「はぁ……」

 ため息をつきながら、箸を口に運ぶ。
 ちゅるんと麺を一本すすって、それを咀嚼する。
 ちょっと太かったからうどんだったらしい。
 せっかくうどんと蕎麦が一緒になってるのが売りのうどんそばも、こうして一本づつ食べてたらありがたみがないかもしれない。
 もう一本、麺をすする。
 今度はそばだった。

「……はぁぁぁ」
「理樹ちゃん? ため息ばっかりついてちゃダメだよ〜? せっかくのおいしい御飯がもったいないです」

 隣でハヤシライスを食べてた小毬さんが、スプーンをピッっと立ててそう言う。
 少し得意げに、言い聞かせるように言うその姿はどこかお姉さん風を吹かせてるようにも見える。
 色々教える立場にあるから、もしかしたらそれを意識してるのかもしれない。

「はぁー……」

 思い返してまた落ち込んできた。
 ため息ばかり出るのも、今は許してほしいと思う。

「ほらまた〜。せっかくの可愛い顔が台無しだよ〜。女の子は、笑ってた方が可愛いのですっ」

 にっこりといつもの笑顔でそう言う小毬さん。
 ……その言葉がさらにため息を誘うのに、少しは気づいてほしいなぁ。
 そう思い、今日何度目になるか分からない溜息をまたひとつ吐いた。





『直枝理樹ちゃんの受難』
   〜つかれた一日の最後の受難〜





「けどよ、なんか今日はやけに見られてねぇか?」

 夕飯も食べ終わって、席もすでに余裕が出てきはじめたのでボク達はそのまま話し込んでいた。
 そんなとき、真人が突然気づいたようにそう言った。

「そういえばそうかも?」
「別にいつものことじゃないのか?」
「ああ。何かと俺たちは目立つ存在だからな、この学校では」

 納得する僕とは別に、鈴と謙吾は「いまさら何を言ってるんだ?」とでも言いたげにそういう。
 けど、それとは別に今日は特に見られてる気がする。
 特に誰を、って感じじゃない。
 けどこっちを窺ってるような視線が向けられてる。そんな感じがした。

「ああ、それは理樹のせいだろ」
「ボクの? でも、別にボクに向けられてるって感じじゃないけど……」

 さすがに自分がじろじろ見られてたら分かると思う。
 今のこれはそういう感じのじゃなくて、もっと全部、ボク達全員に向けられてる気がする。

「そうじゃない。『見慣れた』理樹がいないから、みんな不思議に思って一瞬目を向けるんだろ」
「ああ、なるほど。そういうことか」
「そういうことか」

 得心した、とばかりに謙吾が納得顔で頷く。
 鈴も向かいの席で頷いている。

「つまりだ」

 未だに分からないボクに、来ヶ谷さんが説明を始める。

「連中が探してるのは見慣れた『男』としての理樹君だ。前にも言ったと思うが、この集りの中心は君だ。
 その中心がいなければ、周りの者たちもいぶかしむだろう。それで探す。で、見慣れてはいないが理樹君と分かる者がいて、納得して視線を外す」

 ま、そんなところだろうと言って来ヶ谷さんはお茶を一杯飲む。
 って、ちょっと待った。

「その言い方だと来ヶ谷さん。なんか、ボクが女になってても別にそれほど問題にしてないみたいに聞こえるんだけど……」
「というよりも、気づいてないといった所だろう。いかによく知られた存在の我々でも、そう詳しいところまで知られているわけではない。
 例えば君の身長が少しばかり低くなったところで、『あんなに小さかったのか』と思ってもそこで納得するだろう」
「……つまり、女性化しても直枝さんにはそこまで違和感がない、ということですね」
「うむ、そういうことだ」
「そんなはっきり言わないでよっ」

 二人にきっぱりと断言されて、さらに落ち込む。
 もうこれ以上落ち込むことなんてないだろうって所まで着てるけど、きっと何かあったらまた落ち込むんだろう。

「はっはっは、まあいいじゃないか。考えようによってはむさ苦しい男から可憐な少女へと変化を遂げれたわけだ。
 まあ、理樹君はむさ苦しくはなかったが、どちらにしろ『うっひょい、女の子の体だぜいぇーい』と開き直るればいい」
「開き直れればすごい楽だろうね……」

 きっと来ヶ谷さんが同じ状況に陥ったら間違いなく喜ぶだろうなぁ。
 けど、ならば来ヶ谷さんは男になったと考えてみればいいのにと思う。
 ……それはそれで「これで大手を振って鈴君や小毬君といちゃつける」とか言いだしそうだな。

「ま、なるようにしかならんさ。今日はゆっくりと休むがいい」

 来ヶ谷さんはそう言って席を立って「お先に」と一人寮へと戻っていった。

「だな。ま、心配しても何も始まらない。もしかしたら、明日起きれば治ってるかもしれないだろ?」
「それだったらすごい嬉しいけどね」
「えぇ〜そんなのつまんないよ〜。もっと色々して遊びたいのに」
「だったら葉留佳さん、朝起きたら突然真人になってたらどう?」
「うえぇ〜! そ、それはちょっとゴメンですよ」
「なにぃ!? 朝起きてたら筋肉がたっぷりとついてたら最高じゃねーか!」
「そんな筋肉馬鹿と一緒にしないでくださいよ! っていうか気にするのそっちですか!?」

 どたばたと、葉留佳さんと真人もそのまま食堂を出ていく。
 たぶんまたビー玉で真人を転がしてるだろうから、帰りは足元に気をつけないと……

「元気出してください、リキ。きっといいことありますです」
「何事も諦めが肝心、ですよ?」
「はは、ありがとうクド」

 明らかに楽しんでるだろう声を無視して(少し不満そうだったけど)、クドにお礼を言う。
 二人もそのまま食堂をでて寮に戻っていく。

「今日はお開きだな。ま、なにかあったら何でも相談してこい。力になるぜ」
「恭介だけじゃなく、俺やみんなを頼れ。理樹一人じゃ無理でも、俺たちみんななら解決できる」
「うん……ありがとう、二人とも」
「んじゃま、おやすみな」
「それじゃあな」

 二人もそう言って部屋へと戻っていく。

「では、わたしもこれで。直枝さん、女子寮で悪さをしてはいけませんよ?」
「しないよっ!」
「冗談です。……それでは」

 相変わらず不穏な発言を残して西園さんも帰っていく。

「それじゃあ、私たちも帰ろっか」
「そうだな。理樹、いくぞ」
「うん」

 ボク達三人も、寮に変えるために席を立つ。
 最後にきちんとテーブルの上を拭いて、コップを返却口に返してから食堂を出た。





「って、やっぱり帰るのはこっちなんだよね……」

 女子寮の入口を前にして、再びため息が出る。
 今の僕の部屋は女子寮にあって、そうなれば帰るのは当然女子寮ということになる。
 当たり前といえば、当たり前だ。

「理樹ちゃん? なにしてるの〜?」
「早くしろ理樹。流石に夜は少し寒い」

 すでに中に入った二人が、早く入れと急かしてくる。
 躊躇や未練、それに気恥ずかしさとか色々あって悶々としてるんだけど、二人には伝わらないらしい。
 けど、うじうじしていても仕方ない、と開き直ったつもりで足を勧め出す。

「……でも、やっぱり夜に入るのは少し緊張するよ」
「んー? どうして?」
「どうしてって……」

 なんでわからないんだろうと考え、けどもうその考えも今日一日で使いすぎてすでに飽きた。
 なにより、考えるたびにむなしくなるのが嫌になってきた。

「……うん、もうあんまり気にしないことにしよう」

 とりあえず、言葉の上だけでも開き直ることにしよう。

「ようし?」
「うん。なっちゃったものはしょうがないよね。ようしっ」
「うんっ。何事も前向きが一番です」

 小毬さんの前向きマジック。
 とりあえず気持ちだけは上を向いた。

「それじゃ、帰ろう理樹ちゃん」
「うん」



「はあ〜今日は疲れたー……」

 ばふっとベッドの上に顔から倒れこんで、そのまま目を閉じる。
 そうしてたら、今日一日の疲れが一気に出てきたみたいだ。
 色々な疲れが、特に精神的な疲れが大きい一日だった。
 あぁ……やわらかいベッドが気持ちいい。
 ふかふかの布団に、ちゃんとスプリングの入ったベッドマットがついたベッド。
 男子寮のベッドとは明らかに物が違っている。
 あっちは簡素な二段ベッドだしなぁ……男子寮も改装が済めば同じような作りになるんだろうか?

「……もうこのまま寝たい」

 やわらかく沈み込むベッドと共に、意識もそこに溶けるように形を無くしていきそうになる。
 そのまま寝そうになってると、たしなめるような声が隣から聞こえてくる。

「ダメだよー理樹ちゃん。きちんとお風呂に入らないといけません」
「分かるけど……うぅ〜」

 このまま寝ちゃいそうな頭を無理やり起こしてぶんぶんと振る。
 眠気を吹き飛ばすようにして、勢いをつけて跳ね起きる。
 とりあえず、シャワーだけ浴びて寝よう。

「ごめん、先にシャワーだけ浴びてもいい? さすがに眠くて……」

 本当なら小毬さんに先に譲るべきなんだろうけど、起きていられる自信がなかった。
 特に小毬さんはお風呂が好きみたいだし、ゆっくり入ってほしいし。

「ふぇ? ダメだよ〜」

 けど、小毬さんは

「ちゃんと『お風呂』に入らないとダメです。お湯につからないと疲れ取れないよ?」

 と、そう言ってボクの意見を却下してくれた。

「それに、女の子はきれいにしてないとダメです。せっかく可愛い女の子になったのに勿体無いよ」
「うん、普段ならちゃんとはいるけど、流石に今日は眠くて……」
「特に今日はお外でいっぱい動いたから汗もかいちゃったでしょ? ならやっぱり入ったほうがいいよ」

 みごとに話をスルーされる。
 こう言う時の小毬さんは妙に譲らないから、ちょっとめんどうな事になってきた気がする。

「あ、そうだ〜♪」

 そして突然手をパンと合わせながらまさしく「思いつきました」と言わんばかりに笑顔を浮かべる。
 ……めんどうな予感が嫌な予感に変わる。

「理樹ちゃん」
「な、なに……?」

 ずいっと寄ってくる小毬さん。
 思わず一歩引いて身構えてしまう。
 眠かったはずなのに一気に目が覚めて、頬になぜか冷汗が伝った。

「一緒にお風呂にはいりましょ〜♪」

 やっぱり!
 なんとなく、前拉致られたお泊り会の時に鈴を誘ったときと似てるからもしかして、とは思ったけど……

「い、いや、流石にそれは……」

 手を振ってやんわりと拒否しながら、ちょっとずつ後ろに下がる。
 けど、ベッドの上にいるからあまり後ろには下がれない。なんだか追い詰められてる気分だ。
 これが来ヶ谷さんならからかい100%だからかえって断りやすいんだけど、
 小毬さんの場合善意100%だから逆に断りづらい。

「そうだよね、よく考えたら理樹ちゃんは女の子初心者さん。色々分からないこと多いよね」

 とんとんと勝手に小毬さんの頭の中で話が進んでいく。
 こうなったらもう人の話は殆ど聞いてくれない。

「でも、だいじょ〜ぶ。私がちゃんと教えてあげますっ」

 本人は絶対気付いてないけど、冷静になれば結構凄いことを言ってる。
 って、押されてる間にもう小毬さんが準備を始めてるし!
 このまま放っておけば絶対昼間みたいにあっという間に連行されるにきまってる。

「わ、わかったよ! ちゃんとお風呂に入るから、先にお湯貰うね!」
「あ、理樹ちゃんー!」

 ばばっとお風呂に入る道具をまとめて、逃げ込むようにしてシャワールームに入っていく。
 後ろで小毬さんの声が聞こえた気がするけど、気にしてられない。

 予想はしてたけど、やっぱり色々気を使いそうな日が始まりそうだった。



「はぁ……ほんとに今日は疲れたよ……」

 お湯につかりながら、体中の力を抜く。
 お風呂のへりに体を持たれかけて、だらーっと腕を下ろす。

「ん……」

 けどすぐに違和感を感じて、少し体をずらす。
 まだ慣れないものがへりにあたって、微妙に痛かった。

「……ほんと、なんでこんなことになったんだろ」

 本来自分にあるはずのないものをみて、すぐに視線をそらす。
 自分のだって分かっても、やっぱりまだ直視はできない。
 逆に、あるべきものがない感覚が同じように落ち着かない……そっちはさらに直視できないけど。

「はぁ、これからどうすればいいのかなぁ」

 背でもたれかかる姿勢に変えて、天井を見上げる。
 男子寮には各自の部屋にお風呂はついてなくて、共同のシャワールームや浴場だったけど、女子寮は各自の部屋に付いている。
 その上で大浴場もあるらしいけど……本当に男子寮とは設備が違いすぎる。

 けど、今はそれで助かっている。
 さすがに大浴場や共用のシャワールームだけだったらボクには使い辛すぎる。
 いくら性別が変わったからって、そこに入るわけにはいかないだろう。
 そもそもボクがまず入っていけない。

「って、体育の授業とかトイレとかどうすればいいんだろう……」

 よく考えたら、明日は普通に学校があって授業もある。
 つまり、教室に行かなくてはいけない。
 ……女装したってことにすればいいんだろうか。
 って、それじゃあどっちにしたって変態扱い決定だ。
 けど、珍獣扱いよりはずっとマシだろうか?

「……どっちもやだなぁ」

 まわりがあんまりに普通に受け入れてるからつい気軽に思ってたけど、よく考えたらまずありえないし。
 ……考えるとさらに落ち込みそうだから、今は忘れよう。
 お湯を抜いてお風呂を上がる。
 そのあと軽く洗ってから、お湯を張って脱衣所へと出た。



 ……のはいいんだけど。

「……どうやってつけるんだっけ」

 下を穿いて(穿くときにとても虚しくなって、何か壊しちゃいけないものが壊れた気がした)、もう一つ憂鬱な作業があるなぁと思った矢先。
 男ならまず用のない布切れを目の前にもって、そのまま動きが止まる。
 簡単に言えば、着け方がわからないのだ。
 ……ブラジャーの。

「まぁ、知ってた方が怖いんだけど……」

 けど、今は知らないととても困る。
 着けたくはないけど、やっぱり着けなきゃいけないんだろう。
 せっかくみんながあれこれ選んでくれたんだし、そのみんなの時間は無駄にしたくない。

 肩ひもに腕を通してホックを止めればいいんだろうけど……どうにもホックが止まらない。
 僕が不器用なだけなのか、それともコツがあるのか。
 どっちにしても止められないのには代わりがないんだけど。

「……気が進まないけど、聞かないとどうにもならないよね」

 気が進まないっていうよりは、すごい恥ずかしい。
 上半身裸なのを見られるのも恥ずかしければ、ブラの着付けをしてもらうのも、それを頼むのも全部が恥ずかしい。
 ……けど、うじうじしててもしょうがないのも事実だ。
 うん、こう言うのは恥ずかしいと思うからきっと恥ずかしいんだ!
 あえて普通に行けばきっと恥ずかしくないはずだ。
 小毬さんだって聞いたところでなにも言わず普通に教えてくれるだろう。
 小毬さんに聞こう。……ようし。

「あの、小毬さん……ちょっといい?」
「ふぇ? なに〜?」

 コンコン、と脱衣所のドアを軽く叩きながら、これ普通は逆だよなぁと思いつつ小毬さんを呼ぶ。
 普通に部屋の中にいてくれたのか、すぐに来てくれる。

「ちょっと教えてほしいことがあるんだけど、その……」
「うん、何でも言って。それで、どうしたの?」
「えっと、なんていうか、聞きづらいんだけど……あの、ね? その、ぶ、ブラジャーって、どうつければいいの?」
「ふぇ?」

 不思議そうな声が扉の向こうから聞こえる。
 あれ、もしかして変なこと聞いた? で、でも付け方なんてわかるわけないし、試しては見たけどなんていうか上手くいかなかった。
 小毬さんのその不思議そうな声で、一気に不安な気分になってくる。
 やっぱり変に思われちゃったのかな……
 けど、その答えは予想してたのとは少し違った。

「えっとね、理樹ちゃん。夜はブラは着けないんだよ」
「……へ、そうなの?」
「うん。だって、寝る時までつけてたら苦しいでしょ?」
「いや、でしょって言われてもわからないけど……」

 けど、思い返せばあの押さえつけられた感覚が寝てる時もあるって考えると少し窮屈かもしれない。
 そっか、てっきり四六時中つけてるのかと思ったけどそうでもないんだ。

「うん、まぁブラは朝起きたときでいいと思うよ。明日その時に教えてあげるね」
「う、うん。ありがとう。その……変なこと聞いてごめんね」
「ううん、全然おっけーですよ〜。だって私、理樹ちゃんの教育係だからね」

 にこやかな笑顔で言ってそうな声で、小毬さんがそう言った。
 いつの間にそういう係になってるんだろう……
 いや、確かにあまり間違ってはないけど。

 その後、ボクはラフなTシャツだけ着て小毬さんにお風呂を譲る。
 きちんとお湯を張っておくことも忘れなかった。
 すごい疲れてたボクは、小毬さんが上がってくるのを待つ前に気が付けば眠りに落ちていた。







あとがき

はい〜。というわけで受難第6話です。
EX発売したりなるかなFDでたりで更新が遅くなって済みませんでした〜;;
その間に設置してたりしたWeb拍手で何人かにまだかーって突っ込まれちゃいました。
けど、「ああ、楽しみにされてるのかなぁ?」と思ってうれしかったです〜♪

あ、今回は疲れてるから対話式じゃなくてスイさん一人のあとがきになります。
ちょっと書くのと離れると、あっという間に手が鈍りますね……絵と一緒です。
こう、キャラが動いてくれないのです。
この6話だけで(その間にCo-de描いたりスキー書いたりWE描いたりしてるんでぶっ通しじゃないですが)4日かかりました。

今回は理樹と小毬がメインの話になってますね。
まあ帰宅〜就寝までのお話なのでそうなるんですが;;
お風呂のあたりは、とりあえず初日なんであんな感じです。こまりんの天然に理樹ちゃんが何時まで逃げ切れるかは不明ですけど。
そのシーンを書くかどうかも不明ですけど!


っと、そうでした。
実はこっそり5話の展開が変わってます。
恭介をぶっ飛ばした後、理樹はそのまま学校へと戻ってます。
やっぱ服選びはもっと後でまたやりたいなーと思ったんで。
公開して、書きなおすのは悪い癖ですね;; WEがいい例ですが。

ではでは、また次回に〜








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