あんちゅうの ”喜っ川” と 村上訪問記
2003年1月某日 夜、「どっちの料理ショー」鮭・いくら丼vs
親子丼を見ていたところ佐世保の友人より電話がありました。
今、放送されている ”喜っ川” の鮭を是非、食べてみたいと
言う人(Aさん)がいるので送って欲しいとここと。
Aさんは彼に 新潟に友人(あんちゅう)がいる事を知っている
のです。
友人の願いとあらば何処までもがモットー?のあんちゅうは
新潟県北部 村上市を約2時間半かけて行くことにしました。
村上市は 皇太子妃雅子様ゆかりの地でもあります。

村上市のホームページ
http://www.city.murakami.niigata.jp/index/index.html
ここが ”喜っ川” のお店正面。
村上市役所に程近い商店街の中に 何屋さんかわからない
たたずまいのお店でした。2年程前に改装したそうですが骨
組みはもともとあった110数年前のものを活かし、格子や障
子戸、瓦の一部や梁は古い家屋を壊すという情報を聞きつけ
ては、そこに訪ねて行き、活かせる材料をお願いしたそうで
す。

お店の横顔。
村上の冬の名物といったら鮭料理。中でも塩引き鮭は代表的
な一品。こちらに下がっている鮭は村上冬の風物詩にもなって
いて、村上ではあちこちで見られました。
障子に書かれた江戸文字も洒落ています。昔の小学校で使わ
れていた椅子もいいでしょう。
夏は正面の障子戸とこの障子戸を開けておくようです。

ザルやコネ鉢に ”喜っ川” の鮭を使った商品が並べられてい
ました。ケヤキの箱階段や臼、帳場格子など。電気の配線も
昔使われていたガイシ配線。 ゆったりとした昔の雰囲気がそ
のままに。相手をしていただいたお店の女性も何処となく落ち
着いた風情でした。
店内には休憩するスペースも設けられてありました。
実際に漁で使われていたという川舟の中にも”喜っ川”の商品
がいっぱい入っていました。
漆喰の白壁に時代を越してきた板壁や棚。
店から奥に進むと長い「通り土間」。
その上には塩引きの数々。奥の作業場まで続きます。
寒風干しで作られる塩引きには「風」が大切。長い通り土間は
この風を通しこの風が雑菌の繁殖を防ぎ、おいしい塩引き鮭を
作り出します。
村上の塩引き鮭は鮭の尾の方にヒモを付けて下げられていま
す。頭を上に吊るすと首吊りを連想する為に尾の方を吊るすの
だそうです。
店のご主人が来店客に鮭のいろんな話をしていました。
勿論、あんちゅうもこの後ご主人の話を聞く事ができました。
鮭に対するこだわりや研究心には大いに感服させられました。
塩引きにするのは雄の鮭。雌は卵の方に栄養を送る為におい
しい塩引き鮭にはならないそうです。
    ・・どうりでイクラが美味しい訳だ?
村上塩引き鮭のもう1つのこだわりがこの腹の裂き方。一文字
に裂いていなくて途中、繋がっている所がありますが、これは
一文字に裂くのが切腹を連想させるのでこういう裂き方にして
あるのだそうです。商人が武士を相手に商いをして来た城下町
村上ならではのこだわり、気の使い様。
頭を下に吊るす事といい、腹の裂き方といい ・・文化ですな〜。
”喜っ川” のご主人が友人に頼まれた塩引き鮭を持って写って
くれました。
「塩引き鮭は発酵食品、塩を媒体として鮭のタンパク質がアミノ
酸に変わっていく、その熟成こそが塩引き鮭最大の特徴。その
成熟を ”醸す(かむす)” というんですが、これは神様がしてくだ
さるという意味です。ここ村上の地形や水、気温、風といった自
然そのもの(神様)がこの塩引き鮭を作ってくれるんです。」
ん〜なるほど。さすが職人。これからも村上の鮭文化を更に
発展させて頂きたいものです。

塩引き鮭の吊るしてある「通り土間」に面した”喜っ川” の
茶の間。
村上では武家屋敷だけでなく町人の町屋造りも見てもらおうと
現在27件ほどの町屋造りが残るお店が内部を公開しています。
3月には各お店の雛人形を飾る「人形さま巡り」や9月には
代々伝わる屏風を飾る「屏風まつり」などが大勢の観光客を集
めるということです。3月になるとこの茶の間にも”喜っ川”
ご自慢の雛壇が飾られるのでしょう。
風格と重みを感じる茶の間です。
村上の自然が醸した”喜っ川” の塩引き鮭の面構え。
その辺のお店に吊るされている鮭とは顔つきが違います。
なぜか?
貴方も”喜っ川” に足を運んでその疑問をご主人に聞きましょう。
それにしても迫力を感じます。
村上の鮭文化生みの親 ”三面川”と その風景。
三面川では平安の昔から鮭が遡上し鮭漁が盛んに行なわれて
きました。江戸時代には日本で初めて鮭のふ化増殖に成功し
将軍家や大名家にも贈られ、あるいは塩引きにして売られ村上
藩の重要な財源となりました。
塩引き鮭や「鮭の酒びたし」をはじめ鮭料理は百種以上とか。
遠くの山々から流れ出てくる清純にして豊饒な三面の水が
村上の鮭文化を今日まで育んでいます。