
ドストエフスキイ研究 V・ローザノフ 神崎昇訳 弥生書房 1968 初1962
ワシーリー・ワシーリェヴィッチ・ローザノフ(1856−1919)
ドストエフスキイ研究―大審問官の伝説について―(1891)
最近の映画やテレビドラマではサスペンスものにしょっちゅうお目にかかるが、
ストーリー展開の途中でホームドラマ、またはメロドラマのつまらぬ味付けをして
中だるみ、しりすぼみになったりするのが多い。最後まで見る者に緊張感を求め徹
底した推理へ誘うということは難しいものらしい。ドストエフスキイの「カラマー
ゾフの兄弟」は人物の性格描写の凄さもさることながら、サスペンス小説としての
ストーリーの興味深さに加えて事件にからむ人たちの心理と行動がまさに普遍的な
人間の存在の意義を問うものとなっているのが安直な推理ものなどが足もとにも及
ばない理由なのである。
ローザノフのこの本が書かれたのがロシア革命直前の時代であったことがひとつ
の不幸であった。ソヴェート時代の固定したイデオロギーに奉仕する評論家らによ
って反動の汚名を着せられたのである。ドストエフスキイの作品を重大視すること
自体がゆるされないような体制があったことは今では夢のようでさえある。ともあ
れ、ローザノフのこの「大審問官の伝説について」は読み返すたびにドストエフス
キイ解釈に新しいヒントを得るのである。
|