
筑摩世界文学大系 58UA プルーストUA 筑摩書房 1978
このあまりにも長大な小説「失われた時を求めて」を一度だけ全部を読んだけ
れどもその主題を理解することはできなかった。まだごく若くて読書の経験もま
だ浅い時期に一度だけ読んで何が解るものでないのが当然だが、大貴族や大ブル
ジョアの男女が得意げに高尚な会話を交わす場面の連続は理解よりも反感を呼ぶ
ばかりだったのを記憶している。この作品の重要な問題である文体については翻
訳でしか読むことができないのでは自分の意見など述べることはできない。ふた
たび読み通すことはとうてい出来ないので時々気になるところの拾い読みをして
いる。
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