ。ただ、だからこそ悪戯じゃないという気が、なんとなくする。
悪戯ならもっと手の込んだ文章に仕立て上げそうなものだし、何よりこの字。
きっちりとした丁寧な、でも少し丸みを帯びた字だ。とりあえず男っていう線は消してもいいような字体ではある。
もちろん女子の悪戯って可能性もあるけど……
「そうだ、名前」
封筒の裏を返して、送り主の名前を書く場所を見る。
頭っから受けることを考えてなかったから、そこを見てないのに今気づいた。
そこには宛名と同じ字で『朝倉 友紀奈』とだけ書かれていた。
朝倉友紀奈さん。知り合いではなかった。少なくともクラスや知人にはいない。
けど、なら誰だろう? 見ず知らずの人からいきなり告白されるというのも、あまり実感がわかなかった。
やっぱり悪戯だろうか。
「もう5分だけ待って、来なかったら悪戯ってことにして帰ろう」
「その心配はないわ」
声がして、顔を上げる。
いつの間にか知らない女の人が立っていた。
長い髪を手で払いながら、すこしドキっとするような微笑みを浮かべてその人は歩いてくる。
「ごめんなさい、少しホームルームが長引いてしまって。待たせたかしら?」
「あ、いえちょっとだけなので」
ゆっくりとした落ち着いた仕草は、年上を連想させた。
やや長身のその姿は、来ヶ谷さんと同じくらいの身長だろうか。少し負けてるけどスタイルもよかった。
すらっとした体や手足はモデル系、って言えばいいのかな。
茶色に染めた長い髪と、柔らかい表情が特徴的な人だった。
「あの、えっと朝倉さん……ですか?」
「ええ。来てくれたのね、直枝君。うれしいわ」
慣れない事態にドキマギする僕とは逆に、朝倉さんは落ち着いていた。
ちらっと見たリボンの色は、最上級性をさしている。やっぱり上級生らしい。
けど、なんで上級生が僕にこんな手紙を出したのかはいまいちわからなかった。
「ふふ、どうして僕を? って顔ね」
「うぇ!? か、顔に出てました?」
「うん。直枝君はわかりやすいわ」
ふわっと笑われて、思わず顔が赤くなる。そういったのが面白いのか、朝倉先輩はさらに笑う。
「ごめんなさい、あんまりに可愛かったから、つい。そうね、理由知りたい?」
「え、あ。はいまあ……」
だからか、気づけば話の主導権を握られている。
できれば早く断って帰りたいのに、上手くそう告げるタイミングが掴めない。あんまり傷つけたくもないし、少し付き合った方がいいのかな。
「そうね。直枝君、よく棗君に会いに3年の教室に着てたでしょ」
「あ、恭介のクラスの方なんですか」
「ええ。それで、何度か見かけるうちに気に入っちゃって。それで手紙を出したんだけど」
そこで言ったん言葉を区切って、朝倉さんは少し声の調子を変えた。
「いきなりでかえって驚かせちゃったみたいね。ごめんなさい」
「い、いえそんな。それは、ちょっとは驚きましたけど……」
「でも、直枝君はちゃんと来てくれた。ありがとう」
朝倉さんが笑うと、それだけで顔が赤くなってまともに見れなくなる。
うう、やっぱりこう言うのは苦手だな。謙吾みたいにこう言う時でもさらっと流せればいいのに。
「それで、直枝君」
「は、はいっ? って!」
気づけば、朝倉先輩の端正な顔がすぐ近くにあった。
やさしい顔立ちのなかに、少しだけ真剣な眼が僕の眼を見据えている。
そのあまりの近さと視線に、動きが止まってしまう。
「直枝君の気持ちは、どうかな? 私と付き合うのは、ダメ?」
「う、あの……えっとその。僕は」
もうほとんど真っ白でパニックに陥ってる頭の中から、なんとか言葉をさがし出してそう口に出す。
そう、いくらドキマギしたって、僕にはもう小毬さんっていう彼女がいる。
それに、いくら綺麗な人でもさすがに初対面の人と付き合うっていう選択肢は僕にはない。
ごめんなさい、そういうだけでいいんだから。
そう決意を決めて言葉にしようとして、僕は突然重なった感触に驚いてすべてが吹き飛んだ。
いや、頭が完全に真っ白になってなくても、僕はその言葉は言えなかった。
目と鼻の先に、朝倉先輩の閉じた目があった。
「遅いっ!」
ピッチャーマウンドに立ったりんちゃんが、ついに限界突破したみたいにそう叫んだ。
みんなが思い思いの位置で練習する中、理樹君だけがまだ来てなかった。
ほかのみんなはともかく、りんちゃんは理樹君がいないと練習相手がいない。
別に他の人がバッターボックスに立ってもいいんだけど、もうみんな練習相手を見つけて始めている。
だから、ずーっと待ちぼうけを食らってたりんちゃんがついに爆発しちゃった。
「確かに、少し遅いですね」
「なんだなんだ? 理樹のやつまだ来てないのか?」
「リキまだ来てないですか?」
「少年が遅刻とは珍しいな。用事が長引いているのか」
「いったいなんの用事なんでしょーね」
「理樹のことだから、きっときちんとした理由なんだろうが」
そういった謙吾君がちらっと見た先は、はるちゃんと真人君。
その視線に気づいた二人が、すぐにブーイングを上げる。
「んだよ謙吾。なんか言いたそうじゃねーか……」
「そーですよ。わたしだって理由もなしに遅れたりはしないですよっ」
「真人はたまに時間を忘れるし、三枝も風紀委員に捕まる以外は確かにちゃんとくるな」
「うっ」
「たまにじゃねーよ! ごく稀に、だ!」
「あんまりかわらん」
すぐに3人が騒がしく喧嘩をしだす。
それを近くにいたくーちゃんが止めにはいって、そのまま巻き込まれてふらふらになってる。
「わわ、クーちゃんだいじょうぶ?」
「は、はらほれ〜……めがまわります〜」
「こら3人とも、いい加減にしろ。能美が目を回してるぞ」
「うわっ、クド公大丈夫?」
「わりぃ、つい回しちまったぜ」
「スマン……」
「能美、だいじょうぶか?」
「は、はい〜。なんとかだいじょーぶれふ……」
ふらふらしながらも、クーちゃんは大丈夫、っと両手をぐっと握ってアピールするけどそのまま倒れそうになる。
慌てて支えると、みおちゃんが横からすっときてクーちゃんを代わりに支えてくれる。
「でも、確かに遅いな。練習にもならないし、先に理樹を探しに行くか」
「ふぇ? でも用事があるんじゃ」
「なに、まだかかりそうか聞くだけだ。かかるようなら、今日は別の練習にしよう」
ケータイにかけたが、電池が切れてるのかつながらないしなといって、恭介さんは一人先に探しにいく。
「ったく、世話のやける理樹だぜ」
「普段はお前の方が世話になっているだろう……」
「しかたないな、手早く探してお仕置きタイムにしよう」
「再び女装させるというのはどうでしょう」
「うむ、それはいい案だ美魚君」
「まったく面倒な」
「ふっふっふ、このはるちんがあっという間に理樹くんの悪行を暴いて見せますよー」
「わふー! り、リキは悪いことしてるですかっ!?」
みんなもぞろぞろと理樹君を探しにあちこちに散っていく。
「よーし、私も探しちゃいますよ〜」
私も、そうして理樹君を探しに出たのだった。
そして、理樹君を探して足を踏み入れた体育館の裏で、私は見たくもないものを見せられた。
目の前にある朝倉先輩の顔に、頭が完全に真っ白になった。
予想外の出来事にぼうっとしてると、やがて朝倉先輩の顔が離れて、閉じられていた眼が開く。
無意識に、右手が口元にいく。
いま、僕の口に……?
「――いきなりごめんなさい。でも、あんまりに可愛かったから」
さっきも聞いたような言葉が、先輩の口から紡がれる。
その口の動きを見て、頭が急に現実に戻ってくる。
今、朝倉先輩は、僕に、キスを……?
「あのっ――!」
瞬間、されたことを理解して慌てて先輩に詰め寄る。
僕、なんてことを……断ろう。すぐ断ってここから逃げなきゃ。
この人は怖い人だ。優しい顔をしてるけど、なぜかそう感じる。
一緒にいるのは危険だ。早くここから離れる必要があると頭の中で警鐘がなっている。
でも。
最悪のタイミングっていうのは、唐突に来るらしい。
間が悪いことは続くことなんだと、この時、強く実感した。
「り、きくん――?」
突然後ろから聞こえた声に、僕はドキリとしてあわてて振り返る。
見たくない、聞きたくない人の声が聞こえる。
見られたくない、聞かれたくない人が後ろに立っている。
振り向きたいのと振り向きたくない気持ちが同時に走る体を、無理やりにでも振り向かせる。
今、一番いてほしくない人が体育館の脇から現われて僕らを見ていた。
茫然とした顔が、今起きた出来事を最悪のものだと教えてくれる。
この時点で、僕は今隣に立っている人のことは頭から消し飛ばした。
一歩、足を踏み出す。
それに合せたように、茫然とした表情のまま相手も一歩下がる。
話さないと、事情を説明して謝らないと。その思いだけで真っ白になった頭を何とか動かす。
「こ、こまりさん。これはその――」
「っ!!」
「小毬さんっ!」
声をかけると同時に、小毬さんが弾かれたように踵を返して走り出した。
あわてて僕も追おうと走り出す。
けど、その寸前に腕を掴まれて思わずたたらを踏む。
ひきとめる何かを放そうと苛立たしく振りかえると、朝倉先輩が腕をつかんでいた。
「直枝君、」
その顔がどんな表情をしていたのかはわからない。
ただ、もうその顔を見る気はなかった。八つ当たりかもしれないけど、この人に呼び出されなければこんなことにはならなかった。
いや、自分が不用心に来たのも悪い。どちらにしても、もうこの人に合わせる顔はない。
顔を見ないまま、腕をふりほどいて頭を下げる。
「ごめんなさい。僕、もう付き合ってる人がいるので」
それだけ言って、僕はすぐに小毬さんを追いかけるために走り出して行った。
あとがき
えーっと、ギリギリアウト? でしょうか。(アップ予告時間)
小毬&理樹で喧嘩するSSです。構想だけはリトバスSSを書き出す前からありました。
リトバスって喧嘩ほとんどないんですよね。
あと、怒った小毬と理樹もあんまり見ないから(後者はそこそこあるけど)書きたいなーと。
特にこの二人で喧嘩するとどうなるのかなって。
本当は1話で終わる話だったんですが、多分2話か3話くらいになります。
これはすぐに終わらせられると思うので、よろしければおつきあいください。
なお、タイトルは思いつかなかったので適当に曲リストみて意味合い的に近そうなのを選んだだけです!
あってるかどうか……はとても不明。
……こんなの公開してごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
ページ別拍手に対応しました。
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