
旅の空の下で(森有正全集 4) 筑摩書房 1978
表題の旅の空とは第2次大戦後比較的早い時期にフランス留学をした著者
がパリの空のことである。そこでフランスの重く厚い文化の深淵を見、そこ
から西欧全体の文化の根底にあるものが見えてくるにつれ、その深い伝統と
強靱な精神を前にたたずむ自分の小ささの自覚と、しかしそれ故に一つの道
筋を見出していく過程をたんねんに文章化した幾篇かがこの集である。ことに後に著者の
思想のキーワードとなる「経験」ということについて述べてある文「文化の根というもの
について」はとても簡単には理解できるものではないが、何度でも立ち戻って読む価値が
あると思っている。それが書かれてからほぼ半世紀を経て現在の限りなく浮薄な社会の中
で読むと、一つ一つの言葉があまりにも新鮮であるのに驚く。それはあの1945年の時
点からわれわれの社会が何を怠っていたのかを教えられるのである。