道の途中


<トリニティーからパーパスへ向かう途中>


焚き火のまわりだけが明るかった。

大森林のど真ん中、真っ暗闇の中でペチカとルージャン、フィ ツは休んでいた。
ルージャンはペチカとは反対側で、焚き火に背を向け静かな寝 息を立てている。
ペチカは土の匂いのする毛布をかぶって、ルージャンを炎越し に睨んでいた。
フィツはというと会話がなくなってしばらくは手のひらの間に ちかちかと小さい光を集めて遊んでいたが、やがて飽きてしま ったようで、ペチカとルージャンの間に座ったまま、時折思い 出したように小さい光を放っていた。

「あのさあ、」

突然ペチカが声を出した。小さな声だったからほとんど焚き火 のはぜる音に消されてしまい、フィツは聞き間違いだったのか と思ってちらちら光る手元を見ていた。元の静寂の中で、相変 わらずルージャンの規則正しい寝息が聞こえる。

「あのさあ、トリニティーにいたとき、」

フィツはペチカが自分に話しているのだと気づきペチカの顔を 見たが、ペチカは炎を睨んだままだった。フィツもペチカの顔 を見るのをやめた。

「忘れちゃったかもしれないけど。トリニティーにいたとき、 小屋の前で、仔猫が、勝手に、死んだでしょ」
「…忘れるわけないよ」

それは、地上世界で、フィツが初めて出会った死だった。胸が ざわざわして、どうしようもなくて、不穏な気持ちになった。 ペチカはフィツから顔をそむけて話を続けた。

「ずっと、近くに猫がきてた。その猫は、あたしがあそこで暮 らす前からあの辺にいたの」

小屋で暮らす前__はっとしたフィツはペチカの顔を見る。

「それって、ペチカのお母さんがいたとき?」
「そう。お母さんがいたときも」

お母さん、というペチカの声が少し震えた。それでもペチカは 顔をそむけたままだったから、フィツは覗き込みたい気持ちを 抑えて炎のほうに顔を向けた。

「その猫が、子供を産んで、5匹いたよ。5匹の子供をつれて 歩いてた。そうしたら、フィツがくる1週間くらい前にその猫 がいなくなった。5匹の子供が、ふらふら歩いてて、1匹は町 に行く途中の道で馬車に轢かれてた。お腹が、蛙みたいにぺっ たんこになってた。その次の日に、教会の裏の池に頭が取れか かった仔猫が1匹浮いてた。たぶん、ルージャンとイアンハン タが殺したんだと思う。ちょっとだけ、話してるのを聞いたか ら。簡単に捕まえられたって。フィツがくる前の前の日に、パ ン屋の裏で1匹死んでた。生ごみと一緒に捨ててあった。もう 1匹は、知らない。それであの1匹だけが、あそこにいたの」

ペチカの話す声は凄く小さかったがフィツには全部聞こえた。
ペチカの話す内容はすごく残酷で、フィツは耳をふさぎたかっ た。

「1週間、ずっとあそこであの仔猫は泣いてた。きっと、お母 さんを待ってたんだ。あそこにいれば、お母さんが来てくれる と思ってたんだ」

フィツの頭の中に、蹴られた仔猫がまざまざと浮かぶ。
死んだ仔猫のひげについた氷も。

「あたし、あの仔猫をわかってあげられなかった」

ペチカの背中が震えて、しゃくりあげた。

「あの仔猫、あたしならわかってくれると信じてたんだ」

ペチカの記憶の中で、6歳の女の子がお母さんを探して泣き叫 んでいる。
「なんにもあの仔猫にあげられるものはなかったけど、でもあ たしが仔猫を殺したんだ」

「違うよ、」

フィツはのろのろと言った。ずっと、ずっと心に引っかかって いたことだった。

「ペチカ__人間さんだけじゃ、ないよ。僕だって、ずっと考 えてたよ。どうしてあの時動物さんを放っておいたんだろうっ て。今ならペチカ、知ってるでしょ?僕にできること。あんな 小さな猫の1匹、気合を入れなくても暖められるって。それな のに僕は規則だからって何もしないで、全部ペチカのせいにし たんだ」

ずっと考えていたことを言葉にしたら、涙が出てきた。ペチカ のほうを向いたはずなのに、視界がゆれて何も見えなかった。

「あの時は、ペチカのことをなんて酷い人間さんなんだろうと 思ってた。…おかしいよね。僕はあの猫を埋めてあげることさ えしなかったのに。前にペチカは僕に向かって、猫を飼うのは お金があって暇な人だけだと言ったよね。そのときも、僕はペ チカのことを酷いと思った。

「でもね、ペチカと別れて、ひとりになって、初めてその意味 がわかったんだよ。食べるものがなければ、生きることだけを 考えていたら優しくなんかなれないんだ。

「僕だって…あれだけ偉そうにしていた僕だって、ほんとうに 死にそうになったらなんでもやったよ。わざと人間さんたちの 前に出て、病気になるって逃げた人のご飯をもらった。こっそ り盗むんじゃなくて、脅して、奪ったんだ。

「ペチカ、ごめんね。

「ほんとに、ほんとにごめんね。」

フィツは涙をぼとぼと落としながら、ペチカのいるほうに手を 伸ばした。火影で大きさの定まらない小石に躓きながらペチカ の足元までくると、ゆっくりペチカの頬まで飛び上がった。ペ チカの頬には幾筋も涙の跡がついていて、また新たに一滴零れ 落ちた。
フィツは両手で優しい光をつくる。
ペチカの頬が、じんわり暖かくなる。

「…みんな、死なないよね、」

フィツと目が合ったペチカは、最初にあったときよりもずっと 優しい、そして強い顔をしていた。炎に瞳がきらきら反射した 。

「みんな、みんな死なないよね。あたしたち、助かるよね、生 きていけるよね…」

フィツはいそいで瞬きをして、

「大丈夫だよ、」
と言った。根拠はないけれど、大丈夫、という言葉がゆっくり しみ込んだ。
ペチカはすごく優しい目でフィツをみて、それから毛布を引き 寄せて丸まった。

「見張り、したほうがいいかな。それとも、僕、湯たんぽのか わりになる?」

一緒に毛布に潜り込んだフィツはしばらく返事を待ったけれど 、ペチカの呼吸が静かになっただけだった。
フィツはちょっとだけ…と思いながらついペチカと一緒になっ て眠ってしまい、そして翌朝の森にはペチカの怒った声が響く ことになる。


03/11/05 金属うさぎ様より
ペチカが「みんな死なないよね」と言って、フィツが「大丈夫だよ、」というところが凄く好きです。
子猫がお母さんと時、しあわせな時と繋がるのが、凄く凄く切なかったです。昔はみんな幸せだったのに!
その後でフィツもペチカも色々とあって、色々と苦しかったけど、また幸せになって貰いたいものです。
ラストでペチカが怒ってるのが凄く可愛い。やっぱりフィツとペチカはこんな感じで喧嘩しながらも仲良しなのが良いです。
うさぎ様、素敵なお話有難う御座いました。…しかしアップがかなり遅れてしまってすみませんでした