「ふむ、改めてみると顔つきもどことなく変わっているな」
腕を組んで、来ヶ谷さんが顔を覗き込んでくる。
「ですね〜。あごとかチョット丸みをおびてますネ」
葉留佳さんはなにやら箱の中をがさがさと漁りながら、探し物をしている。
「元々きゃしゃな体も完全に丸みを帯びています。特に肩幅が完全に小さくなっていますね」
いつも通り静かに、けれどどこか楽しげに言っているのは西園さん。
というか、明らかに普段より口数が多い。
「リキの背が縮んだので、少し話しやすくなりました」
クドはうれしそうにそう言う。
「私と一緒くらいだねー。お休みの日とか服、取り換えっこしようね」
小毬さんはどの服を着せようか悩んでいる。
あのひらひらはちょっと嫌だから、何か逃げ道を考えておかないと……
「理樹、謙吾が荷物を持ってきてくれた。とりあえず教科書と着替えらしい」
鈴が荷物を床に置いてくれる。
それから、と鈴はキーホルダーの付いた鍵を僕に手渡す。
「寮長からだ。事情はわかったから、入寮を歓迎する、だそうだ。鍵を渡してくれと頼まれた」
「ああ、うん……ありがとう」
複雑な気持ちで、鍵を受け取る。
簡素なプレートのキーホルダーが付いた鍵だ。おそらく、マスターキーだろう。
女子寮の寮長も僕が入ることについては何も疑問を抱かないらしい。
今日もう何度目になるか分からない、深いため息がまた出た。
『直枝理樹ちゃんの受難』
〜初日、受難始まりの日・その3〜
とりあえず女子寮に連れてこられた僕は、今来ヶ谷さんの部屋に集まっている。
まだ部屋を割り当てを知らなかったので、一番近い部屋に集まって今後のことを決めようということだった。
「さて、いいかげん理樹君の諦めがついたところで」
「いや、まだ完全に納得したわけじゃないけど……」
「先ほどの恭介氏の様子を見てもかね?」
言われて、ピシリと表情が固まる。
恭介……今なら、鈴の普段の態度の理由が少しわかる気がする。
「さて、いいかげん理樹君の諦めがついたところで」
僕の様子を見て、もう一度来ヶ谷さんが同じことを言う。
今度は何も言わなかった。
ごめん、恭介……その反応を見たらちょっと信用できないよ。
「誰が理樹君のルームメイトになるかだが」
来ヶ谷さんがそういった瞬間、部屋の空気が一変した。
「んにゃっ!?」
鈴が驚いて、僕の後ろに隠れる。
正直僕も隠れたい。なんていうか、特におかしいところなんて何もないのに、みんなが何故か怖い。
「とりあえず希望するものは挙手をすること」
ビシッ、バッ、シュパッ
鈴以外の全員の手が上がったっ!
「ふむ、やはりというか、多いな」
「いやいや、こんな面白そうなこと逃せませんヨ」
「はい。直枝さんを染める、いいチャンスです」
何やら不穏なことを言う二人。
葉留佳さんは当然のことだけど、今の西園さんも別の意味で何をするのか分からなくて怖い。
むしろ、本能的な何かは西園さんの方をむしろ警戒している。
「やっぱり、理樹君が困ってるなら助けてあげたいよ」
「はいです。それに、リキがルームメイトならきっと楽しいです」
こっちは善意100%で言ってくれているのが分かる。
けど、クドのその発言は二木さんが聞いたら怒りそうな気がする。
「ふむ、私もこんな面白い物を逃す気はない。鈴くんはいいのか?」
「いやじゃボケっ! 理樹と一緒の部屋なんて恥ずかしすぎるっ」
「まあ、それもいいだろう。で、誰を選ぶんだ理樹君」
来ヶ谷さんの声に、みんなの視線が僕のほうに向けられる。
なんだろう、さっきも感じたけどなんかみんなの視線が怖い。
みんないつも通りの表情なのに、それがかえって怖さを強調している。
「えっと……突然言われても答えられないんだけど」
というか、女子の誰かと相部屋って時点で恥ずかしすぎて誰も選ぶことなんてできない。
できれば男子寮で今までの部屋、無理でも一人部屋をとりあえずあてがってもらえると一番うれしいんだけど。
……さっきの恭介の様子が、その考えを否定する。
あれはなんていうか、本能的な恐怖があった気がする。
「なんだ、私たちでは不満か? 理樹君もなかなか贅沢だな」
「いやそうじゃなくて。なんていうか、その……やっぱり恥ずかしいよ」
誰かと一緒の部屋で過ごすことを考えてみる。
――いつか来ヶ谷さんが言っていたことを思い出す。
寝食を共にするということだろう――夜寝てる時に――風呂上がりに上気した顔で『いいお湯でした』なんて状況――
うあっ! 考える前になんかいろいろマズイ気がして恥ずかしくて顔が赤くなる。
「あぁ……恥ずかしがる理樹君もまた可愛い……」
「わわわ! 理樹君どうしたの!? 顔真っ赤だよ」
「きっと直枝さんの頭の中ではルームメイトになったわたし達のあられもない姿が……ぽ」
「してないしてないっ! そこまで想像してないからっ」
不穏当な発言をする西園さんを慌てて止める。
とりあえず、そう簡単に決められるような事じゃない。
特に、下手に選んだ場合はなにか甚大な被害を受ける気がする。
どっちにしても選ばなきゃいけないなら、慎重に考えた方がいいかもしれない……
「ふむ、まあそう簡単には決められないか。なら、一人づつ自分の事をアピールしていってそれで決めるというのはどうだ?」
「アピール?」
「うむ、私を選んでくれるとこんないいことがありますよ、というアピールだ。どうせルームメイトになるなら楽しい方が理樹君もいいだろう」
「それはそうだけど……」
なんか、妙な展開になってる気がする。
そもそも僕と同じ部屋になる人を決めるだけなのになんでアピールとかそういう話になっていくんだろう。
「わからない、か。君は少し鈍感に過ぎるな……」
「? どういうこと?」
「まあいい。それが君のいい所でもある。気にするな。で、この方法で決めるということでいいかな、理樹君?」
「あ、うん。別に僕は誰でも――」
「ふむ、いまいち歯切れの悪い返事だな。ならば、鈴君も一緒に判断してあげるといい」
「ん、あたしがか?」
突然話を振られた鈴が、何故だと隠れていた背中から出てくる。
というか、まだ隠れてたんだ……
「ああ。鈴くんはルームメイトにはならないんだろう?」
「うん」
「それに、理樹君とも幼馴染で過ごした時間も長い。理樹君に相応しいと思うルームメイトを理樹君にアドバイスしてあげるといい」
「そういうことか。わかった」
ちりんと頷いて、鈴が了承する。
ついでに司会進行を任された鈴は、若干戸惑いつつもそれも了承した。
「では鈴君、順番にアピールする人を指名していってくれ。各人、持ち時間は1分でいいだろう。その間に理樹君に自分の事をアピールするといい」
「なんかそういわれると妙に気恥しい気がしてきますネ……」
「別に他意はない。それとも、葉留佳君は何か別の事を想像したのかな?」
「んんんなことないですよっ。さ、さっさと始めちゃいましょー」
「よくわからんが、はじめていいのか?」
「うむ、順番は任せる。始めてくれ、鈴君」
「なら、最初は小毬ちゃんだ」
「ふぇ? 私? うーん……」
突然振られた小毬さんは、何やらうーんと悩みながら話し始める。
「えっと、色んなお菓子がいっぱい食べられるよ〜。あと、理樹君を可愛い女の子にしたてあげちゃいます♪」
なんというか、とても小毬さんらしい。
でも、後者の方は少し遠慮したい……
「えへへ、服とか買ったら一緒に取り換えっことかして遊ぼ」
「小毬ちゃんは終わりか?」
「うん」
「じゃあ次は……クド」
「私ですかっ。そーですねー……一緒にお勉強したりお茶を飲んだりしたいです。あと、お料理とかも一緒にしたいです」
こっちもクドらしい。
「ふむ……小毬君、クドリャフカ君。おねーさんと一緒の部屋で暮らさないか?」
「ほわ!? ゆいちゃんと?」
「来ヶ谷さんとですかっ!」
「って、趣旨変わってるよ来ヶ谷さんっ!」
「いや、二人の提案を聞いて一緒の暮らしを想像したらついつい……」
真剣な顔でそうつぶやく来ヶ谷さん。
二人は若干困惑気味に苦笑を浮かべている。
「次は……そーだな、はるか」
「私ですねっ! んー、そうだねー。私と一緒なら飽きないよ」
あー……うん、なんとなくわかる。
「ふっふっふ、夜も寝かせる暇なんて与えませんヨ」
「いや、夜は寝かせてほしいんだけど……」
「なにぃー! はるちんの誘いが受けられないってんですかいー!?」
「なんかすごい理不尽にキレられてるんだけど!?」
「夜も寝かせない……想像しただけでもうおねーさん悶絶しそうだよ」
この人はまた別なところで反応していた!
「理樹」
「ん、なに鈴?」
「はるかはやめておけ」
「えーーーーー!? 何それ鈴ちゃん!?」
「はるかはきっとうるさい。苦労する」
「いきなりダメだしされた! しかもはるちんの取り柄を全否定!?」
がーんと声に出してショックを受けてる葉留佳さん。
なんていうか、鈴と葉留佳さんって微妙に相性悪いよなぁ。
「けど、理樹がいいなら別にいいと思う」
「あー……まあ私と一緒だと確かに騒がしいことは確かデスネ。でもでも、きちんと女の子のルールとかも教えてあげられるよ」
あ、なんか初めてまともな提案を言ってもらえた気がする。
こう見えて葉留佳さん、結構人には気を使う人だからそういうのはかなり詳しいかもしれない。
ただ、それを打ち消すくらい騒ぎを巻き起こすのも葉留佳さんだけど……
「つぎはみおだな」
「私ですか……そうですね」
そういって西園さんは長考に入った。
持ち時間の半分以上を使った後、ようやく口を開く。
「やはり、本でしょうか。色々な本がありますので、飽きることはないと思います」
ぽつり、といった言葉はやっぱり西園さんらしいものだった。
「あと、直枝さんには是非とも開眼していただきたい世界があるので、新しい世界を教えてあげます」
が、次の一言ですべてが台無しだった!
「い、いや……その世界は少し遠慮しておくよ」
「そうですか……残念です」
きっとその世界は見ちゃいけない世界だ。
深く考えるのも怖いからそれ以上は頭の中から追い出すことにした。
「最後だ。くるがや」
「ふむ、トリは私か」
そういって来ヶ谷さんはおもむろに立ち上がる。
「つべこべ言わずにおねーさんのものになれ、理樹君」
いきなり命令口調だった!
「今の理樹君はとても可愛い。なのに、それを十全に楽しめないのは酷というものだろう。
朝の寝ぼけた理樹君やお風呂上がりの上気した理樹君をみてはぁはぁしたい。そしておねーさんの色に徐々に染めていってあげよう」
「いやだよっ」
思わず全力で断る。
不満そうに来ヶ谷さんは眉をひそめる。
「何が不満なんだ? 私は自分のテクニックには自信があるぞ。きっと理樹君を満足させてあげよう」
「そういう所が不満だよっ! っていうか、それじゃ恭介とおんなじじゃないか!」
「む……恭介氏と一緒か……」
なにやら複雑な表情でそうつぶやく。
でも、来ヶ谷さんを選ぶと確実にそうなる気がする。
クドや小毬さんが普段来ヶ谷さんに弄られてるのを見てるだけに、余計に選べそうにない。
とりあえず、これで全員のアピールが終わった。
「で、いったいだれを選ぶんだ理樹君は」
全員の視線が、こっちを向く。
う……なんかいやに怖い。
なんともいいづらい雰囲気が部屋中に漂っている。
さて……誰を選べばいいんだろう。
「うーん……」
とりあえず、来ヶ谷さんと西園さんは論外として……この二人はやっぱり怖すぎる。
となると、小毬さんかクドか葉留佳さんだけど。
葉留佳さん……は頼りにはなると思うけどやっぱり少し騒がしいかもしれない。
なんというか、さらに手のかかる真人と同室になるようなものかも。
たとえば、ノートを写されたり間違ってダメにされたり……
それに、今後の事を考えると同じクラスの人の方がいいかもしれない。
それだとクドか小毬さんだけど……
「小毬さん……かな?」
「ほええっ!? わ、わたし!?」
「うん、頼りになって一番安全そうなのは小毬さん、かなって」
クドも頼りにならないってわけじゃないけど、小毬さんの方がこういう人の世話とかは得意そうな気がする。
同じくらい世話も焼かされそうな気がするけど……
「うん、小毬ちゃんならあたしもいいとおもう」
「ほえええええ。わ、わたしでいいならっ」
「うん……いいかな、小毬さん」
「もちろんだよ〜。よろしくね、理樹君」
「ふむ、まぁ妥当な結果、といったところか」
「デスネ。小毬ちゃん人の世話とかよく焼いてますから、上手そうですし」
「同じくらい、直枝さんがお世話をすると思いますけど」
「う、うああああん。みおちゃんひどいぃ」
「冗談です」
「小毬さんならリキに色々教えるのも上手そうです」
「えっと、それじゃあ小毬さん、迷惑掛けると思うけど、よろしくね」
「うんー。それじゃあ、私ちょっと部屋に行って荷物とかまとめてくるよ」
そういって小毬さんはぱたぱたと部屋を出て行った。
「では、我々は理樹君と小毬君の愛の巣の引っ越し作業でも手伝うとするか」
「ちょ、来ヶ谷さんっ!」
「はっはっは、冗談だ。では葉留佳君たちは先に行って軽く掃除をしておいてくれ。私と理樹くんは残りの荷物を取りに行こう。
鈴君も一緒に来てくれ。棗兄が暴走しそうな時に止めてもらいたい」
「まかせろ。理樹はあたしが守る」
「頼もしいナイト様だな。ではいくとしよう」
その後、案の定部屋に戻った僕たちに泣いてすがってきた(今思うと謝ろうとしてたんだと思うけど)恭介を鈴が蹴り飛ばし、
なんで部屋を出ていくんだと暴れる真人を謙吾に抑えてもらっている間に僕たちは荷物をまとめて運んで行った。
手紙を預かった鈴によるあとがき
「棗鈴だ。今回は作者から手紙を預かっている。ノートの切れ端一枚だけだ。
ん? ノートの切れ端一枚? なんだこれは。
なになに……『書くのがめんどくさくなったから今回はあとがき無し。今回は理樹のルームメイトを決める内容でした』
ってなんじゃこりゃー! ちょっとまて、ほんとにこれでおわりなのか!?
あたしの役目はもう終わりなのか!?」
end

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