7.13水害の記憶

 2003年7月、大雨が続いていた。
7月13日、朝から何度も堤防を見に行った。避難勧告や避難指示が出ているとか???正確な情報は無い。
右岸下流で越水で大きな被害がでた。午後一時過ぎ対岸の堤防が決壊し水位の上昇が止まったことを確認して、
対岸にある妻の実家に徒歩で向かった。もう2m近い濁流のなか2階に留まっていた。なすすべもない。
玄関前の道路は濁流が渦巻き近づけない。裏の家と家の間の狭い通路から、胸まで水に浸かりながら様子を
見に行った。そのときカメラを水没させ以後写真を撮れなかった。

堤防1  2003年7月13日
 13時50分

家の前の堤防の様子
後20cm位で越水しそうだ。
このとき既に対岸の堤防が
決壊していた。


1975年3月14日、ここで
ウエスト彗星を見ていた。 
堤防2   13時51分

行って見たことは無いけれど
黄河のようだ。
堤防の漏水   13時55分

堤防の漏水が始まり
崩れ始めた。

避難命令が出ているようだが
ほとんど誰も非難をしようとし
ない(私も)。
 17時17分

決壊してから4時間、だいぶ
水位が低下した。

一新橋 市内唯一の木造橋
おおきなダメージを受けた。
新大橋より  17時25分
 17時29分
常盤橋の上から  17時33分

常盤橋より

遠くの信号機が見えるところの
左側が妻の実家のあるところ。 
大崎   7月14日 7時44分

 雨も上がって復旧作業に
向かう
前の道路   7月14日 12時56分

水が退いた。下流では一週間
くらいも浸かったままだ。

水道が出ているうちに大急ぎで
家中を洗う、翌朝はもう水が出
なかった。

一週間洗い続けた。先が長い。
決壊現場   7月15日 10時40分
 
決壊現場の仮締め切り作業
   2006年2月26日
 
家の前の堤防の補強工事

曇っているけれど
守門岳がとってもきれいだ。
鎮守  鎮守様 復旧工事でお引越し

上の写真の松ノ木の下に
鎮座していた。 
復旧工事   堤防下からの漏水を防ぐ為
矢板を打ち込んでいる。おか
げで地下水位の低下を招き、
消雪用の浅い井戸が枯れた。


戻る