「りきちゃーん、準備できたー?」
「も、もうちょっとまって小毬さんっ」
脱衣所の外からかけられる声に返事をしつつ、背中に回した手をもぞもぞと動かす。
くっ、なんでブラジャーっていうのはこう着けづらいんだろう。
着けるようになってから今日で三日目、多少は慣れたと思うけどやっぱりまだ苦手。
教えてもらった簡単な付け方は確かに楽だったんだけど、微妙に位置が合わせられなくて嫌だった。
結局、最初に教えてもらった付け方に戻したんだけど、こっちはこっちでやっぱり難しい。
「苦手なんだったら、私がつけてあげてもいいのに……」
「い、いやそれはさすがに恥ずかしいから」
小毬さんが言ってくれる手助けは固く辞退しつつ、こうして僕は脱衣所に隠れて着替えをしている。
そうしないと小毬さんの着替えを目の前にするっていうのもあるんだけど……っと、ようやくつけられた。
後は制服を着てリボンを結ぶ。ボタンの位置が逆だったりして少し面倒だけど、こっちはそれほどじゃない。
最後に軽く鏡で身だしなみだけチェックして、着替え完了。
映った自分をみて、にこりと笑ってみる。
「うん、変なところはなしっと」
とりあえず、これといって変に感じるところはなかった。
……その事実に、再び落ち込みそうにはなったけど。
直枝理樹ちゃんの受難
〜はじめての体育〜
「だいぶ落ち着いてきたな」
「だな。昨日まではホント騒がしかったからな……」
「まあ、あれだけ騒いでたら流石に飽きてくるでしょ」
週明けから三日目、初日二日と引切り無しだった見物人もようやく退いてきた。
それこそホームルーム前から休み時間、放課後とボクは客寄せパンダ状態だった。
好奇の視線に晒されるのは気分的にあまりよくなかったけど、来る人全員が疑問を持ってない方がかえって気になってしまった。
けど、三日目ともなれば流石に人足は少なくなってきた。
「けど、それも仕方のないことなのです。だって今の理樹ちゃんはとても可愛いのです」
ピッと指を立ててそういう小毬さん。それに同意するようにクドが続ける。
「そーですねー。スタイルもいいですし、胸なんて私より……わた、し…より」
「能美さん、無理はしなくていいです。わたしは、能美さんの気持ちを理解できますから」
「……西園さんっ」
勝手に同意して勝手に落ち込んでる!?
わふー、とクドが西園さんに泣きついている。
それを受け止めて一緒に共感している西園さん。それは別にいいんだけど、勝手に悪者みたいにされたボクはどうすればいいんだろう。
ボクだって好きでこうなったわけじゃないのに。
そう返すと、二人にじとーっと見られるというのはこの数日で覚えさせられたからもう言わないけど。
「ああ、胸の事で悩むクドリャフカ君も可愛い……」
「おまえ、いつもそればっかりだな」
「可愛いものということは良い事だ。それだけで正義といってもいいだろう。無論、鈴君も可愛いから安心したまえ」
「うにゃー! 抱きつくなー!!」
「はっはっは」
来ヶ谷さんはいつも通りだった。今日も自由気ままに獲物を捕まえては堪能している。
捕まった鈴は毛を逆立てて「フカーッ」って唸ってるけど。
……いつも思うんだけど、あれどんな原理で逆立ってるんだろう? なんか耳と尻尾っぽいのも見える気がするし。
「んあー、席に着けー」
「わわ、先生きちゃった」
先生が入ってきたことで、みんながぱたぱたと自分の席に戻っていく。
「あー、直枝は慣れたか?」
「まぁ……ほんの少しくらいは」
「そうか。まあなんとかなるだろう。特に問題もないみたいだから治るまでは適当にしとけ」
ものすごくアバウトな先生だった!
まあ、たまに忍び込んだ恭介や葉留佳さんが居ても平気でホームルームや授業をする人だったけど。
きっとこの先生は他校の生徒やペンギンあたりが授業に参加してても気にしないかもしれない。
そのままだらだらとホームルームが始まった。
「ついに、この時間がきちゃった……」
わらわらとクラスメイトの半分くらいが教室から出ていくのを見ながら、この時間が来た事を恨めしく思う。
お昼前の最後の授業、4時間目は体育。
元からお昼前ということでこの時間はあまり気乗りしないんだけど、今日はそのなかでも特段に来て欲しくなかった。
「それじゃあ理樹、また後でなっ」
「なんだ、その……頑張れ、理樹」
「……うん、また後でね真人、謙吾」
去っていく二人を見ながら、とろとろと僕も準備をする。
別にゆっくりしたからって授業がなくなるわけじゃないんだけど……
それに、しても。
ちらっと入口を見ると、わらわらと女子が入ってくる。
反対に後ろの方の入口からは男子たちが追い出されるように教室を出ていく。
前を見ても右を見ても女子。ぁう……この三日、多少自分の体で見慣れはしたけど。
なんていうか、楽園だった。
ボッと顔が赤くなるのが自分でもわかる。だって、下着姿の女子が部屋中にいたら誰だってそうなると思う。
やっぱり自分の体と他人は別物だ。しかも、既にみんな事情を知ってるからかボクがいても特に気にするような素振りがない。
平然と服を脱いで、下着姿になっていくのを目の前で見せつけられるのはある意味つらい。
ちらっ、とこっちを見て何か話してるのは聞こえるけど、嫌がってるとかそういう感じでは少なくともない。
気にはなるけど、悪感情を持たれるよりはまだよかった。
と、とにかく。色々と目の毒だから手早く着替えてしまおう。幸いにも自分の席が角っこでよかった。
コソコソと隅に隠れるようにブレザーを脱いでいく。
「りきちゃ〜ん、大丈夫?」
「理樹、そ、そのだいじょうぶか?」
「鈴、小毬さんも。大丈夫って、なにが?」
ワイシャツを脱ぎかけたところで、二人が着替え終わったのかそう言って近寄ってきた。
ほかの人たちはしゃべりながら割とゆっくりと着替えてるのに、案外早いんだな二人とも。
秋も深まってきたこの時期は、着る体操着も長袖と半袖の2パターンが入り混じってくる。
二人も寒がりの小毬さんが長袖のジャージで、鈴がまだ半袖にハーフパンツだった。
ちなみに、ボクが着替えるのは半袖。長袖はさすがに今までのやつじゃ丈が長くて少し着られそうにない。
男の時は、まあともかく今はこの学校がハーフパンツだったのを心から嬉しく思う。
あんなの、とてもじゃないけど人前でなんかはいてられない。
「うん〜。ほら、ちゃんと着替えられるかな〜って」
「いや、流石に体操着は一緒だから着替えられるよ」
「で、でも男子とはやっぱりあれだ。かってが違う、んじゃないか?」
「そんなに違わないって。まあ、場所には戸惑うけど……というよりどうして鈴はどもってるのさ?」
見当違いな心配をしてくれてる二人だけど、気持ちは嬉しかった。
鈴がどもってるのは気になるけど、まあ幼馴染だけに同じ部屋で着替えるってことに少しは戸惑いや恥ずかしさを感じてくれてるのかもしれない。
ちょっと趣味が悪く聞こえそうだけど、そういう普通な反応が今はうれしかった。
「とりあえずぱぱっと着替えて出て行きたいんだけど」
「そう? 別にゆっくり着替えればいいと思うよ〜」
「ほら、流石にここは目に毒っていうか……刺激が強いから」
よく「女子の着替えを堂々と覗けたら!」って叫ぶやつがいるけど、同じ部屋に一度いてみればいいと思う。
嬉しい嬉しくない以前に、恥ずかしくてとてもじゃないけど居れるものじゃない。
楽園ではあるけど、同時にある意味地獄みたいな場所だ。女子更衣室っていうのは。……ここはただの教室だけど。
「それで、その……早く着替えたいんだけど」
「うん?」
「えっと、見られてると着替えにくいっていうか」
「あ、ご、ごめんね〜」
そそくさと後ろを向いて、脱ぎかけだったワイシャツを脱いでしまう。
下はスパッツを履いてるからいいとしても、上は流石に恥ずかしい。時期柄まだインナーは着てないし。
早く体操着を着ようと手を伸ばしたところで、ふと視線を感じて振り返る。
「って、うわ!?」
「うわー、直枝君、スタイルもいいねー」
いつの間にか小毬さんたちに加わって椎野さんまで近くに来てボクを眺めていた。
しかもいつ近づいたのか、ぐいっと間近にまで近づいている。
「しかも肌もきれいだし」
「ひゃわ!」
背筋をつつーっとなぞられて、思わず変な声がでちゃった。
それが面白かったのか椎野さんはケタケタと笑う。
「あははっ直枝君女の子みたいな声だねっ。あ、今は女の子なんだった」
「し、椎野さんなにして、ってうひゃぅ!」
「うりうりー、脇腹つんつん」
「ちょ、や、やめてっくすぐったい、くすぐったいから椎野さんっ」
「うーん、ダメっ。だって直枝君、男の子だったのにスタイルいいし、肌もすっごいきれーだし。だからお仕置きっ」
「どんな理屈さっ! って、ひゃぅ、や、背中なぞるのはやめてっ」
ぞわっとした感覚が背筋に走って、その反応が面白いのか椎野さんは余計に人の体をいじってくる。
「ちょ、鈴も小毬さん、も見てないで、とめてよっ」
「う、うにゃ!? で、でも……こ、こまりちゃんどうしよう?」
「え!? う、うーん……りきちゃんも女の子のスキンシップに慣れた方がいいと思うよ? ずっと女の子として過ごすわけだし」
「ずっとじゃないよっ! 出来ればスグにでも元に戻りたいから! ってぅ、だから、背中はやめてっ」
「ほ、ほらきらちゃんっ。あんまり直枝さんのこといじめちゃダメだよ」
二人が妙な気づかいをしてくれてる間に、別の人が気を利かせて椎野さんを止めてくれた。
えっと、確か隣のクラスの人だ。名前までは覚えてないけど、よく椎野さんと一緒にいるのを見るから仲がいいんだろう。
元気がトレードマークの椎野さんとは真逆の、おとなしい感じの人だ。
「いじめてなんかないよっ。ただスキンシップ取ってただけだもん。いいんちょーとして、とーぜんのことだよ」
「でも、直枝さんもいきなりは恥ずかしいと思うよ。ごめんなさい、きらちゃんそういうところちょっとニブいから」
「はあ、はあ……う、うん。とりあえず止めてもらったし。その、ありがとう」
「ニブくなんてないよ! 神北さんも言ってるように、こういうのは早く慣れちゃった方がいいよ」
「うん、そうだよね〜。でも、今のりきちゃんの反応ちょっと可愛かったかも」
「あうっ……」
さっきまでの状態を思い出して、顔が赤くなる。
っていうかボク、まだワイシャツ脱いだままだから下着姿なわけで……思い出したら余計に顔が火照ってくる。
思わず胸の部分を手で隠してしまう。
「でも、やっぱり直枝くん女の子っぽいね。今の行動もすごい女の子っぽいよ」
「〜〜〜〜〜!!」
何気ない一言が、とどめの一撃をボクに加える。
とっさに出た行動をそう評されただけに、グサっと来るものがあった。女の子女の子と連呼されたのも地味にこたえる。
「確かに、今の直枝様の反応にはそそるものがありました」
「うむ。冬篠女史もそう思うか」
「はい。おもわず宮の胸が高鳴ってしまいました」
人が精神的ダメージを負ってる間に、教室内は勝手に盛り上がっていた。
来ヶ谷さんは隣のクラスの人となんか勝手に意気投合してるし、その横にいる人はなんか同情した目でこっちを見てる。
同情してくれるくらいなら、この教室の騒ぎを鎮めてボクに向かう視線を少しでも減らしてほしい。
「さて、理樹君には一つ果たしてもらわなければいけない儀式がある。鈴君、小毬君」
人がショックを受けてる間に、来ヶ谷さんがそういって指を鳴らす。
すると、近くにいた鈴と小毬さんがボクの腕をもって拘束する……って!?
「り、りん!?」
「う、うみゅ……ごめん、理樹」
「小毬さん!?」
「うーん、ごめんねえ、りきちゃん。でも女の子なら通らなければいけない道なのです」
そういって二人はボクの腕をがっちりと掴んで抑えてくる。
気づけば、教室中の視線がこっちを向いていた。
「……やっぱり、こういうイベントは避けてはいけないと思います」
「わふー! いっつあ、いにしえーしょーんっ、なのですー」
「い、通過儀礼ってクド……いったい何されるのさボク!?」
「おーっと、やっぱりやってましたネ! はるちん、ギリギリで華麗に登場!」
「葉留佳さん!?」
なんか、続々と集まってくる人が今はとても怖い!
みんなもう着替え終わってるのに誰一人として体育館に向かおうとしてないし、何より手の動きがなんか怖い。
って、もしかして鈴たちのあの所々おかしい反応って、もしかして時間稼ぎ!? まさか椎野さんもグルだったとか!?
考えたくもないけど、もしかしなくても漫画とかでよくありそうな、あの展開?
「うむ、理樹君のご期待通りの展開だ」
「誰もそんな期待してないよっ!」
「なに、悪いようにはしない。むしろ満足させてあげよう」
「ちょ、まっ……」
にじりにじりと、来ヶ谷さんが手をワキワキとイヤラシイ動きをさせながら近づいてくる。
気分は、包丁をもったモンスターに攻め寄られる冒険者だ。やられる前に逃げるか倒すかしないと、確実にヤられてしまう……!
必死に二人の拘束を解こうともがくけど、二人に怪我をさせるわけにもいかないからどうしても弱くなってしまう。
ああ、そうしてるうちにも来ヶ谷さんがもう目の前に……
「うわあああああああ……!」
抵抗するも虚しく、僕の頭の中で何かが散っていった。
あとがき
描き直し〜……したけど、所々やっぱり違和感が。
そこそこ見る目が上達して、でも技術力は追いついてないイメージ。
とりあえずは、web拍手で意見をいただいたあたりで思い切って話をぶった切ってみました。
あとは、BBSであったなんで他のメンバーはいないのか。
前かいたとき、正直ものぐさが先に立って描写をさぼって……ry
さぼっちゃダメですよねごめんなさい。
あのメンバーが面白そうなことに参加しないわけがない。つまり出てこないことがない。
というわけで書き直しで、おまけに出す予定のないはるちんも出てきました。
出てきたところ「だけ」、今回はちょっと満足した部分かなぁ?
このあと推敲して、もう一度手を加えたのが今の状態になりますー。
更なる厳しい突っ込みがあったらよろしくおねがいします〜
所々気に入らないんだけど、それがどこか気づけないジレンマ〜
人のだと気付くのに;;

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