1stBGM:シンクロニクル
結局、またひどい雨に降られた。
なるべくアパートの入口で雨水を払ってきたけど、まだ毛先からぽたぽたと雫が落ちてる。
手で絞りながら、チャイムを押す。
家を出る前に感じた罪悪感は、全て封じ込める。小毬さんを不安にさせてはいけない。
いくつもある守りごとの中の一つだ。
押すと同時に、ぱたぱたぱた、どてん! と部屋の奥から聞こえてくる。
絶対いつも同じ場所で転んでるよなぁ、小毬さん。
苦笑しながら待ってると、やがてドアが開いた。
「い、いらしゃい〜理樹君っ。待ってたよ〜♪」
額に手を当てながら、半泣き半笑いで出迎えてくれる小毬さん。
エプロンをしてるってことは、夕飯でも作ってたのだろうか? 少し早気がしなくもないけど。
「って、うわわわわ! 理樹君がびしょ濡れ!? 水も滴って理樹君ったらいい男の子!?
ってそんなこと言ってる場合じゃないぃ〜〜! と、とにかく入って。早く拭かないと風邪引いちゃうよ」
「うん、それじゃあお邪魔します」
できるだけ水気を払って、敷居をまたぐ。
すぐに小毬さんが奥からタオルを持ってきてくれる。
「わっぷ、じ、自分で拭けるよ、小毬さんっ」
「いいからいいから〜まかせちゃいなよ、ゆー♪」
実に楽しそうに、僕の頭をわしゃわしゃと拭いてる小毬さん。
鼻歌なんかを歌いながら、丁寧に髪の毛が痛まないように、水分を取ってくれている。
それはとりあえずいいんだけ、ど
「けど、小毬さん料理の途中だったんじゃないの? エプロンしてるけど」
「え? う、うわわわわぁ! わ、わすれてたぁ〜」
やっぱり忘れてたんだ。
ばたばたとキッチンに駆け込んでいくけど、時すでに遅し。
玄関にまで微かに焦げくさい匂いが届き始めている。
溜息をつきながら、僕はタオルで体を拭きながら部屋の中へと入って行った。
Co-de 〜とじたせかい〜 二項目「小毬」
「うう〜ごめんね理樹君。せっかく来てくれるから美味しい料理作ろうと思ったんだけど……」
「いやまぁ、小毬さんのおっちょこちょいは今に始まったことじゃないし」
苦笑しつつ、僕らは並んでキッチンに立つ。
「うーん……やっぱり私っておっちょこちょいなのかな」とか呟きながら、小毬さんはルーの様子を見ている。
作っていたシチューが焦げてしまい、今は代わりにカレーを煮ていた。
どっちにしても、僕はまだ食べたばっかりだったから時間がかかる分には問題はなかった。
大体出来上がったら弱火にして、キッチンを離れる。
黄色の淡い色調で整えられた部屋は、どちらかといえば重めの落ち着いた色調で整えられた僕らの部屋とはある意味正反対だった。
部屋の中心に備え付けられたガラステーブルには、描きかけの紙とパステルが散らばっていた。
床にも何枚か描きあがった絵が置かれている。
小さく描かれた絵柄の余白には、小毬さんの丸い字で文字が書かれている。
「絵本描いてたの?」
「うん。ちょっと思いついたのがあってね。あんまり気にいってないんだけど……」
苦笑いをしながらいう小毬さんに、見ていいか聞いてから描きあがった紙を見る。
森の動物の話だった。
たいせつなたからものをさがすたび。
みんなたいせつなものをみつけていなくなっていく中、最後の3人はいつまでたってもみつからない。
「途中までだけど、面白そうだね」
「ありがと。でもね、多分それは完成しないんだ……」
寂しそうな表情で目を伏せながら、小毬さんがそう言った。
何も云わずに、僕は紙を元に戻して、ついでにページごとに整える。
小毬さんはよく絵本を描いて過ごしている。
最初はノートに書かれるだけだった絵本は、やがてスケッチブックに移り、今は1枚紙に1ページごとに描かれるようになっていた。
でも……完成したことが一度もない。
いいところまで行っても、必ず途中で止まるのだ。
描きかけの絵本はすでに2桁は溜まっている。
「何度も何度も考えても、答えが出ないの。いつも迷子。みんながたどりつく中、主人公たちはたどり着けない」
なんとも言えない表情で言う小毬さん。
その内容は、なにも今回だけに限ったものじゃなかった。
今まで描き上がらなかった絵本全部が、その内容だった。
終わらない絵本。見つかるみんな。見つからない3人。
それが、小毬さんの今の絵本に共通するものだった。
そして、それが小毬さんの今の状態。
「一体何を求めてるんだろう……」
遠い目になって、考え事を始める小毬さん。
……ちょっとヤバい傾向かもしれない。
「大丈夫だよ小毬さん。次は完成するって。僕も一緒に考えるからさ」
「うん……」
「さ、ご飯ができるまで勉強始めよう。大学行くんでしょ?」
「……うん。行きたいな。理樹君とりんちゃんと一緒に」
そういって、小毬さんは絵本の道具を片付けて、勉強道具を広げ始める。
僕の役目の一つは小毬さんの状況を定期的に見ること。
そして、もう一つは小毬さんに勉強を教えること。
「この前はどこまでやったっけ?」
「積分かなぁ・・・…? うう、数学は少し苦手だよ〜」
「でもその分国語と英語が得意じゃない小毬さんは。僕たちの大学はどっちかっていえば文系だから、数学は2年までの知識で大丈夫だよ」
「そうだけど〜……うう〜」
小毬さんは、事故以来一度も学校へは行っていなかった。
それだけじゃない。
小毬さんは、あれから僕以外の人にはほとんど会ってないといっても過言じゃなかった。
「さ、始めよう。そして終わったらご飯食べて、絵本の続き一緒に考えよう」
「うー……ようしっがんばっちゃいますよー!」
「そうそう、その意気だよ。それじゃあ、まずは前の復習から――」
「どうかな、理樹君?」
「うん、美味しかったよ。流石小毬さんだね」
「えへへ〜お粗末さまでした。でも、理樹君の料理もおいしいよ」
笑顔でいって、小毬さんが食器を下げる。
カレーのお皿を水につけて、パタパタと戻ってくる。
「でも、結構時間、押しちゃったね……」
「そうだね。だいぶ数学で時間使っちゃったし」
文系教科以外が、一応僕の教える範囲だった。
国語や英語になると逆に今でも小毬さんの方が成績が良かったりする。
だから化学や歴史、数学が主な教える範囲なんだけど。
「小毬さんホント、数学苦手だね」
「うう〜簡単なのはすぐわかるんだけど、ちょっと難しいのは覚えづらいよ〜。公式もいっぱいあるし……」
「確かに。でも、一度覚えちゃえば小毬さんは解くの早いんだから、あとは楽だと思うよ」
「その公式を覚えるのが、難しいんだよ〜。どーしてあんな式になるのかが理解できません」
たぶん、全部の意味を理解しようとするから難しいと思うんだけど……そのおかげで逆にそのあとが早いんだから何とも言えない。
とりあえず、試験まではまだまだ時間があるから大丈夫。ゆっくり覚えていけば小毬さんならほぼ確実だろう。
「……もうこんな時間か」
壁にかかった時計を見る。
あまり外に出たがらない小毬さんに、僕が買ってきたものだ。
だからか、僕達の家のものとどことなく似通ってしまった。その時計はもうすぐ日付が変わることを示している。
「……帰っちゃうの?」
BGM:何も起こらなかった世界
不安そうに、小毬さんがそう言う。
一抹の不安を抱きつつ、なるべく諭すように、やさしく言う。
「鈴も待ってるしね。それにまだ家のこと片付けてないし」
なるべく目線を合わせて言うようにする。
小さい子供を相手にしてるような感じになるけど、これが一番小毬さんが安心してくれる。
けど、今日はどうにも不安定だったみたいだ。
外の雨も夕方より酷くなっている。
その所為もあるかもしれない。
「……ヤダ。いっちゃヤダよりきくん」
どこかで、警鐘がなるのが聞こえる。
思い出すのは踏切。
不規則に、頭の中で踏切の音が鳴っている。
カンカンカンカンカン……
夕暮れの、周りに何もない踏切で遮断機が下り出している。
「うーん、でも小毬さん。もう時間も遅いし」
「ヤダっ! やだやだやだ! 一人はいや!! 一人は怖いっ! 怖いの! 行っちゃやだりきくん!!」
まずい、と思った時にはもう遅かった。
これが、今の小毬さんの「不安定」さ。
事故のトラウマなのか、その外にあったことなのか。
事故後の小毬さんは、ひどく一人を恐れるようになっていた。
それが目覚めたときからそうだったのか、それは今でははっきりと分からない。
ただ、僕が目を覚ました時には既にそんな状況だった。
今、小毬さんの周りには誰もいなかった。
それは友達とかだけじゃなく、家族も含めて、だ。
聞いた話だけだと、どうやら『壊れた』らしい。
これは暫くしてから担当の医者が教えてくれたことだった。
昔小毬さんにはお兄さんがいたらしい。けど、幼い時に病気で亡くなった。
その時のトラウマが、小毬さんにはあるらしい。
……そして、密かに両親にも。
事故が起こるまではまだ両親のトラウマは軽いものだったらしい。
けど、事故で小毬さんも一時期目を覚まさなかった。それが、引き金になったらしい。
今では二人とも別の病院の世話になっている。
一度、特別に許可をもらってお見舞いに行ったけど、僕は認識してもらえなかった。
挨拶はしてもらえる。話もできる。けど、どうにも『不安定』なのだ。
例えば、「お兄さん」に間違われた。でも次の瞬間には普通に小毬さんの同級生として正しく見てもらえた。
一定しない。常に違うのだ。
今の小毬さんも、それに似たものがあるらしい。
ただ、確実に言えるのは一つ。
こうなった小毬さんは落ち着くまで片時も離れられない。
とにかく誰かが居ないとダメなのだ。
ただ、誰でもいいというわけじゃなかった。
病院の看護師さんでは、まったく落ち着くことはなかった。
今のところ分かってるのは、僕と……おそらく鈴。その二人だけだ。
鈴は事故後小毬さんには会っていないから、正確には違うかもしれない。
けれど、鈴の事を話すと落ち着くことが以前、何度かあった。
最近ではそれも殆ど効果がないけれど……
一度笹瀬川さんが対応したこともあった。
けど、ほんの少し大人しくなるだけで、直ぐにまた元に戻ってしまった。
『できる限り近しい人がいるのが望ましい』
とは医者の言葉だ。
ともかく、そう言った理由で僕の最大の役割はここにある。
鈴では、無理だった。
鈴は鈴でまた、ダメな理由がある。
「おちついて、小毬さん。大丈夫、帰らないから。小毬さんが落ち着くまで、ずっと居てあげるから」
「ほんと!? ほんとにどこにもいかない? みんなみたいに、いつのまにかどこかにいっちゃわない!?」
「うん、いかないから。だから落ち着いて小毬さん。大丈夫、僕はここにいるよ。だから、ね」
「う……ん。おねがいりきくん、ぎゅってして……」
「……うん、わかった」
一瞬のためらいの後、優しく抱きしめる。
しばらくはぐずっていたけど、ずっとそうしていたらだんだん落ち着いてきた。
今の小毬さんは……まるで子供のようだった。
実際の症状にも退行との診断が含まれている。
けど、簡単な退行じゃないのは、僕だけが知っている……
今の小毬さんは……正確には退行じゃない。
退行がどういったものか、細かいところまで僕は詳しく理解はできていない。
けど、言葉から聞いて、僕が今まで想像していた幼児返りと、今の小毬さんの退行は違う。
何といえばいいのかは僕には分からない。けど、違うんだ……
しばらく顔を埋めていた小毬さんが顔をあげて僕を見上げてくる。
その仕草に……ゾッとした。
「ねぇ、りきくん……しよう?」
「小毬さん……」
自分でも理解できるほど、悲しい声が出る。
「コレ」だ。
最大の問題点は「コレ」だった。
「でもね、小毬さん。僕は……」
「うん、わかってる……わるいのはわかってるんだ。でもね、りきくん……わたし……」
『今の小毬さん』と『退行した小毬さん』。
それが共存してるのが、小毬さんの症状だ。
普段の小毬さんが出てるときは普通だ。常識も知識も節度も全部大人のそれだ。
けれど、この「退行した小毬」さんは、違う。
知識は大人、でもそのほかは全てが退行してしまっている。
けど、そこにもやっぱり所々が混じりあっていて、その時々によってどこが幼くなってどこが今のままなのかがわからなくなる。
その結果が……今の状況だ。
「こわいの……りきくんがいつか、いなくなっちゃわないか。一人は嫌……またあそこに戻るのはいや……!
でもね? つながってれば、はなれないでしょ?」
普段の小毬さんとは思えないほど、艶っぽい視線で見つめられる。
鈴とも、そういうことをすることはある。
けど、ここまで艶っぽいのは見たことがない。知識も性格もそれなりに成熟してる鈴ですら、ここまでじゃない。
それが……とてつもなく怖かった。
小毬さんの存在が、じゃない。
僕がいつか、完全に役割を忘れてしまうんじゃないか。
それが、怖かった。
「ねぇ……りきくん。おねがい……でも、だめ。でもこわい……でも……」
片手で頭を押さえながら、小毬さんが俯いてぶつぶつと同じようなことを繰り返し始める。
……錯乱がだいぶ酷くなり出してる。
今までの経験上、これ以上錯乱が進むと酷いことになる。
最初それに気付かず、断り続けて完全に小毬さんのバランスを崩して酷いことになったことがある。
今でも、どこかを探せば痕が残ってるかもしれない。
……これ以上は、放置できなかった。
心の中で、鈴に謝罪する。
何度そうやって罪を背負っただろう。
何度、鈴に嘘のメールを送ったんだろう。
もちろん、中身に嘘はない。けど、真実も含まれてないなら、それは嘘と同じだろう。
少なくとも、この場合は。
そうしてまた、鈴にメールを送る。嘘でも真実でもないメールを。
鈴は、それを信じてくれる。
ただ一言
『こまりちゃんを頼む』
それだけが、帰ってくる。
そうして、家に帰ると小毬さんの心配をして、僕の帰りを待っている鈴がいる。
それが、とてつもなく辛かった。
鈴からのメールが返ってきた携帯を、机の上に置く。
既に僕は小毬さんに押し倒されていた。
……ここからは、意識を切り離して記憶を別管理しておこう。まともに持っていていい記憶じゃない。
マトモに持っていたら、きっと僕は耐えきれなくなって、同じように壊れてしまう。
そう考えながら、だんだんと慣れた思考の切り替えを行う。
ただ、今の僕が出来る限り、残されたメンバーを守ろうという意志だけを持って。
どうして、こうなったんだろうと思いながら。
あとがき
はい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!
こまりんをこんな風にしてごめんなさい!
なんか色々酷くしてごめんなさい!
理樹もなんか見方によっては酷いよね! ごめんなさい。
えーっと……今回は小毬の現状の説明の話です。
上手く、壊れてましたでしょうか? そして上手く艶っぽくできたでしょうか? 理樹の恐怖は描けたでしょうか?
自信はないです。
ただ、小毬ほど壊れキャラが似合うメンバーもいない気がします。
後はやっぱり葉留佳くらいでしょうか。壊れそうなのは。
クドは別の壊れ方な気がします。精神崩壊、廃人系?
美魚はそもそも人格が変わっちゃいますね。美鳥に。
あねご……一番分からない。ただ壊れる前に消えそうです。どこかに
ところで、今回このSS調べ物の嵐過ぎてかなり合ってるか不安です。
言葉とか間違えてたらどうしよう……まず小毬と理樹、鈴の言葉づかいからして凄い不安だけど!
今回のBGMは前半が「シンクロニクル」後半が「何も起こらなかった世界」です。
後半は書いてて主に音楽のせいで怖くなりました。怖いよ「何も起こらなかった世界」。
夢に見なきゃいいけど……
次回は過去回想に入ります。
どうでもいいですが小毬シーンは書きやすいけど鈴シーンが描きづらいです。
コレといったイベントがまだないので……けど手を抜けないのでもう頭がオーバーフロー起こしそうです。
いえ起きてます。
ネジも何個か消えました。
あ、それはもとからでした。
ではでは、次回もよろしくお願いいたします。
感想もかなりお待ちしています♪
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