「ごめんね真人、ボールぶつけちゃって……大丈夫?」
「ったくよー、オレじゃなかったら危なかったぜ」
腕を組んで何ともなさそうに言う真人。実際特に大した怪我はなかったのが不幸中の幸いだった。
「ま、伊達に体は鍛えてないってことだ。この筋肉達が盾になってくれたおかげで大したなかったからな」
確かに、今回は真人の筋肉があったから特に怪我もなく無事に済んだのかもしれない。
二カッと笑って筋肉を誇張する真人に、今回ばかりはその筋肉趣味に感謝する。
もし真人以外だったらもしかしたら大変なことになってたかもしれない。
「しかし、謙吾のせいでとんだとばっちりを食らったぜ……」
「ぐっ……スマン。理樹、真人」
「いや、いいよ……ほらその、気持ちは分かるし。ちゃんと謝ってくれたしね」
珍しく真人に言い返すこともできず、謝る謙吾。
その姿がいたたまれず、思わずそうフォローしてしまう。いや、まあ。一応ボクだってその、男なわけだし。
あんなことが起きてたら思わず目が行っちゃうと思うし。
「ほう、つまり理樹君は女子の胸を見てしまう気持ちが分かるのか」
「ふぇぇぇえ!? り、りりりきちゃんもですか!?」
「なにぃ!? おまえもコイツらと同類かっ」
「リリリリ、リキ、え、えっちなのはよくないと思いますっ」
「……直枝さんもやはり、男の方だったんですね」
「えうっ?! い、いや別にそういった意味じゃなくて……!」
しまった! うっかり言った一言のせいで今度はボクにまで矛先がきた!?
「つまり、直枝さまは体育の授業で女子の胸を見つめられては、毎夜準犯罪行為に手を染めていたのですね」
「ちょ、ちょっと人聞きの悪いこと言わないでよ、冬篠さんっ! しかも準犯罪ってなにさっ」
「宮の口からそれを言わせようとするとは……直枝さまは意外とSなお方だったのですね」
「先に言ったのはそっちでしょ!」
「ま、毎夜…………」
「うわぁ、直枝君ってむっつりだったんだあ……」
「わわわわわっ! 違うからっ、違うからね!?」
顔を真っ赤にして視線をそらす樫原さん。椎野さんはどっちかというとニシシといった感じの笑みを浮かべている。
いかにも「面白いものをみつけたっ」といった感じの顔だ。
冬篠さんは冬篠さんで、いたって真面目な顔でそう言ってくる。椎野さんみたいに面白半分より余計にたちが悪いっ。
「しかし、理樹君は冬篠女史の言いたいことは理解できた……と」
「やっぱり直枝さまは」
「ああもうっ、かんべんしてよお……」
「ほ、ほら宮、みんなも。そろそろやめてあげようよ。直枝君、もう泣きそうだし」
「うう、庇ってくれたの和久津さんだけだよ……」
なんていうか、女の子になってからいじられることが多くなった気がする。
しかも今日はなんていうか、来ヶ谷さんが二人もいるような感じで余計にいじられてる。
この二人のタッグはなんて言うか反則だ。どっちも頭がいいから切り返しが早くて、おまけにある意味真面目に突っ込んでくる。
「はっはっはっ、まあ気にするな理樹君。私だって女の子の胸は好きだよ」
「って、来ヶ谷さんと一緒にしないでよっ!」
「む、心外だな……それではまるで私がおかしいみたいじゃないか」
「いや、同性に興味を持つ時点で少し変わってる気が」
「理樹くんや小毬君、それに冬篠女史ようなおっぱいの大きい子」
「いい!?
「ふぇえ!?」
「……ぽ」
思わず胸を隠すボクと小毬さん。冬篠さんはなんかよくわからないけど声に出して顔を赤らめてるけど。
「そして鈴君にクドリャフカ君や美魚君、和久津女史のような貧……胸の小さい子や、
椎野君たちのようなバランスのいい胸の魅力の違いなどは興味はないか?」
「って、私たちも含まれた!?」
「えっと、あの……」
「というか、今わたしさりげなく過酷な現実を突き付けられました!?」
「……軽い殺意が芽生えたような気がします」
「よけーなおせわだっ!」
「あ、あはは……ほ、ほら能美さんも落ち込まないで。ほら、能美さんはまだ成長途中なんだから、これからだよ」
傍観者のつもりだったらしい椎野さんたちや、地味に現実を突きつけられたクドが慌てたり落ち込んだりしてる。
「そ、それはホントーでしょうか……」
「うん、それにほら、能美さんは確かロシアの方の血が入ってるよね。ならきっと大丈夫だよ、うん。だから元気出して」
「わ、わふー! 和久津さんっ。和久津さんは希望の光なのですっ!」
「わっ、ぷ!」
励まされて喜んだクドが、勢いよく和久津さんに飛びつく。今の言葉がよっぽど嬉しかったらしい。
いきなり抱きつかれて和久津さんが少し困ったように苦笑いを浮かべてる。
まあ、普段何気に気にしてるみたいだし。こんな状況になってからはよく恨めしそうに見られてるし……
と、クドが喜んでいる一方、鈴と西園さんは反対に落ち込んでいた。
「能美さんにはまだ1年の差と、血脈による希望があります。ですがわたしは……」
「う、うみゅ……クドはこれから育ってしまうのか……」
「わ、わふー……」
その悲痛な表情に、喜んでいたクドもなんともいいがたい表情で掛ける言葉を探しているみたいだった。
っていうか、鈴も人並みにそういうこと気にしてたんだ。あれから、少しはそういうことに気を使い出してるような気はしてたけど。
鈴にはちょっと悪いけど、そういうことで悩むようになった鈴は少しうれしく思える。
「えっと、ほら。あまり気にしない方がいいよ。うん。僕も、似たようなものだし」
落ち込む二人を慰めるように、和久津さんがそう声をかける。
和久津さんは、スラっとしたスタイルの人だ。伸長こそ今のボクとあまり変わらないくらいだけど、スタイルと姿勢のせいかもう少し高く見える。
スレンダーなモデル体型って言えるような気はするけど、確かに、小さいと言えば小さい……というか、改めてみると西園さんといい勝負かもしれない。
だからか、そう慰める和久津さんの顔はなんとも形容しがたい表情だった。
ただ、今ここに手に手を取り合った四人に一つの結束が生まれたようだった。
「大丈夫ですわ。貧乳は希少価値だと以前ネットで……」
「おまえにはいわれたくないわっ! ぼけーっ!」
「「冬篠さんには言われたくありませんっ!」」
「宮には言われたくないと思うよ……」
「……仲間外れにされてしまいました」
主にこういった、恵まれた人たちから自尊心を守るための同盟が。
「でもさ、やっぱり女の子の胸って気になるよね」
と、言いだしたのは二つのことが同時にできないボクたちの委員長こと椎野さん。
「胸のおっきな子とかさ、つい触りたくなっちゃうよね。紗里奈ちゃんとかすっごいきれいだから思わず手が伸びちゃうし」
「き、きらちゃんあんまり大きな声で言わないでっ。その……男性の方もいらっしゃいますし……」
「あ、ごめん……」
恥ずかしそうに両手に胸をかくし、ちらりと謙吾たちの方をうかがう樫原さん。
そりゃ、あんなことを言われたら恥ずかしいだろうなあ……。
当の男子二人は……謙吾は少し居づらそうにしてて、真人は割とどうでもよさそうだ。
「で、でもほら、男子だって胸板の厚い人とかいたらやっぱり触りたくなるでしょ?」
「なるかぁ!」
「ならないよっ」
椎野さんの突拍子のない言葉に思わずボクと謙吾の声がかぶる。
その反応が不満だったのか、椎野さんが膨れる。
「え、ならないのか?」
そして真人も意外そうに驚く。
いやまあ、真人は単なる筋肉馬鹿ってだけだからそういうのは納得できるんだけど。
けど、それに椎野さんは味方ができたと思って同調する。
「ほら、井ノ原君だってこう言ってるよっ」
「おう、鍛え上げられた大胸筋、しっかりと割れた腹。そんなやつがいたらやっぱ触るだろっ」
「だよねだよねっ。やっぱり男の子だって気になるんだよ。きっと二人がちょっと変わってるんだよ。もったいないなあ」
「いや、真人と椎野さんが言ってる内容は微妙に違う気が……」
いまいち椎野さんが言ってることはよくわからないけど、絶対ずれたことを言ってる気がする。
というか、なんか言葉の端々がどことなく怪しい。
「え〜、そんなことないよ。危険な関係とかいいよね、真人君」
「おうっ……って、なんだそりゃ? 危険な関係? 筋肉の危険な関係ってなんだ……?
……はっ、まさか筋肉が落ちちまうような何かがあるのか!? うおぉぉぉぉ、こえぇぇぇぇぇぇぇ!」
「え? え?」
「ひっ!」
突然の真人の雄たけびに戸惑う椎野さん。そしてその隣にいた樫原さんが突然のことに驚いて小さく悲鳴を上げた!
「いきなり叫ぶなバカ! 怖がってるだろ!!」
すかさず鈴の蹴りが真人の側頭部にむけて繰り出される。
……それはそれで樫原さんが驚いて少しおびえた目で見てるよ、鈴。
「す゛み゛ま゛せ゛ん゛」
「つまりね、真人は単なる筋肉バカだから、たぶん椎野さんが思ってるようなことじゃないと思うよ」
「ええー!? ちがうの? じゃ、じゃあ鹿くんと恩田くんとか、バラ色な関係は?」
首が曲がったままいつものように謝ってる真人は置いておいて、勘違いを椎野さんに説明する。
勘違いしてたのがショックだったのか同意を得られてなかったのがショックなのか、矢継ぎ早に質問を浴びせる。
っていうか、鹿さんとか恩田君って誰だろう……。そういう関係か何かの人なのかな……。
「え、なんだそれ? 鹿ってそんなに筋肉がすごいのか? やべぇ、こうしちゃいられねぇ!」
「そんなぁ……せっかくわかってくれる人がいたと思ったのに」
勘違いしたまま、いきなり筋トレを始める真人。
いや、あの質問じゃ何もわからないのはわかるけど、流石に人の名前っぽいのをそのまま鹿と思い込むのはどうだろう。
ともあれ、新たな強敵(?)を見つけてうれしいのか、かなり気合を入れて腹筋を始めた真人とは反対に、わかりやすく椎野さんが落ち込む。
そんな椎野さんの肩に、西園さんが手を置いた。
「委員長……いえ、椎野さん。今度少しお話をしましょう」
「え? うんいいよっ。えへへ、西園さんとはあまり話したことないから楽しみだな」
同士からの声によくわからないまま頷く椎野さんと、心なしかいつもより笑顔な西園さん。
秘かなで厄介な同志がそろった瞬間だった。
「というか、委員長ってそっちのシュミだったんだね……」
「そういえば、きらちゃんって結構……」
「……また厄介なやつが一人増えたのか」
意外な委員長の一面にため息をつくボクたちに、思い出したように同意してくれる樫原さん。
きっとこの一件で謙吾の中では要注意人物に入ったんだろうな……制服を着ない理由がそういったことだって前言ってたし。
「ま、話を戻すとだ」
ズレだした話を来ヶ谷さんがそう言って元に戻した。
若干三名、筋トレしてたり何やら不穏そうな話で盛り上がってこっちには参加してないけど。
ちょっと真面目に戻った来ヶ谷さんが、解説するかのようにそう言う。
「実際、女はその辺は結構気にしてるものだよ」
「そんなものなの?」
「そんなものだ。人にもよると思うが、パイタッチくらいなら冗談の範疇に入るだろうな」
「あーうん……あれは」
苦笑いでそう同意するのは小毬さん。
表情から察するに、されたことがあるみたいだ。
「ほら、りきちゃんも今日教室でされたでしょ? 男の子の前じゃあまりやらないし、仲のいい子だけだけど結構女の子はそういうことするのです」
「あー……ホントなの、鈴?」
「そんなこと、恥ずかしくて言えるかっ!」
「あ、そうなんだ……」
疑わしいから鈴にも聞いたけど、反応から見るとどうやらあるっぽい。
「うむ、鈴君は反応がまだ初々しくて堪らない。小毬君も可愛らしく悲鳴を上げてくれるな」
「ふかー! される方になってみろ! いい迷惑じゃぼけー!!」
「あう、流石に廊下とかでされるのはちょっと……」
「っていうか、犯人全部来ヶ谷さんじゃない!」
「む、確かにこの二人に関してはそうだが、別に私に限ったことじゃないぞ」
「えっと、直枝君? 男からするといきなりは信じられないけど、実際は来ヶ谷さんの言ってるのがあってるよ。そうじゃないと、さっきの教室は説明できないでしょ?」
和久津さんまでそう同意してくる。
確かに、そう言われればいくら来ヶ谷さんが主犯だとしても、あんなふうに全員が向かってくるなんて……
思い出したらまた悲しくなってくるから思い出すのはやめよう。
でも、だとすると女子のコミュニケーションって……。
「特に直枝君は気をつけた方がいいと思うよ。たぶんガードが甘いから一番狙われるだろうし」
「ええ!?」
「むしろ、男の子だったからって理由で男子からも狙われたりするかもねっ」
「ちょ、ちょっとまって! それはさすがに嫌だよ!」
割と真面目な顔で言う和久津さんだから、余計に不安になってしまう。
しかも冗談半分で言ったんだろうけど、椎野さんが言ったことも割とシャレになってない。
「大丈夫だ理樹、俺が守ってやる」
「……女子寮の中でもですか?」
「ぐっ……! し、しまった。失念していた。くそ、俺じゃ、俺じゃ理樹は守れないのか……!」
「へっ、情けねえな謙吾。俺だったら女子寮の中でも
「入ってくるなボケッ!」
なんかやたらショックを受けて落ち込む謙吾に。
真人は真人で、おそらく本気で気付かないまま危ないことを言いそうになって再び鈴に蹴られる。
「二人のナイトに守られる直枝さん……約一名は少し不満ではありますが、アリです」
「なにがさっ! ……いや、まあ二人の気持ちは嬉しいから。うん。教室の中だけでも見張ってもらえれば凄い助かるし」
主に、悪乗りしてきそうな男子から。居ないと思いたいけど、さっきの事を考えると否定しきれないのが怖い。
この姿になってはじめて教室に行った時のことを思い出す。
あのノリと、割と何でも受け入れてしまうクラスメイトが悪乗りしださないとは限らない。
恭介がアジった光景は今でも鮮明に思い出せる。
「うむ、大丈夫だ理樹君。おねーさんが守って」
「教室での主犯が何を言うのさ」
「む……」
「だいじょ〜ぶ。私が守るよ〜」
「あたしにまかせろ、理樹」
「二人もボクを捕まえてたよね……」
「はうあっ!?」
「うみゅ……そ、それは……」
ジトッとした目で見返すと自分の行動を思いだしてあわてる二人。
本当はそこまで信用してないわけじゃないけど、さっきの不満をぶつける形で少しそう言った。
「でも、ガードが甘いって言われてもどうすればいいかよくわからないよ……」
「たぶん、慣れだと思います。慣れれば自然と防御できるようになります」
「あんまりそういうのにも慣れたくないけどね」
そういう細々とした動作まで女子みたいになっていったら、なんていうか取り返しがつかなくなる気がする。
でも、だからといって変なことをされるのは嫌だし……
あーうー……。
「まあ、本当に嫌がるようなことはされないから安心するといい。流石に節操なしにするような奴はいないよ」
「それはそうだろうけど……」
実際に嫌がられてもしてたら非難の的だろうし。たぶん冗談で友達をたたく感覚なのかもしれない。
うん、でもガードだけはとりあえず考えていこう。
あとで西園さんにでも教わろうかな。和久津さんもそういうの強そうっぽいし、聞くのもいいかもしれない。
そんな事を話してる間にコートの方でホイッスルがなった。
他のチームの試合が終わったらしい。
「ふむ、終わったようだな」
「あたし達のばんか……」
疲れた表情で他の人たちがコートからはけていくのを見ながら、鈴が立ち上がる。
まっ先に立ちあがったあたり、やる気は充分らしい。
腰に手をあてたまま、ボクの方を見る。
「理樹、悪いが勝たせてもらおう」
そしてそう尊大そうな態度でそう宣言してくる。何かのスイッチが入ったらしい。すっかり役になりきった感じでそう言う。
みると他のみんなもやる気充分、全力で勝つ気満々といった感じだ。
体育の授業でよくそこまでやる気にとは思う。けど、なんとなくその気持ちはわかる。
普段の遊びとは少し状況は違うけど、これも一つのミッションだ。
みんなと何かをする。メンバーは少し足りないけど、それでもリトルバスターズのメンバーと何かやるのには変わりない。
恭介の言葉を借りるなら「全てはひとしくミッション」だ。みんなで何かをやるなら楽しまなきゃ損だ。
構図はみんな対ボク。
もちろん椎野さんや和久津さんはいるし、実際には一人で戦うわけじゃない。けど、普段のメンバーでいえば5対1だ。
連携なんかじゃ確実にこっちが不利だ。もしこれで勝てたら、ちょっと気分がいいかもしれない。
「なんの、ボクだって負けないよ」
立ち上がって、鈴と視線をぶつけ合う。身長が縮んだから、鈴とは体格はほぼ一緒。
運動神経じゃ負けるかもしれないけど、一応ベースは男だから体力ならこっちが勝ってる……と思う。
上手く立ちまわれば結構いい勝負になるかもしれない。
互いに「フッ」と笑い合うと、ボクたちはそろってコートの方へと向かって行った。

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