「あっ!?」

 すれ違う一瞬、冬篠さんがさりげなく右手を当てて相手のボールをはじく。
 相手に気づかれずいつの間にか背後にまわってのその一手はあっさりとボールを手元から掠め取る。

「やった! 冬篠さんナイスカットだよっ!」

 それを椎野さんがすかさずキャッチして、一気にゴールに向かって走る……ってえええ!?

「うむ、トラベリングだ」

 審判をやっていた来ヶ谷さんのホイッスルが鳴って、ボールは再び相手の手へと戻っていった。







直枝理樹ちゃんの受難12話







「うー……ゴメンねみんな、足引っ張っちゃって」
「いやほら、勝てたからさ。大丈夫だよ」
「そうだよきらちゃん」

 激しく落ち込む椎野さん。理由はまあ、本人が言ってるとおりなんだけど。
 とにかく椎野さんはファール、っていうほどじゃないけど注意をもらうことが多かった。。
 運動神経とか体力は普通、というよりはむしろいい方だと思うんだけど本人いわく『二つの事を同時にするのが苦手』らしい。
 ドリブルしながら走れないとか、うっかりダブルドリブルで取られるっていうのが多い。
 あの試合の中じゃダントツで注意を受けてたし。
 それでもシュートは命中率が高かったり、動きは素早かったりするから不思議だ。

「だって、シュートとか全部慣れだよ慣れ! ドリブルしながら走るよりシュートの方が絶対楽だよっ」
「それ、絶対間違ってると思うけど」
「まあ、きらちゃんだから」

 納得いかないのか、なおもドリブルよりシュートの方がいかに楽かと言い張る椎野さんを苦笑しながらなだめるその友達。
 その表情がふと曇り、「それに」と

「私の方が、みなさんのお役に立てませんでしたから……」

 といって、釣られるように今度はその人も落ち込みだす。
 亜麻色のウェーブがかかった椎野さんの友達、樫原紗里奈さん。
 親友らしいこの二人の性格は間逆で、樫原さんは控えめでおとなしい、椎野さんのブレーキ役みたいな人だ。
 身体があまり丈夫じゃないらしく、運動神経はもとより、時折学校を早退することもあるらしい。

「でも、樫原さまはよく戦況を見られています」
「うん、パスのつなぎとか椎野さんのフォローとか良いタイミングだったと思う」

 そう和久津さんたちもフォローを回すけど、椎野さんは苦笑するだけだった。
 確かにこの二人の言うとおり、樫原さんは樫原さんで相手の隙を見つけたり椎野さんのフォローは絶妙だった。
 けど、この二人に云われても苦笑するしかない気がする。
 二人とも、ずっとプレイがうまいんだから。

 ボクをチームに入れてくれた和久津さんは、見た目から受ける印象は華奢でお淑やかな人だけど、意外なことにもパワープレイだった。
 物腰丁寧で、窓辺に佇むお嬢様っていうのが男子の間での評価だっただけに、少し驚いた。
 あれなら、もしかしたら男子相手でも通用しそうなきがする。少なくともボクくらいの男が相手だったら充分競り合えるくらいの力はありそうだ。
 「天災さん」の冬篠さんは、なんというかいかにもなひとだったし。
 いつの間にか相手に接近してボールをかすめ取るトリッキーさは、ある意味来ヶ谷さんに近いものがある。
 実際、たまに一緒にいるのを見かけるから仲がいいのかもしれない。うん、お似合いだと思う。
 方向性は違っても、二人とも「変わり者」だし。

 あとは……二人とも見た目とは裏腹にさりげなく黒い、というか容赦がない。
 和久津さんはああいう容姿の人だし、冬篠さんも何も知らなければ温和でおっとりした可愛い人って印象の人だ。
 けど、二人ともパッと相手の弱点を見つけると、適度にそこを突く。
 その適度、っていうのがまた黒いと思う。
 執拗に攻めて相手に気付かせるんじゃなく、あくまでもひっそりと普通の攻めの中に入れていく。
 そうする事で最後まで弱点を残させるし、しかもその後に相手と妙な禍根を残さないようにあえて均衡するような試合流れを作ってた。
 たぶん、あの二人は所々で絶対手を抜いてたと思う。ちょっとすれば分かるイージーミスを適度に入れてたし……
 なんていうか、あまり敵に回したくない人たちだ。

「でも、一番驚いたのは直枝君だよね」
「え、ボク?」

 ちょっと考え事をしてる間に、話題はボクの方にまで映っていた。
 話を聞いていなくて、思わずそのまま聞き返す。

「うんっ。だって、動きは速いしパスも遠くから届くし、まるで男の子みたいだったよっ」
「あ、あはは……一応、男なんだけど……」

 そういうことじゃないのはわかってるんだけど、ついそう返す。

「でも、直枝さんは今は、その、身体は女性なわけですし、それであのスピードでしたら凄いと思いますよ」
「あ、それは僕も少し驚いた。体力とか落ちてないの?」
「うん。ボクも最初は落ちてるだろうなーって思ってたんだけど、その辺りはなんかそのままみたい」

 これは、今日の体育で身体を動かして初めて気づいたことだった。
 身長が変わってるんだから走る速さとかはまず変わりそうなものだけど、少なくとも体感上はあまり変わらなかった。
 走り終わった後の疲労感も大体一緒だったから、多分スタミナもそう落ちてないんだと思う。

「でも、柔軟とかすごい楽だったし、身体は前より柔らかくなったと思う。やっぱり見た目以外にも変化してるんだよね……あまりしてほしくなかったけど」
「そうですわね、確かに」
「うわっ!?」

 突然、後ろからにゅっと二つの腕が伸びてきて胸を鷲掴みにされた!
 驚いて振り返ると、いつの間にか冬篠さんが背後に回って至極真面目な顔で人の胸をもみしだいている。
 ってええ!? 

「ちょ、っと! 冬篠さん、くすぐったいからっ」
「不思議です。どのような原理なのでしょうか。宮の探究心に火が付きます」
「つかなくていいっ! つかなくていいから早く手を止めて!」

 これ以上変なことをされる前に、冬篠さんの腕を捕まえて引き離す。
 特にそこまで固執してなかったのか、本人もすぐにあきらめて(?)手を引っ込めてくれた。
 ホント、来ヶ谷さんみたいにトリッキーで油断も隙もない人だ。

「まったく、教室みたいに人目の少ない場所じゃな……いんだ、か……ら」

 はた、と気づいて思いっきり首をひねる。
 なにも、体育は女子だけでやるわけじゃない。仕切りネットが引かれてるのは競技を分けるためじゃない。
 男女を分けるために引かれてるだけだ。ネットである以上、必ず網の隙間はある。
 その網目の向こう、先週までは自分もそこにいたコートには同じくバスケを選択した男子たち。
 その全員が、一様に目をひんむいてこっちをみていた。

 あ、う……もしかしなくても、今の、全部……見られて!

「ん、ありゃ? なんでみんな止まってんだ? はっ! もしや発達しすぎた筋肉が時間を突破、未知の領域へと進化しちまったのか!?」

 一人、バカみたいに疾走してるやつ以外、誰一人として動こうとしない。
 ――っっ!? け、謙吾までこっちを見て!?
 それらの視線は全部、ボクのある一点に集約していて……

「ゃ、ぁう……!」

 慌てて手で胸を隠す。顔が耳まで真っ赤になってるのが容易に分かるくらい顔中が熱い。
 焦りと羞恥と、なによりどうしようもないほどの感情が入り乱れる。

「理樹君」

 おもむろに、試合中だった来ヶ谷さんが場外にいるはずのボクにボールをパスしてくれた。
 事の長本人の相方である和久津さんが、静かに男女を区切っているネットを開いてくれる。
 無言のやりとりのなか、二人の意図を受け取って、それに甘えることにする。
 やめよう、なんて考えはさらさらなかった。
 どうしようもないほど入り乱れた感情は、一つの怒りとして答えを出している。
 ボールを両手でしっかり持って、天を目掛けて高々と上げる。

「こ……」
「よし、いくぜ! 伝説の――」
「こっちを、見るなああああああああああああ!!」

 それを、力いっぱい男子コートの方へと投げつけた!

「やべぇ、直枝がキレた!」
「う、うわ逃げろ!」
「スラむぎょごえ!?」

 慌てて蜘蛛の子を散らしたかのように逃げた男子たちには当たらず、ボールは一人ゲームに熱中してた真人(バカ)にぶつかり、そのまま撃墜させた。
 唯一、まったく無関係な真人を墜としちゃったけど、それはそれ。
 肩で息をしながらジロッ、と男子たちを見る。
 ビクッ、として慌ててそっぽ向くやつ、もうはじめから見てませんよと言わんばかりに、でもチラチラとこっちを伺う奴。
 何人かは墜落した真人の所へ無事を確かめに駆けつけていた。
 あ、真人……はなんかピンピンしてるからいいか。あとで謝っておけば。
 ……残りの一人、は。
 一見クールを装いつつも罰が悪そうにしてる謙吾。
 その謙吾と、ふと眼があった。

(ぐ……す、スマン)
(……謙吾)

 お互い幼馴染。
 たとえ身体が変わったからってその関係が崩れるわけじゃない。
 視線とわずかな仕草だけでお互いの意思を伝え合う。
 謝罪の意志を受け取りつつ、ボクは返答を返す。

(バカ、知らない)
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 頭を抱えてなにやら唸り声をあげる謙吾。
 うん、とりあえずはこれでいいかな?
 ボクもつい見ちゃう気持ちはわかるし。対象が自分に移ったら別だけど。

「……はぁ」

 ため息をつきながら、再びネットを閉める。
 なんだろう、なんかものすごく虚しい。気持ちはわからなくはないけ、ど……
 今までボクもああいう反応をしてたのかなって思うと、なんとはなしに身体がもにょりそうになる。
 うん、今度からはもう少し注意していこう。

「あの」
「なに、冬篠さん……」
「一応女性なのですし、やはりそう安易に手を挙げるのは如何かと思うのですが……」
「きっかけを作ったのは冬篠さんでしょ!?」

 さらっ、と悪びれもなくそういう冬篠さん。
 なんていうか、うわさ通りの天災さんな人だった。











あとがき



スイさん気づきました。
連載物って別に毎回はあとがきいらないことに!
次からは要所要所が終わったら書くことにします。

ちなみに今回のお話。理樹チームとその面々の簡単な紹介的内容。
ちょっと余計な要素入れようとするとこういった面が難しいですねー。
あとは、細かく書くと「その単語なに?」ってなりそうだったのでぼかしましたが、
理樹が言ってた小さいファール、注意っていうのはヴァイオレーションのことです。
これを取られると、相手チームのボールとなり一番近いアウト(コート外)からのスローインから始まります。




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