「るらる〜♪」
後ろで楽しそうに何かを歌いながら、小毬さんが人の頭を梳いている。
丁寧に櫛を入れた後は、色々と髪をつまみながら何やら思案している。
「うーん。理樹ちゃんは髪の長さがとても微妙なので、意外と難しいです」
ひどい言われようだった。
直枝理樹ちゃんの受難
〜初登校?〜
「変わったの、身体だけだからね。……出来れば変わらないでほしかったけど」
「そんなことないよ。うん、理樹ちゃんは可愛いです。だから、おっけーなのです」
「なんか来ヶ谷さんみたいな理論だね」
「えっ? そ、そうかなあ……」
「うん、なんとなく」
「がーん……な、なんかちょっとしょっく」
わかりやすく落ち込む小毬さん。それも、あんまり態度な気がする。
……わからなくはないけど。
まあ、来ヶ谷さんみたいによこしまな気持ちがないぶんずっといいんだけど。
「どんな髪型がいいかなあ。理樹ちゃんはどんなのがいい?」
「別に僕はなんでも、それこそこのままでもいいんだけど」
「それはもったいないよ〜。うーん、エクステとか持ってないし」
「もっと長さがあったほうが、やっぱりやりやすいの?」
「ばりえーしょんが増えるよ〜」
「まあ、ボクの髪型じゃ鈴みたいなポニーテールもクドや来ヶ谷さんみたいなストレートもできないしね」
というか、葉留佳さんも含めて意外と髪が長い人が多いなぁ。
邪魔に思ったりしないのかな。
「こんど一緒にエクステとか買ってみましょ〜。みんなでいろんな髪型して遊ぶと、きっと楽しいよ〜」
「いや、まあ……うん。今度ね」
苦笑しながらやんわりと否定の意味を込めてみるけど、小毬さんには通じていなさそうだった。
もうどんな髪型にしようか考えだしてるっぽいし。
でも、すぐに今の髪型に思考が戻ってきたらしい。
「やっぱりリボンかなあ。うーん、でも」
「あの、あんまりフリフリしたのとか、その、いかにも女の子〜ってのは……」
「理樹ちゃんはイヤ?」
「嫌っていうか……うん、まあ。さすがにちょっとつけるのは恥ずかしいかも」
「可愛いと思うのに……」
目の前に並べられたたくさんの髪飾りを見る。
クリップみたいなもの、ヘアバンドや飾りのついたリボンからシンプルなリボンまで。
意外と、っていったらなんだけど小毬さんは色々もっていた。
「てっきり、その星の髪飾りしか着けないのかと思ってた」
「これ以外は滅多につけないけど、ちゃんと持ってるよ〜」
ちょっと心外です、とおどける様に言う小毬さん。
それしか見たことがなかったから、その髪型が固定なんだとばかり思ってた。
「でも、他の髪型でも願い星はちゃーんと着けますよ〜」
「あ、やっぱりそれは必須なんだ」
「うん。だって、外しちゃったら願掛けにならないしね」
というか、それは願い星だったんだ。
小毬さんは一体、何を願ってるんだろう?
「あ、そうだ。なら理樹ちゃん、こんなのはどうかな?」
何かを思いついたように、小毬さんは再び櫛を入れながらボクの髪型を弄り始めた。
再度櫛を入れられて、丁寧に髪の毛がわけられていく。
そうして一つ二つと、手早く手が入れられていく。
決まると早いのか、ほんの1、2分で済んでしまう。
「どう? 結構上手くいったと思うけど」
「まあ、これくらいなら」
あまり過度な装飾でもないし、小毬さんにしてはひらひらしたものも無い。
なにより、簡単でそこまで目立たないからよかった。
ワンポイントがあるものの、まあ受け入れられるものだった。
「うん、それじゃー理樹ちゃんのメイクアップも終わったので食堂にいきましょー」
「そうだね……うわっ、もうこんな時間だったの?」
壁にかかってた時計をみて、ちょっと驚いた。
時間がもう7時ちょっと過ぎになっている。いつの間に1時間も立ってたんだろう……
「ね? 女の子は時間がかかるのです」
「うん、正直ちょっと驚いた……」
別に、これといって何か大きなことをしてたわけでもないんだけど。
純粋に一つ一つにかける時間や、ちょっとしたことが多かったのかもしれない。
これが男子だったら、多分起きてから10分もしないで食堂へ出かけられる奴だっている。
「それじゃあ、制服はあたしの予備で。サイズが私のだから、ちょっと合わないと思うけど」
「それは別に。むしろ、貸してもらうんだから文句を言う立場じゃないし」
「着かた、わかる?」
「まあ、なんとなく……そもそも、前に一度着させられたしね」
「そういえばそうだったね」
ボクは落ち込んで、小毬さんは若干苦笑いで思い出す。
あの時はまさか、また着るとは思わなかった。
しかも今度は仲間内だけじゃなくて、これを着て教室まで行かなくちゃいけない。
……考えるだけで憂鬱だった。
「でもこれ、スカート短いよね」
「あー、うん……でも、これはこれでかわいいからいいのです」
「かわいい、とは思うけど」
こんな足のほとんど出ちゃうようなスカート、よく学校も選んだと思う。
普通は長いものじゃないんだろうか。
あれ、でも西園さんは普通にひざ丈までスカートがあったような?
今度西園さんに聞いてみよう。
「……悩んでても仕方ないか」
「うん。だいじょーぶ、理樹ちゃんはかわいいから、自信を持ってください。私達が保証するよ」
笑顔で言い切られても、嬉しくはなかった。
けど、とりあえずもう悩むのも嫌になってきたから、おとなしく制服を着ることにする。
足もとがすーすーするのが、とても気になって仕方がなかった。
「今度、スパッツも買っておいたほうがいいね〜」
「あ、スカートの下に着るのに?」
たしか、野球の練習中は小毬さんはスパッツをつけてたような気がする。
……こんな短くてひらひらしたスカートじゃ、つけてないとやってられないと思う。
「うん。一分丈くらいのはいてれば、スカートの中気にしなくていいでしょ?」
「そうだね」
こうしてまたひとつ、買うものが増えた。
なんか、当分は出費が続きそうな気がしてきた。
「へ、変じゃないかな?」
「だいじょーぶ。理樹ちゃんはもうちょっと自分に自信を持った方がいいです」
女子寮を出て、食堂へ行く途中。
だんだん自分の姿に自信がなくなっていく。
足はすーすーするし、髪も普段と違って止めてる部分の引っ張られてる感じが変に感じる。
なにより、今の自分の格好……
「ささ、ごーですよ理樹ちゃん」
「わわっ、押さないでっ」
いきなり背を押されて、慌てて足が前に出る。
と、スカートの端がふわっと浮き上がりそうになって反射的に右手で抑える。
……うう、この制服、動きづらい。
ここに来るまでの途中、何度も同じような事をしたからもう条件反射で手が動くようになったし。
「みんなおはよー」
食堂の、いつもの指定席。
普段は特に集まるわけでもないのに、今日に限って全員揃って食事を取っていた。
小毬さんの声に全員が振り返る。
思わず、小毬さんの影に隠れてしまった。
背が縮んだ今の僕なら、ぎりぎり小毬さんの影に隠れられる。
……隠れた後に、女の子の後ろに隠れる男ってどうだろうと気づいてかなしくなったけど。
「おはよう、こまりちゃん」
「ああ、おはよう小毬。理樹が世話になったな」
鈴たちを筆頭に、みんな口々に返事を返す。
……でも、いつから恭介はボクの保護者になったんだろう。
まあ、恭介はみんなを代表する人ではあるけど……
「ところで、いつまで後ろで隠れてるつもりだ理樹君」
そう声をかけるのは来ヶ谷さん。
考えるまでもなく、楽しんでる声だ。
「ほら、りきちゃん? 恥ずかしがってないで前でて〜」
「う、うん……」
小毬さんにまで促されて、おずおずと前に出ていく。
いやに短いスカートが気になって、思わず手で押さえてしまう。
……全員の視線が集まってるのが嫌でも分かった。
「ほぅ……」
「はぇ〜……」
「……」
「ど、どうかな……」
みんなの反応が気になって、思わずそう聞いてしまう。
けど、ただ黙って見られてれば誰でもそう聞くと思う。
「いや、似合ってるぞ理樹君」
「はいっ。とってもかわいいと思いますです」
「小毬ちゃんプロデュースにしては、ちょっと大人しめですネ」
「にあってるな」
「小さな髪留め二つのみ、というのがまたアクセントになってますね」
口々にそう評価してくれたのは女性陣。
西園さんや葉留佳さんが言ったみたいに、女子の制服を着てる以外は髪飾りだけが小毬さんにつけられたものだ。
小毬さんと同じ、星をモチーフにした髪留め。
小さい星が二つ、僕の右側につけられている。
「なるほど、小毬とおなじ星の髪飾りか」
「そうしてみると、もう完璧に女子だな」
「以外とにあってるぜ、理樹」
「あはは、ありがとう」
うれしくなって、自然と笑みがこぼれる。
小毬さんと一緒に席について、朝食を取ることにする。
「で、理樹君。小毬君とお風呂には入ったのか?」
「ぶっ!!」
一口目を食べてそうそう、それを吹き出しかけた。
「なに!? こまりちゃんと一緒に入ったのか!?」
「りっちゃんも手が早いですね〜」
「私も一緒に入りたいですーっ」
「直枝×神北……いえ、この場合神北×直枝でしょうか?
……TSF物。それも、案外悪くないのかもしれません」
「入ってないよっ!!」
吹き出しかけた物を何とか飲み込んで、そう叫ぶ。
朝っぱらから何を言い出すんだこの人は。
「そうなの。理樹ちゃん、恥ずかしがって一緒に入ってくれません。昨日だって逃げるし」
「いや、普通一緒に入らないから……」
「女の子は結構一緒に入ったりするよ? 男の子はそういうのないの?」
「絶対嫌だよ……」
温泉とか銭湯ならまだしも、普通の風呂で一緒に入るなんてあまり考えたくない。
たとえば真人と一緒に入ると考えると……うっ、想像しなければよかった……
「ま、女子は大抵そんなものだ。というわけで理樹君、今夜一緒に入ろう」
「謹んでお断りするよ」
「なぜだっ!?」
「だって、来ヶ谷さんと一緒に入ったら何されるかわからないし……」
そんないつもどおりの会話をしながら、騒がしく朝食を食べる。
「ま、そんなことはさておきだ。理樹君はもう心の準備はできたのかな?」
「……? んっ、なにを?」
口の中に入ってたサンドウィッチを飲み込みつつ聞き返す。
「無論、教室へ行く覚悟だ」
「……嫌なこと思い出させないでよ」
そんなの、考えるまでもなく憂鬱以外の何物でもない。
なんか、流れで何となく行ってもオッケーに思えてくるけど、改めて考えるとやっぱり普通じゃないんだし。
……本当に行って大丈夫なんだろうか。
そう思うと段々不安になってくる。
「大丈夫だ、理樹」
「恭介……?」
「すでに周りに説明はすんでいる。理樹はただ教室に行けばいい。な、西園」
「ええ。心配しなくても、仕込みに抜かりは無しですよ?」
「……西園さんも何か手伝ったの?」
「はい。私だからこそ、できることもありますから」
「ま、気にせず行けばいい。行ってクラスメート全員を虜にすればいい」
「そ、それはちょっと無理だと思うけど」
「だいじょーぶですリキ。今のリキなら私たちのクラスはイチコロなのですっ」
「うん。今の理樹なら大丈夫だ。自信を持て」
「そんな自信、もちたくないよ……」
けど、一体何をしたんだろう……?
まあ、恭介が手を打ったんなら大丈夫なのか、な。
「うー……何で私だけ別のクラスなんだろ。ちょっと納得がいかないですよっ!」
「俺だってクラスが違うんだ。わがまま言うな」
「いや、お前は元々学年が違うだろ……」
「というか、二人とも休み時間にはちょくちょくうちのクラスに来てるじゃん……」
一日に一回は必ずこの二人はうちのクラスに来てる気がする。
おまけに最近じゃ葉留佳さんを引っ張っていくために佳奈多さんも必ず見かけてる。
「ふむ、ならばさっそくクラスに行ってみるしよう。理樹君の破壊力がどれほどか気になるしな」
「いや、そんなの無いから」
「だいじょーぶ、理樹ちゃんならばっちりだよ」
何がばっちりなんだろう……
ともかく、食事も終わったボクたちは教室に行くことにする。
……席を立った時、ふと視線を感じて振り返る。
特に誰も知ってる人はいなかった。
ぐるっと見渡しても、ボクを見てる人はいない。
……気のせいかな?
「どうしたんだ? 理樹」
「ん、いや。なんでもないよ」
「ならはやく行こう。みんなもう行ってる」
「うん、ごめん」
鈴に呼ばれて、少し駆け足気味にみんなの所に戻る。
後になって思えば、ボクはあまりに無防備だったのかもしれない。
だって、まさかあんなことになるとは思ってもなかったし。
あとがき
旧7、8話を統合したので、こちらが新8話になります。
過去9話部分に入るべき内容のものです。
えっと、統合7話でも描いたんですが、やっぱりプロット作ってないと話が進みません!
なので、ちょいと3、4日〜1週間くらい使って受難を起承転結でプロットに起こします。
その間は、受難の更新はちょっとないかもしれません。

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