廊下を歩く。
 一歩進むごとに気分が沈んでいくのがわかる。
 今歩いてる廊下の床は、実は泥で出来ていて、徐々に足を捕られてるんじゃないだろうか。

 その証拠に、ほら。
 視界がどんどん低く、高いところが見えなくなっていく。
 このまま沈めば、何も気にしなくてすむのかな・・・…

「りきちゃん? 背中が丸まってますよ〜」

 そう言われて、肩を引っ張られて姿勢が元に戻された。
 視線が上に向いて、視界が元に戻る。
 無意識に視線が下を向いていたらしい。
 隣に立った小毬さんがボクの肩に手をまわしたまま、にっこりとほほ笑む。

「だいじょ〜ぶ。みおちゃんもきょーすけさんも何かしてくれたみたいだし、心配ないのです」
「ええ。対策にぬかりはありません。ご安心ください」
「西園さんが、そういうなら……」

 一抹の不安を抱えつつ、ボクは出来るだけゆっくりと教室への道を歩いて行った。






直枝理樹ちゃんの受難
 〜初登校?〜







 教室の手前、教卓側のドアの前でボクらは一度止まった。
 普段はあけっぱなしなのに、今日はきちんと締められている。
 姿を見られなくてホッとするけど、逆に中に行くには自ら開けないといけないらしい。

「それでは、直枝さんは少しこちらでお待ちください」
「え? あ、うん」

 そう考えていたら、西園さんが突然そういってボクを引きとめる。

「今からみなさんに説明してきますので、合図をしたら入ってきてください」
「え、でもさっきもう手は打ってあるって」
「はい。ですが、突然入るのも混乱の元ですので」
「ま、しばらく待つだけだ。入りやすい状況に持って行ってやるから、任せておけ」

 それだけ言うと、みんなはボクを残してぞろぞろと教室に入っていく。
 ……一人になって、忘れかけてた不安感が再び湧きあがってくる。
 笑われないか。そもそも、不審がられたリ気味悪がられたりしないだろうか?
 恭介たちはどうやって説明するんだろう? 性別が変わるとか納得させられるんだろうか。
 もし出来なくて、受け入れられなかった場合は……怖くて考えるのを止める。
 恭介たちは大丈夫だと言ってくれた。なら、それを信じて――

「「オォォォォォォォォォォォォォォォ!」」
「な、なに!?」

 突然、ガラスが割れんばかりの雄叫びが響いてきた!
 ボクだけじゃなく、廊下を歩いてる人はおろか周りの教室からも何事だと驚いて人が飛び出て来る。
 そんなことはお構いなしに、クラスの中からは異常な熱気と魂が入った叫び声が響いてくる。

「お前ら、可愛い子は好きか!?」
「「好きだあああああああああ!」」

 恭介の声だった。それに続いて、野郎たちの野太い声が威勢よく声を上げる。

「お前たち、恥じらう理樹が見たいかぁ!?」
「「見たいー!!」」

 続いて、黄色い声も恭介に続いて歓声が起こる。
 ぴっちりと締め切ったはずの教室から、思わず逃げ出したくなるくらい気迫が伝わってくる。
 別の意味で、教室に入りたくなくなってきた……

「直枝さん」
「うひゃ!? な、なに?」
「中にどうぞ」
「う、うん。もういいの?」
「はい。恭介さんが場を作ってくれましたので、安心してください」

 いや、逆に不安でしょうがないんだけど……。
 西園さんが開けた僅かなドアの隙間から、まだかまだかと言わんばかりの感情が漏れ出してきている。
 入るのはとても怖いけど、かといってこのまま躊躇していたらそれはそれで入りづらくなりそうだ。
 意を決して、教室へと一歩踏み出す。
 西園さんが再び中に戻ったドアの残りを、全て開ききる。
 そうして教壇のあたりまで進んだところで(恭介にそう指示されていた)、あえて見ないようにしていたクラスのみんなを見渡した。
 さっきまでの熱気とは打って変わって、嫌に静かな視線が自分に注がれている。
 そのギャップに一瞬戸惑うけど、ぐっと気合いを入れ直して口を開く。

「えっと……お、おはようみんな」

 できるだけ自然に、そして精一杯の笑顔を作ったつもりでそう言った。
 ぽかーんとしたみんなの表情に、笑顔を作ってる頬がヒクヒクとつりかける。
 ど、どうしよう……やっぱり突拍子もなさすぎるんだろうか。
 そう思って、どうしようかとおろおろしだしてると

「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

 再び先ほどまでの静寂を打ち破るかのごとく、教室中が喧騒を取り戻した。

「やばい可愛すぎるぞ!?」
「まて、落ち付け沢口! 元は男だ! 直枝だぞ!? 確かに元から女顔ではあったが、流石に元が男では……はっ!? 一瞬俺は何を思ったんだ!?」
「俺は南だ! 沢口じゃない!」
「これは、新たなダークホースの出現だな。次回の裏人気投票は荒れそうだぜ」
「ねえねえ、ホントに直枝君? ほんとーに女の子になっちゃってるの? 女装じゃなくて?」
「き、きらちゃん落ち着いて。そんなに詰め寄ったら直枝君おびえてるよ」
「きゃあああああああああ! 直枝君直枝君、ちょっーと服飾部に来ない? ちょうどモデルを探してた新作が――」
「まった! 直枝は俺たち写真部が先に借り受けたい! こんな被写体、一生に一度拝めるかどうか」
「いやいや、ここはボクタチアニ研に――」
「「お前になんかに渡すか!!」」
「なんだとー!!」

 なんだろう、この喧噪を見てると昨日から散々悩んでたのがバカらしくなってくる……
 どうしてこの人たちは何の疑問も持たずにここまで騒ぎだせるんだろう。
 いや、もしかしたらただの女装だと思ってるのかもしれない。

「えっと、みんなは特になんの疑問も持たないの?」
「え、だって西園さんのなんだかよくわからない力が暴発してそーなったんだよね?」
「西園さんの?」

 西園さんの方に顔を向けると、一瞬だけ目を合わせてにこっとほほ笑んだ。
 次に恭介の方を見ると同じようにニヤっと笑う。
 なんとなくどう説明したのかが分かってきたようなきがする。

「なんだっけ……NYP、だっけ? 直枝君達がよく試合してる時に出てくる奴。それの影響だって聞いたけど」
「え、あーうん。よくわからないけど多分……」
「だったら納得だよっ。だって、いっつも変なことばっかりしてるし、直枝君たち」
「あ、あはは……」

 それだけでみんな納得したらしい。
 みんなの順応能力に感謝すればいいのか、普段のボクたちの評価を考え直した方がいいのか、どっちだろう。
 とりあえず、みんなはそれでいいらしい。

「ほら、お前らも一旦静かにしろ。それでだ。理樹はこの通り女になっちまったわけだが」

 いい加減騒がしさが酷くなってきたところで、恭介がそう一声かけてクラスメートたちを落ち着かせる。
 クラスの仲間でもないのに一発でまとめられるあたり、やっぱり恭介はすごいのかもしれない。

「原因の予想は西園のNYPだが、どうしてこうなったかがまったくわからん。だから理樹は当分女のままだ。
一部のやつは既に知ってると思うが、理樹は今女子寮に部屋を置かせてもらっている。小毬が世話係だな。
今の反応を見ても分かる通り、理樹をそのまま男として生活させるには色々と不安がある。
分かりやすいのは寮や体育の授業だな。歯止めを失ったやつが理樹を襲う可能性がある」

 うんうん、と一部の男子がうなずいてる……って、そこ堂々とうなづかないでよ!

「着替えや寮、その他の生活基盤が全て女子とおなじになっちまうが、お前らはそれでもいいか?」
「えっと、一応トイレなんかは職員用の場所を使うし、着替えだって別の場所を探してそこでするようにするけど……」
「ダメだよっ! だって、直枝君は今女の子なんだよね? だったら仲間はずれはよくないよ」

 威勢良く立ちあがってそう言ったのは、クラス委員の椎野さん。
 元気で誰とでもすぐ打ち解けるから割とクラスの人気者だ。ただ、ちょっとだけ感性がズレてるところがあるけれど。

「えっと、でも椎野さん。それだとボクがみんなの着替えとか見ちゃうことになるんだけど……」
「だいじょーぶっ。直枝君、元々女の子っぽいからみんな気にしないよ!」

 そう言って元気よく言い切る椎野さんに、何人かがウンウンと頷いて……ってもうそれはいいや。
 クラスの様子をぐるりと見渡しても、反対してそうな人が一人もいない。
 面倒なことがないのはいいんだけど、それはそれで不安なクラスだった。

「じゃあ、今後暫く理樹は女子として暮らすことで問題はないな」

 はーい、と恭介の確認にみんなが元気に答える。
 とりあえず、なんかよくわからないパワーのおかげでボクのことはすんなりと理解してもらえたらしい。












あとがき



今までで一番かきづらかったー
しっかり書くと長くなるし、けど長くなると読むのはつらくなるし。
NYPと恭介とリトルバスターズの騒動に慣れたという設定にされたクラスメートで無理やり乗り切ってますね;;
うむ、便利だ「なんかよくわからないパワー!」。流石西園さん。

今回の話が受難で一番書きたくなかったです! だって一番面倒だから。
うーん、もっとすらっときれいな文章かけるようにしないとですね。
このあたりはキャラクターをある程度自由に配置できるオリジナルのほうがやりやすかったかも。
都合のいいキャラがそんなにいなかったんですよね。恭介壊し続けるのもダメっぽい気がしますし。









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